桜は狂気に魅入られる

秋月朔夕

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「――さて、まずは貴女の可愛らしい口で私のモノを取り出してもらいましょうか」
 「……みど、な、に?」
  彼の言っている意味が分からなかった。けれど、雰囲気から不穏なモノを感じて、一歩後ろにずり下がる。その途端、鞭で机を叩くおどろしい音が部屋に響いた。
 「さくら、何度も言わせないで下さい。『旦那様』と私を呼ぶように言いましたよね?」
  底冷えする声が恐ろしくてわたしは反射的に謝った。
 「ごめ、ん、なさい」
 「――まぁ特別に良しとしましょう。お嬢さんがキチンと謝ることができれば……ほら、言ってごらんなさい? 申し訳ありません旦那様、と」
 (嫌だ!)
 どうせ言ったところで、ろくでもない目にあうのだ。それなら少しでもわたしのプライドを守ってやりたい。フルフルと首を横に振り拒絶を表すと、男はさも楽しそうに口弧を描く。
 「嗚呼。いけませんよ、さくら……その仕草が私の嗜虐心をそそるのですから」
  ああ、駄目だ。この男は変態だ。御堂はわたしが嫌がることが好きなのだ。それならば余計なプライドなんて捨てて、彼に従ってしまえばいい。そうした方が早く終わって楽だろう。そんなことくらい分かっている。けれどこの男の存在がいちいちわたしの癇に障るのだ。
 「ほら、さくら? いつまでも口を開かなければ終わりませんよ?まぁ、別に私としてもお嬢さんが学校に行きたくないというのならば、それまでなので私の好きにしましょうか?」
  その言葉に反射して、バッと音がしそうなくらい勢いよく御堂を見上げる。そうだ。このままではまた御堂と二人きりの生活が続く。たとえ彼の気まぐれだろうとこんなチャンスなかなか巡ってこないはずだ。
 「だ、んなさま……申し訳、ありません、でした」
  乾いた声で言いたくもない謝罪をすると意味ありげに男は笑みを深めた。
 「よく出来ました。けれどさくら? いつまでも座っているだけでは私のモノを咥えられないでしょう」
 「くわえる……?」
  一瞬男の言っている意味が分からなくて間抜けにも反遇する。しかし、その反応がますます彼の眼が嬉々として輝いたことにより、わたしにとっては良くないことだと感じ取った。
 「本当にさくらは初心ですね――仕方ないから教えてあげましょう。貴方の小さな唇で私のモノを奉仕……いや、純真なさくらには分かりませんか。私のモノをしゃぶって下さい。そうすれば学校に行くことを許可する、と言ったのですよ。まぁ、お嬢さんのプライドが許せば、の話ですけどね」
  最後の文を笑みを深めながら言ってくるあたりが御堂の嫌味な本質が抜きんでている所だろう。
 (だから御堂なんか嫌いなのよ)
  悔しくて手のひらが震える。それを隠すようにぎゅっと握りしめて、唇を強く噛む。そして覚悟を決めてそのままゆっくりと彼のベルトをはずそうと手を伸ばしてやる。
 (…………こんなことなんでもない。御堂と少しでも離れる時間が出来ることに比べたら――なんでもないんだから!)
  そしていつかこの男が油断した時に絶対に逃げ出してやる。そのために耐えてあげているだけなのだから。
 「そう……さくらは良い子ですね」
  小さい子を褒めるように髪の毛を撫でる感触が鬱陶しくてたまらない。
 「だ、ん、な、さ、ま! 邪魔なので、触らないでくれませんか?」
  わたしが払いのけたことによりパシン、と乾いた音が虚しく響く。しかし彼は気にした様子もなく大人しく手を引いた――と思ったのが間違いだった。
 「さくら。今は私が『旦那様』となっているのにその態度はないだろう……?」
  荒々しくわたしの顎を掴み上げ、強引に視線を合わせられた双眼はひどく冷たいままにわたしを見下ろす。ただそれだけでわたしの全身がこの男が恐ろしいと大きく震え、背中に汗が流れ出る。部屋は快適な温度が保たれているというのに鳥肌が立つほど寒さを感じるのは、わたしの本能的な危機管理能力が発揮されたからである。


 (そうだ……この男はヤクザだ)
  そんな当たり前のことは、もう何年も前から知っていた。それなのに今更になって思い知るというのは、男がそういう存在だったということをひとかけらもわたしの前では見せずにいたからだ。
 「ああ、可哀そうに。こんなに怯えて。けれど、そんなに顔を蒼くしなくても大丈夫。たった一度くらい邪険にされたからといって貴方にお仕置きなんかしませんから安心してください」
  つまりその言葉の意味は、次にわたしが刃向かえば容赦なく『お仕置き』と称してわたしを苦しめさせるということだ。チラリと横目に映るのはしなやかな鞭。それでわたしを甚振る気なのか。けれど、そこまで考えて違う気がした。相手は御堂なのだ。きっとわたしが思いもつかない残虐なことをするのだろう。
 (怖い!)
  なにをされるのか分からなければ余計に恐ろしさが増して、震えが大きくなる。
 「大丈夫――大丈夫ですよ、さくら」
  彼の紡ぐ『大丈夫』という言葉が今のわたしにとって邪悪な魔法の言葉に聞こえる。そして勝ち誇るようにゆっくりとわたしの頭を撫でる御堂の手を今度は振り払うことが出来ずにいることが、御堂に屈服したことを示していて、そんな自分がひどく情けなかった。

 「やはり貴方は良い子ですね……さて、続きをして貰いましょうか」
  こんなこと早く終わらせてしまおう。そう思い、震えるたままもう一度、御堂のベルトに手を伸ばす――がそれは彼の手によって遮られてしまった。
 「……気が変わりました。せっかくのお嬢さんのご奉仕です。いまから貴方は手を使っていはいけません。さくらの小さな可憐な唇で私のモノを取り出すのです」
 (ああ、やっぱりちっとも大丈夫なんかじゃない)
  ウソつきな御堂の気まぐれによってさらにわたしの試練は増した。それなのに御堂は妖艶に微笑んでいるのだから憎らしかった。
  
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