桜は狂気に魅入られる

秋月朔夕

文字の大きさ
14 / 18

3-1

しおりを挟む
 なんだかもう疲れた……
 だって、どうせわたしは、御堂から逃げることなんかできない。
  このままずっと御堂に囚われて終わるのだ。そう考えるだけで、なにもやる気が起きない。



 (全部御堂がいけないのよ)
  あの男さえわたしに執着しなければ、あの家に引き取られてもそれなりに平和に生活できていた。それなのにあの男がわたしの世話役になってからわたしの生活が一変したのだ。
 (思い出すだけでムカつく)
  なんで自分がこんな理不尽な目に合わなければいけないのか。
  ――こんなことならいっそわたしも両親と共に逝ってしまえば良かったのだ。
 (どうしてわたしだけが生きているのよ)
  こんな辛い思いをするくらいなら、わたしも一緒に連れていってほしかった。少なくとも御堂と共に過ごさなければいけない今の生活よりずっと良かったはずだ。
 (こんな地獄のような場所もう嫌だ)


  ベッドに横になっていると自分はこのまま腐っていくような感覚に陥る。なにもしたくなくてご飯も食べたくもない。感じるのは身体の怠さだけ。それでも食事の量が減っていないと御堂がうるさい。けれど少しも食欲が湧かないから、迷った挙句箸をつけないまま放って置いてしまう。
 (疲れた)
  なんでわたしが御堂の反応なんかいちいち気にしていないとダメなんだろう。
  御堂が怖いから――いや違う。
 (反抗するのも面倒くさい)
  どうせ御堂に敵うことはないのだ。それならもうなすがままになっていた方がよっぽど楽だと気付いた。
 (もうこのまま死んでしまえばいいのに)
  ここ最近食べても戻してしまい、かなりの体重が落ちた。それなのに御堂がわざわざ点滴なんか付けてわたしの邪魔をする。
 (そういえば最近抱かれていないな……)
  少なくとも点滴を付けられてからは無理に抱いてくることはない。されるのは髪に触れてくることと優しいキス。そのことだけが唯一の救いなのかもしれない。
 (御堂もわたしを抱かないならいっそ捨ててくれたら良いのに)
  そうしたらずっと楽なのに。
  そこまで考えて、自分が恐ろしいほど卑屈になっていることに気付いた。

 (いつからこうなってしまったの?)
  前まではこんなこと考えたことなんかなかったはずだ。それなのに今は考えること全てがマイナスなことばかり。
 (だって良いことなんか起きるはずもないんだもの)
  ドラマや漫画なんかだったら助けてくれる王子様がいるかもしれない。しかしこれは現実であり、相手は御堂だ。並大抵の王子では敵わないし、そもそも助けに来てくれるような王子なんかいない。居るのは悪魔みたいな男だけだ。


 (わたしは御堂から逃げられない)
 「いやだ、もう……」
  泣き言を零してもだれも助けてはくれないことくらい分かっている。だけどそれならば誰に、このやりきれない感情をぶつければいいのだ。シーツの中にうずくまって洩らす嗚咽にふと頭上から声が降ってきた。
 「どうして泣いているのです、お嬢さん?」
 「御堂……」
  いつもなら布団の中に潜り込んでいると強引に剥ぎ取っていくのに今日に限ってはそんなことはしなかった。ただ穏やかに布団の上からわたしを撫でていて鬱陶しいが、それを止める気力はもうない。
 「お嬢さん、貴方が頼れるのは今や私一人のはずなのに、どうして私を頼ることはないのでしょうか」
  頼る? 元凶がなにを言うか。わたしが御堂なんかを頼るなんてこの先あるはずない。
 「思えば貴方はいつもそうだ。私を見て嫌悪し逃げようとする」
 「今はもう逃げてはないじゃないですか」
 「いいえ、現実から逃げている。私と共に過ごすという現実から」
  ああ、確かにその通りかもしれない。だけどそれのどこがいけないのか。わたしの心をここまで弱らせたのは御堂じゃないか。そう思いはしたが、もう反抗するのも面倒だ。
 「それでも貴方とこうしてここにいる。その事実で満足してください」
  力のない呟きに、肩を撫でていた御堂の手の力が不意に強まった。
 「いいえ、どうしてそれだけで満足するというのです」
  素早く返された言葉は御堂の本心そのものだろう。なんて強欲な男だ。強引に身体を奪い、結婚させ、ここに囲って、それでもまだ満足しないのか。
 (もういい。もう疲れた……)
  結局この男はわたしがどんなに抵抗しようとも全てを奪う気でいるのだ。それならもう抵抗なんかするだけ無駄じゃないか――御堂なんか相手にしてやるものか。
 (そうよ。だって、わたしはこのまま……死んでやるのだから)
  それがわたしが御堂に出来る唯一の復讐。わたしはもう御堂なんて見てやらない。反抗も拒絶もなんの意味がないというのなら、こんな辛い現実なんていらない。楽になってやるのだ。御堂は恐ろしいほどにわたしに執着している。だからこそ、御堂を捨て置いて違う世界に行くのだ。
 (そしたらお父さんとお母さんにもう一度会えるかな?)
  そうだったら良いな、と夢想してわたしは心がふわりと浮き立った。不思議だ。身体も思考も重くてグラグラするのに、心だけが軽やかだなんて。


