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しおりを挟む――罰ゲームと思ってしまったから……
「ねぇ、俺と付き合って?」
放課後の校舎裏に呼び出されて告白だなんて一昔前の少女漫画みたいだ。
彼は学年こそ同じだけれど、クラスも一緒になったことはないし、ほとんど話したこともない。
けれど、サッカー部のエースである彼のことは噂でよく聞いていた。
いわく、他校にもファンクラブがあり絶大な人気があるとか。高校に入学した時点で既に何十人も女の子を入れ喰いしたとか。そのくせ特定の彼女を作らないことで有名だとか――要は女関係に対する素行がめちゃくちゃ悪いということだ。それなのにひっきりなしに女の子達は彼の元に集うのだから純粋にすごいと思う。
(でも葉山くんが手を出す子ってわりと派手な子が多いんじゃなかった?)
間違っても教室の角で本を読むタイプの子は葉山くんと居るところを見たことがない。
――不思議に思ったのはほんの一瞬のこと。彼の友達二人が植え込みでコッチをニヤニヤしながら見ていることに気付いてしまったから。
(なんだ。罰ゲームじゃない)
彼にとってはこんな告白は罰ゲーム以外のなにものでもない。どうせ付き合うかどうかでも賭けているのだろう。
(なんでターゲットがわたしなのよ)
ひどくみじめな気分だった。
だってカーストの上位である彼に告白されてしまえば、頷くにしろ頷かないにしろ面白おかしく騒がれる。
このまま受けてしまえば、後ろの彼らがドッキリでしたー、とやってくるのだろうか。
それともこのまま断れば、自意識過剰だと影で笑われてしまうのか。
どちらにしてもわたしにとってはよろしくない結果になるだろう。嫌だなぁ、と思いながらこわごわと彼を見上げる。自分よりも頭一つ分背が高い彼に視線を合わせるだけで首が痛くなりそうだ。
「あ、の……」
「返事は今日じゃなくても大丈夫だから。その、出来たら良い返事だと嬉しいけど……」
わたしの戸惑った声に彼も感付いたのだろう。慌てて早口で捲くし立てる様子を見て、彼にとってはこの告白はわたしが断らないほうが都合が良いのだろうと察した。
(わたしにとっては、どっちも変わらないんだもんね)
どうせただのドッキリか罰ゲームだ。本気で付き合うわけじゃない。わたしにとってどちらも得しない結果になるなら彼にとっての正解を選んであげても良いかもしれない。
「ううん。その、大丈夫」
「大丈夫って?」
「わたしで良かったら付き合おう?」
「え! 良いのっ!」
ガッツポーズをして喜ぶ彼の様子を見て、告白の成功を悟ったのだろう。葉山くんの後ろの友達らしき人達はニヤニヤしながら前のめりでこちらを伺っている。どうしても彼らの様子が気になりチラチラと視線を後方に移せば、葉山くんも振り返った。
「お前ら……!」
「やべっ!」
葉山くんの怒鳴り声に反応し彼らは脱兎の如く校舎内に向かっていく。あっという間に逃げてしまった彼らの方向を忌々しそうに睨み付け、こちらに向き直ると彼は両手を合わせて謝ってきた。
「ごめんな。嫌な気分にさせたよな」
「う、ううん。大丈夫」
「あいつらに今日水本さんに告白するってつい洩らしてしまったから、多分俺の告白を面白がって来たんだ。明日会ったら絶対に殴ってやる」
「殴ったらダメだよっ!」
わざと明るい声を出してシャドーボクシングの真似をしているが彼の瞳は本気だ。こちらのほうが慌てて彼の腕を掴んで止めると彼は驚いた様子でこちらを見た。
「手……」
「あ、ごめんなさい」
触れられるのも嫌だったのだろうか。すぐに離したが、彼はわたしの触った場所をじっと凝視し、そのまま黙り込んだ。
(どうしよう。すごく気まずい)
いっそ固まってしまった彼を置いて帰ろうか、と少しだけ思ってしまう。もちろんそんなこと出来っこないけれど、なんとなく居心地の悪さを感じて一歩だけ後ろに下がる。そうするとたまたま足元に合った小枝がパキリと音を立てた。
「ぁ、あの、わたしこれから用事があるから家に帰るね」
「待って。送ってく」
慌ててこの場から去ろうとすると今度は反対にわたしの手を掴まれた。
「あの、手……」
「……手を繋ぐのはまだ早い?」
早いもなにも、さっきの告白は罰ゲームかなにかであるはずなのに、まだ終わっていないのだろうか。そのまま彼に引っ張られるまま帰り道を歩く。幸い、帰ろうとしていた時に葉山くんに声を掛けられたから、鞄は持ってきている。
繋げられた手のひらは熱く、男の人に触られている緊張から汗が出てしまったと思う。彼が気付く前に振りほどこうとすれば余計にきつく握りしめられてしまった。
前を歩いている彼はどんな顔をしているのか分からないし、何も話し掛けてはくれない。だからこそ彼がどう思っているか少し不安になる。
(葉山くん、この告白って罰ゲームだったんだよね……?)
自分からはなんとなく聞きにくい。考えているうちにそのまま到着した。のろのろと顔を上げれば、彼は無表情のままこちらを見ていてなんだかすごく気まずかった。
「あの送ってくれてありがとう。じゃあ帰るね」
逃げるようにお礼を言って、鞄から鍵を取り出そうとしたけれど、何故だか彼は手を離さない。不思議に思って、彼の名前を呼ぶと触れるだけのキスをされる。
「……いや、こっちこそ告白うけてくれてありがとう。それじゃあ、また明日」
呆然と彼を見るとこの日一番の蕩けた笑顔を浮かべている。ポカンと口を開けて間抜け面を晒すわたしとは正反対だ。彼はそんなわたしの頰を撫でてから、学校の方にまた戻っていった。
呆然と固まるわたしはあまりに急な展開に脳がついていかなかったのだと思う。だからこそ失念してしまっていたのだ――どうして葉山くんがわたしの家を知っていたのだということを。
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