思い込みの恋

秋月朔夕

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「なーんてね」

 ひゅっ、と息を呑みこんだわたしに彼は吹き出す。彼は両手を離し、こちらを見て綺麗に笑って見せる。先程の事を払拭するようなわざとらしい明るい顔を見せていた。


 ――彼はどこを冗談にしたいのだろう。



 わたしに告白したこと?
 昨日の帰り道のキス?
 それとも今の発言?


 グルグルと悩み込んで、結局わたしが出した結論は彼の口上に乗ることだ。



「もう、ビックリしたじゃない」
「一花があんまりにも可愛い顔をしたからついからかいたくなっちゃって。それより卵焼き本当に貰ってもいいの?」
「うん。ウチの卵焼きは甘いタイプなんだけれど大丈夫?」
「もちろん。すごく美味そうだ」


 すぐに戻った和やかな空気にわたしの選択は間違いではなかったと安堵する。未だに心臓がドクドクと早鐘を打っているけれど、その内落ち着くだろう――と油断した。




 使いかけの箸でごめんね、と彼に渡そうとしたのに彼は首を横に振ったのだ。



「どうせなら一花に食べさせて欲しいな」
「え……」
「恋人なんだからそれくらい良いでしょ? それにここなら誰もいないよ。誰も見ていない。俺達、二人だけだ」



 彼の甘言に動揺して、箸を落としそうになった。
(……しまった。ここで箸を落としちゃえば、洗いに行くという口実でこの教室から離れられたのに)
 どうして咄嗟に握りしめてしまったのか。後悔しても、もう遅い。彼はわたしの動きをじっと見ている。わたしが彼の思い通りになるのを待っているのだ。


「…………いやだ」
「え……?」

 考えてみたらわたしはずっと彼の目算通りになっているのではないのだろうか?これでは葉山くんの操り人形ではないか。

「その、恥ずかしいから自分で食べて?」


 彼に無理矢理箸を渡そうとすると何故か彼も固まった。どうしてだろうと彼を見つめるとややあって天を仰いだ。


「あーあ、参った。」

 たっぷり十秒程だっただろうか。ぽつりとわたしに聞こえないくらい小さな声で何かを呟いたかと思えば、ガバリと勢いよく起き上がりそのまま手掴みでわたしの卵焼きを食べた。

「うん。想像通りすごく旨い」
「ほんと?」
「こんなことで嘘なんかつかないよ。ふわふわで優しい味がする」


 きっと葉山くんなら彼を囲っている女の子達から差し入れを何度も貰ってきただろう。だから彼が美味しいと言ってくれたことに少しほっとしたのだ。










 図書委員の仕事があるから、とご飯を食べた後わたし達は解散した。その道中、わたしはある人と遭遇した。


「あ……」

 声を出したのはお互い同時だと思う。遭遇したのは昨日葉山くんの告白を盗み見していた人だ。着崩した制服に明るい髪に両耳についているピアス。顔は整っているけれどなんだかチャラチャラした印象を受ける。


「あー! 葉山っちの彼女だ」

 叫んだ彼に咄嗟に口を塞ぐ。いつもならこんなこと恐れ多くて出来ないけれど、今は葉山くんのファンの子達に見つからないように必死だった。慌てて周囲を確認して、誰もいないことに安心して息を吐き出す。その間、彼も慌ててむーむーと何かを抗議していたので、そっと手を離した。

「……良かった。誰もいない」
「……ぷはっ。良かった。葉山っちがいない」


 二人揃って胸を撫で下ろす。本来であれば無理矢理わたしの手を外すことだって出来たはずなのに、彼はわたしの意思で外すのを待っていたところを見れば、意外にも彼は見た目と違って誠実な人なのかもしれない――だけど、それならどうして昨日覗きなんてマネをしたのか。


「あの、ごめんなさい」
「いや、オレこそ」


 そろりと気まずそうに目を合わせる彼は先程のわたしの行動に少し戸惑っているようだ。
(そりゃそうだよね)
 ほとんど初対面の相手に何をやっているんだろう。やらかしたなぁ、と思いながら図書委員の仕事もあるし、このまま立ち去ってしまうかと足を一歩先に進める。けれど、彼は再度わたしに声を掛けてきた。


「あのさ、昨日の告白覗いちゃってごめんね」


 頰を掻きながら、申し訳なさそうに眉を垂れさせる彼を見ていると叱られた子犬みたいで、こちらが悪いことをした気分になってくる。

 しかし、もしかしたらこれはチャンスなのかもしれない。葉山くん本人には聞きにくいけれど今は彼はいない。

(大丈夫。なんの罰ゲームだったの? ってたった一言聞くだけじゃない)

 自分を鼓舞して彼に尋ねようとした――が、先に彼が言葉を続けてしまった。

「葉山っちの告白が成功して良かったよ」
「……え?」
「『え?』ってなんでひと事なの? 昨日オーケーしていたじゃん」
「………昨日の告白って罰ゲームじゃないの?」
「はぁっ? 何言ってんの! もしかして、そのこと葉山っちに言っちゃったわけ?」
「い、いってない。まだ」
「それは絶対に言ったらダメだよ」



 あまりの剣幕にこちらがたじろぐ。葉山くんにとって本気の告白なのだとしたら、あの場に彼らが居たことに尚更不自然さが残る。


「どうして……?」
「だって、なんのためにオレらがあそこに……」


 言いかけて、顔を蒼くする。どうしたんだろうと振り返ると葉山くんが無表情でこちらを見下ろしていたのだ。
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