 (早く楽になれたらいいのに)



  けれど、わたしは知らなかった。この時、御堂が不信な顔でわたしを眺めていたこと。そして、御堂の残虐性を。


  知らないままに眠りについてしまった。 


  ――覚悟を決めたのはわたしだけではなかったというのに……



 

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

龍王の番〜双子の運命の分かれ道・人生が狂った者たちの結末〜

クラゲ散歩
ファンタジー
ある小さな村に、双子の女の子が生まれた。 生まれて間もない時に、いきなり家に誰かが入ってきた。高貴なオーラを身にまとった、龍国の王ザナが側近二人を連れ現れた。 母親の横で、お湯に入りスヤスヤと眠っている子に「この娘は、私の○○の番だ。名をアリサと名付けよ。 そして18歳になったら、私の妻として迎えよう。それまでは、不自由のないようにこちらで準備をする。」と言い残し去って行った。 それから〜18年後 約束通り。贈られてきた豪華な花嫁衣装に身を包み。 アリサと両親は、龍の背中に乗りこみ。 いざ〜龍国へ出発した。 あれれ?アリサと両親だけだと数が合わないよね?? 確か双子だったよね? もう一人の女の子は〜どうしたのよ〜! 物語に登場する人物達の視点です。

本物の夫は愛人に夢中なので、影武者とだけ愛し合います

こじまき
恋愛
幼い頃から許嫁だった王太子ヴァレリアンと結婚した公爵令嬢ディアーヌ。しかしヴァレリアンは身分の低い男爵令嬢に夢中で、初夜をすっぽかしてしまう。代わりに寝室にいたのは、彼そっくりの影武者…生まれたときに存在を消された双子の弟ルイだった。 ※「小説家になろう」にも投稿しています

老聖女の政略結婚

那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。 六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。 しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。 相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。 子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。 穏やかな余生か、嵐の老後か―― 四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。

妻の遺品を整理していたら

家紋武範
恋愛
妻の遺品整理。 片づけていくとそこには彼女の名前が記入済みの離婚届があった。

大丈夫のその先は…

水姫
恋愛
実来はシングルマザーの母が再婚すると聞いた。母が嬉しそうにしているのを見るとこれまで苦労かけた分幸せになって欲しいと思う。 新しくできた父はよりにもよって医者だった。新しくできた兄たちも同様で…。 バレないように、バレないように。 「大丈夫だよ」 すいません。ゆっくりお待ち下さい。m(_ _)m

野獣御曹司から執着溺愛されちゃいました

鳴宮鶉子
恋愛
野獣御曹司から執着溺愛されちゃいました

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

ハイスぺ幼馴染の執着過剰愛~30までに相手がいなかったら、結婚しようと言ったから~

cheeery
恋愛
パイロットのエリート幼馴染とワケあって同棲することになった私。 同棲はかれこれもう7年目。 お互いにいい人がいたら解消しようと約束しているのだけど……。 合コンは撃沈。連絡さえ来ない始末。 焦るものの、幼なじみ隼人との生活は、なんの不満もなく……っというよりも、至極の生活だった。 何かあったら話も聞いてくれるし、なぐさめてくれる。 美味しい料理に、髪を乾かしてくれたり、買い物に連れ出してくれたり……しかも家賃はいらないと受け取ってもくれない。 私……こんなに甘えっぱなしでいいのかな? そしてわたしの30歳の誕生日。 「美羽、お誕生日おめでとう。結婚しようか」 「なに言ってるの?」 優しかったはずの隼人が豹変。 「30になってお互いに相手がいなかったら、結婚しようって美羽が言ったんだよね?」 彼の秘密を知ったら、もう逃げることは出来ない。 「絶対に逃がさないよ?」

処理中です...