桜は狂気に魅入られる

秋月朔夕

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「随分長かった――しかしようやく貴方が手に入るのですね」
  布団の上にわたしを押し倒したまま口を重ねる御堂の唇はどこか熱を孕んでいるかのように感じられて、わたしの身体はこのまま御堂によって溶かされてしまうんじゃないのだろうかと思った。
 「はぁ、……っ、ぅんっ」
  どれだけ逃げても追いかけてくる舌に押し負けて、今や彼はわたしの口腔を蹂躙している。
 (あぁ、駄目。息が……)
  キスが深まるたびに力が抜けていき、このままでは押し返すことはできない。酸素の足りない頭ではクラクラと眩暈が起きて、御堂に縋るしかない。
 「み、どぉ……」
  自分でも驚くぐらい甘い声で彼に呼びかければ、御堂はわたしの唇を艶やかに親指でなぞりあげる。それだけの刺激でわたしの背筋はゾクゾクとした痺れが走り、吐息に甘さが混じる。
 「ようやくクスリ本来の成分が廻ってきましたね」
 「ぁっ、なに?」
 「お嬢さん、このクスリの症状を自覚したら最後ですよ? 最初は筋肉を弛緩し逃げられなくする。そして身体が動かなくなったら、今度は遅効性の媚薬が貴方の身体をジワジワと浸食し支配する。効果は遅い代わりに解毒薬はなく、正気のままに快楽を欲するようになるのですよ」
  なんて陰湿なクスリなのだろうか。それはまるで御堂の性格を体言したかのようだ。
 「いやっ……! そんなのいやよ」
  かぶりを振って拒否を表すが、そうすると余計に身体の痺れが伝わった。
 「おやおや、いけませんよ。抵抗すればするほどに、貴方の身体にクスリが廻りやすくなるんですからね」
  チュッ、と音を立てながらわたしの首筋に赤い所有印を幾重にもつけていきながら、彼は歌うようにわたしに囁く。
 「お嬢さん、どうせ貴方はもう私からは逃げられない。それなら諦めて楽しんだ方が身のためですよ」
  蠱惑的に笑う彼は人を地獄に落とす悪魔のようだ。
 「そんなのいやぁっ! だれかっ、助けて……」
  誰か来たところで状況は変わらない。そんなこと頭では分かっている。けれど、身体の奥から燻るような熱を認めたくなくて必至に声を張り上げた。しかし、それが彼の逆鱗に触れたらしい。
 「誰を呼んでるんです?」
  わたしの顎を掴んで固定し、どんな表情すらも見逃してたまるかと鋭く睨み付ける御堂の視線が恐ろしくて、目を瞑ったまま耐え忍ぶ。
 「お嬢さん、貴方は私だけを頼れば良いんですよ」
  どうしてわたしが御堂を頼らなければいけないというのか。学校で孤立させたのも、息が詰まるような生活をさせたのも全部御堂のせいじゃないか。
 「わたしは、御堂を、頼ることはありません」
 「…………でしたら、貴方が私を求めるように仕向けるだけです」
  残虐性が満ち溢れた言葉の意味をかみ砕くよりも早く彼はわたしの足の指を舐めあげた。
 「ひぃ、あっ! や、だ……くすぐったい」
 「くすぐったい――それだけじゃないでしょう? 私が少し舌を這わせただけで貴方の身体はビクビクとのけ反っているじゃありませんか。嗚呼、夢で貴方を抱いていた時よりも敏感でいらっしゃる」
 「ちがっ、ちが、ぁあんっ!」
 「ほら、そんなに可愛く鳴いて否定したところでなんの意味もありませんよ?」
  確かにそれは御堂の言うとおりだった。どんなに強がっていてもわたしの身体は彼の舌が蠢くたびにはしたなく反応し彼を楽しませる。
 「これ、は、ぁ、クスリ、の、せぇ、ああっ!」
 「クスリ? それにしては効き目が早い。これは間違いなく貴方の身体が淫らだからですよ」
  わたしが足にばかり気を取られているウチに彼はわたしの胸を触りだしていた。しかしそれは肝心な部分は触らずにあくまで焦らすようにゆっくりと揉みしだいていく。
 「はぁ……んっ、」
 「可愛らしい胸だ」
  彼の大きな手にすっぽりと収まってしまう小さな胸はわたしのコンプレックスでもある。それをわざわざ指摘されたものだから、わたしの頬は羞恥心で紅く染まる。
 「い、や。さわ、らないでっ」
 「なにを言っているんです? まだ胸の中心は触っていないのに、立ち上がらせておいて――ほら自分でも見なさい。桜色だった胸が上気して紅く色づいていますよ」
  そんなもの自分で確認したくない。ますますきつく眼を瞑りなにも見ないようにすると今度は胸への刺激に集中してしまうことになり、外側を優しくなぞられると身体の奥からもどかしさを感じる。それと同時にひどく身体が熱くて仕方ない。
 「あつい」
 「おや、ようやく媚薬が効いてきましたか」
  独り言のような小さな呟きは御堂に聞かれていて、そのまま嬉しそうにわたしの首筋を舐めあげる。
 「ひぃ、んっ……あぁっ!」
 「ほら、これだれの刺激で身体をうねらせて……あぁ、なんと淫靡で美しいことか。ほら、お嬢さんも目を開けて自分がどんなに感じやすい身体をしているのか自覚しなさい」
  言葉でねぶる御堂に弱弱しく首を振って抵抗の意思を示すとお仕置きだとばかりに乳首を噛まれた。
 「ああっ!」
  普段なら痛いと思うくらいの刺激も今となっては待ち望んだ甘い痺れとなってわたしを襲う。しかしそれも一瞬のこと。わたしを横にし、ゆっくりと背中を撫ぜあげる。
 「ふぅっ、んん……」
  てっきりそのまま胸を責められるのだと思ったわたしは焦らされたように感じて、彼の身体に胸を押し付けてしまう。それだけでも幾分か甘痒さは解消されるが、すぐにもっと強い快楽が欲しいのだと身体の欲が疼いていく。
 「ふふ。積極的だ――欲しいんですか? 刺激が」
 (欲しい)
  素直にねだれば彼はくれるのだろうか。思わず鳴る喉に、自分の浅ましさを自覚する。だけど、一度与えられた胸の刺激を思いだしてしまえば、無意識の内に首を縦に振ってしまった。
 「いい子だ。私が最高の快楽を教えてあげますよ、お嬢さん」


  その時、確かにわたしは悪魔にこの身をゆだねてしまったのだった……
 けれど、わたしは知らない。
  この男が本当に悪魔の本性を隠し持っていることを――知っていたら絶対にこの手を取ることはなかったのに。
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