桜は狂気に魅入られる

秋月朔夕

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 なんだかもう疲れた……
 だって、どうせわたしは、御堂から逃げることなんかできない。
  このままずっと御堂に囚われて終わるのだ。そう考えるだけで、なにもやる気が起きない。



 (全部御堂がいけないのよ)
  あの男さえわたしに執着しなければ、あの家に引き取られてもそれなりに平和に生活できていた。それなのにあの男がわたしの世話役になってからわたしの生活が一変したのだ。
 (思い出すだけでムカつく)
  なんで自分がこんな理不尽な目に合わなければいけないのか。
  ――こんなことならいっそわたしも両親と共に逝ってしまえば良かったのだ。
 (どうしてわたしだけが生きているのよ)
  こんな辛い思いをするくらいなら、わたしも一緒に連れていってほしかった。少なくとも御堂と共に過ごさなければいけない今の生活よりずっと良かったはずだ。
 (こんな地獄のような場所もう嫌だ)


  ベッドに横になっていると自分はこのまま腐っていくような感覚に陥る。なにもしたくなくてご飯も食べたくもない。感じるのは身体の怠さだけ。それでも食事の量が減っていないと御堂がうるさい。けれど少しも食欲が湧かないから、迷った挙句箸をつけないまま放って置いてしまう。
 (疲れた)
  なんでわたしが御堂の反応なんかいちいち気にしていないとダメなんだろう。
  御堂が怖いから――いや違う。
 (反抗するのも面倒くさい)
  どうせ御堂に敵うことはないのだ。それならもうなすがままになっていた方がよっぽど楽だと気付いた。
 (もうこのまま死んでしまえばいいのに)
  ここ最近食べても戻してしまい、かなりの体重が落ちた。それなのに御堂がわざわざ点滴なんか付けてわたしの邪魔をする。
 (そういえば最近抱かれていないな……)
  少なくとも点滴を付けられてからは無理に抱いてくることはない。されるのは髪に触れてくることと優しいキス。そのことだけが唯一の救いなのかもしれない。
 (御堂もわたしを抱かないならいっそ捨ててくれたら良いのに)
  そうしたらずっと楽なのに。
  そこまで考えて、自分が恐ろしいほど卑屈になっていることに気付いた。

 (いつからこうなってしまったの?)
  前まではこんなこと考えたことなんかなかったはずだ。それなのに今は考えること全てがマイナスなことばかり。
 (だって良いことなんか起きるはずもないんだもの)
  ドラマや漫画なんかだったら助けてくれる王子様がいるかもしれない。しかしこれは現実であり、相手は御堂だ。並大抵の王子では敵わないし、そもそも助けに来てくれるような王子なんかいない。居るのは悪魔みたいな男だけだ。


 (わたしは御堂から逃げられない)
 「いやだ、もう……」
  泣き言を零してもだれも助けてはくれないことくらい分かっている。だけどそれならば誰に、このやりきれない感情をぶつければいいのだ。シーツの中にうずくまって洩らす嗚咽にふと頭上から声が降ってきた。
 「どうして泣いているのです、お嬢さん?」
 「御堂……」
  いつもなら布団の中に潜り込んでいると強引に剥ぎ取っていくのに今日に限ってはそんなことはしなかった。ただ穏やかに布団の上からわたしを撫でていて鬱陶しいが、それを止める気力はもうない。
 「お嬢さん、貴方が頼れるのは今や私一人のはずなのに、どうして私を頼ることはないのでしょうか」
  頼る? 元凶がなにを言うか。わたしが御堂なんかを頼るなんてこの先あるはずない。
 「思えば貴方はいつもそうだ。私を見て嫌悪し逃げようとする」
 「今はもう逃げてはないじゃないですか」
 「いいえ、現実から逃げている。私と共に過ごすという現実から」
  ああ、確かにその通りかもしれない。だけどそれのどこがいけないのか。わたしの心をここまで弱らせたのは御堂じゃないか。そう思いはしたが、もう反抗するのも面倒だ。
 「それでも貴方とこうしてここにいる。その事実で満足してください」
  力のない呟きに、肩を撫でていた御堂の手の力が不意に強まった。
 「いいえ、どうしてそれだけで満足するというのです」
  素早く返された言葉は御堂の本心そのものだろう。なんて強欲な男だ。強引に身体を奪い、結婚させ、ここに囲って、それでもまだ満足しないのか。
 (もういい。もう疲れた……)
  結局この男はわたしがどんなに抵抗しようとも全てを奪う気でいるのだ。それならもう抵抗なんかするだけ無駄じゃないか――御堂なんか相手にしてやるものか。
 (そうよ。だって、わたしはこのまま……死んでやるのだから)
  それがわたしが御堂に出来る唯一の復讐。わたしはもう御堂なんて見てやらない。反抗も拒絶もなんの意味がないというのなら、こんな辛い現実なんていらない。楽になってやるのだ。御堂は恐ろしいほどにわたしに執着している。だからこそ、御堂を捨て置いて違う世界に行くのだ。
 (そしたらお父さんとお母さんにもう一度会えるかな?)
  そうだったら良いな、と夢想してわたしは心がふわりと浮き立った。不思議だ。身体も思考も重くてグラグラするのに、心だけが軽やかだなんて。


 (早く楽になれたらいいのに)



  けれど、わたしは知らなかった。この時、御堂が不信な顔でわたしを眺めていたこと。そして、御堂の残虐性を。


  知らないままに眠りについてしまった。 


  ――覚悟を決めたのはわたしだけではなかったというのに……



 

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