思い込みの恋

秋月朔夕

文字の大きさ
5 / 29

5

しおりを挟む


「……随分と楽しそうだね」
「葉山っち」
「ねぇ、なんの話をしてたの?」



 口角だけは上げているが、彼の瞳は全くといっていい程笑っていなかった。冷たいつららのような眼差しでこちらを見下ろす葉山くんにわたし達はどうするかお互いの顔を見合わせた――しかしそれが葉山くんの逆鱗に触れたようだった。


「なんで答えるどころか土田と見つめ合ってるんだ」



 一段と低くなった声にぎょっとして葉山くんを見上げる。彼の手には白いレースの付いたハンカチが握り締められている。スカートのポケットの中身を確認すると目的の物がなくなっていたので、恐らく葉山くんはハンカチを届けに追いかけてきてくれたのだ。


(なんてタイミングの悪い……)


 自分のそそっかしさに内心舌打ちしたい気分になる――もっとも今の空気でそんなこと出来る勇気はないけれど。


「オレ達は……」
「土田。俺は一花に聞いているんだよ」


 困りながらも助け舟を出そうとしてくれたのだろう。けれど、葉山くんはそれすらも許す気はないようだ。彼の言い訳をピシャリと切り捨てて、こちらを睨む葉山くんにどう答えたら正解なのか。

 
 返答を間違えれば、どうなるか分からない危うさが今の彼にはあった。


「あの、ね」
「うん?」
「葉山くんの告白について話していたんだよ」
「え」


 彼の予想と違ったのだろう。彼は目を丸くして驚いた様子だった。


「土田くん、そうだよね?」
「お、おお。昨日葉山っちの告白を勝手に見ていた謝罪とカップル成立おめでとう、って話だったんだ」


 わたしと土田くんはぎこちない笑顔を見せながら、葉山くんの機嫌をとろうとした。べつにこれはウソでもない。大旨、話の内容は合っている。それに彼の様子から見ても、とくに何を話していたかは聞こえていなかったのだろう。彼は訝しげに眉を寄せながらも、頰はうっすらと赤くなっている。


 わたしはここぞとばかりに、図書委員の仕事があるからと言い訳し、ハンカチを受け取ることすら忘れて、その場を立ち去ることにしてしまった。
 土田くんという人を取り残してしまうのは心苦しかったけれど、時間がないのもまた事実。葉山くんの空気も少しは和らいだように感じたから、あとは彼のほうでなんとかできるといいなと無責任に願った。









(わたしの平穏ってどこに消えたんだろ)


 図書委員の仕事が終わって教室でスマホを確認すれば葉山くんからメッセージが届いていた。放課後少しでいいから話がしたい、とのことだ。
 なんとなく昼休みのことを思い出して気分が重くなる。かといって断っても土田くんとどうなったか気になって結局モヤモヤしてしまうのだろう。人の居ないところならという条件付きで了承することにした。


(土田くんは葉山くんに罰ゲームだと思ってたことを絶対に伝えるなって言ってたわよね)

 ということは別れる理由にも使ってはいけないということだ。正直、面倒臭い。


 葉山くんのことは好きでも嫌いでもなかった。
 ただ目立つ彼は自分とは関係のない別の世界の人という認識でしかなかった。
 今まで関わることがなかったわたし達が急に付き合うことになると周りの人間が、ぎゃあぎゃあと好き勝手に騒ぐのだろう――ただでさえ、わたしはある件からクラスの女子達に避けられている。だからこそこれ以上の厄介事を増やしたくはない。


(決めた。放課後彼に会ったら素直に謝って別れよう)


 もともと葉山くんの告白は罰ゲームだと思っていたからこそ受け入れたのだ。本気の告白と分かっていれば、気持ちのない相手を不誠実に受け入れる気はない。



 それに葉山くんは少し怖かった。
 昨日の帰り道の突然のキスや、約束もしていないのに勝手に家の前で待っていたり、自分の友達とちょっと話しただけで咎めていた。
 好きであればそれが嬉しいと思うのかもしれない。
 だけどわたしには展開が早すぎたり、気持ちが追い付いていくことができない。


 ――今ならまだ付き合ったことを知っているのは葉山くんの友達だけ。



 ずるずると引きずって付き合っていくには彼の行動は強引過ぎる。このままではお互いの溝は深まるばかりだ。
 本来であれば、この機会に話し合いで解決すべきなのだろう。だけどそこまでするほどわたしの中で彼への気持ちはまだ強くない。それなら誰も知らないうちに関係を終わらせたほうがお互いの為だと思った。



 この時はまだ自分の気持ちさえ分かって貰えれば別れられると思っていたのだ。




 彼はそんなに甘い男ではないのに。





しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている

井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。 それはもう深く愛していた。 変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。 これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。 全3章、1日1章更新、完結済 ※特に物語と言う物語はありません ※オチもありません ※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。 ※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。

暴君幼なじみは逃がしてくれない~囚われ愛は深く濃く

なかな悠桃
恋愛
暴君な溺愛幼なじみに振り回される女の子のお話。 ※誤字脱字はご了承くださいm(__)m

離婚した妻の旅先

tartan321
恋愛
タイトル通りです。

大嫌いな歯科医は変態ドS眼鏡!

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
……歯が痛い。 でも、歯医者は嫌いで痛み止めを飲んで我慢してた。 けれど虫歯は歯医者に行かなきゃ治らない。 同僚の勧めで痛みの少ない治療をすると評判の歯科医に行ったけれど……。 そこにいたのは変態ドS眼鏡の歯科医だった!?

処理中です...