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「全てのテストを終わらせることが事ができました。卒業まで短い期間ですが、再びご指導のほど宜しくお願いします」
庵が長谷部室長が座る机の前で、敬礼と共に挨拶する。

「全力で挑んでんできたようでなによりだ。短い期間だが、貪欲に学んでいくように。頑張ったな」
無表情だか、目元が微かに緩んでいるのを二人のやり取りを見ていた、隊長達は分かり庵が部屋に戻ってきたことに、喜んでいるのを感じ取る。

「ありがとうございます!」
挨拶も終わり庵は夜神の元に行く。そして長谷部室長と同じように敬礼して挨拶する。
「夜神大佐、テスト期間終了しました。短い期間ですが、再び教育係として、ご指導のほど宜しくお願いします」
「お疲れ様。頑張ったのがとっても分かるよ。短いけどこちらこそ宜しくね」
いつもの微笑みを浮かべて、握手を求める夜神に、庵にもそれに応えるように握手する。

「お疲れ様~~いや~それにしても、この時期の風物詩だな。大学生の顔の雰囲気は」
「そうなんですか?毎年みんなこんな感じなんですか?」

力を出し切って満足な顔・・・・ではなく、若干やつれて疲れた顔に、死んだ魚のような目。歩き方もトボトボとしている。
テスト期間の長さと、問題の量の多さが連日続き、それが少しづつ疲労を蓄積し結果、覇気のない学生を完成させる。
だが、二・三日で元に戻るので、あまり気にしていないのが現状なのだ。

「大丈夫だよ。直ぐに元に戻るから安心してね」
クスクスと笑いながら夜神は伝える。自分たちも同じような道を歩んだのだ。きっとこれは代々続く名物なのだろう。
「そうなんですね・・・・・分りました」
納得したのかどうかは分からないが、きっと来年の学生を見たら理解出来るだろう。

「庵学生も戻ってきたし、体を動かせばその顔も元に戻るだろうよ?よし、道場行こうぜ。夜神もいいよな?一時間ほど庵学生を借りるぞ」
七海が庵の肩に腕を回して夜神を見る。いつもの飄々とした態度で、庵に絡んでいるのを見て「またか」とため息をしたが、再会できて楽しんでいるのも分かるので、特に止める理由もないので許可することにする。
「いいよ。けど、あんまり激しくしないでよ。テスト明けなんだから」
「安心しろ。飛ばす事なんて俺は出来ないからなぁ~どっかの誰かさんと違って」
「・・・・・・早く行けば?」

五度ほど周りの温度を下げて、七海を見る夜神の白い目は、冷たい視線で七海を見ていた。
だが、それをものともせず七海は「許可をもらった」と言いながら、庵と一緒に部屋を出ていく。

「はぁ━━。虎次郎のペースに巻き込まれちゃったよ。いいけどね。午後からでもいいかな?」
夜神は予定していたことを繰り下げて、庵に対応することにした。その為、後にする予定だった書類仕事を早速片付けていく。



「すまなかったな庵青年。実は聞いて欲しい話があるんだよ」
廊下を歩きながら七海は、庵に話しかける。いつもの軽い感じではなく、真剣な声色に庵も少し緊張する。

使われてない面談室に入る。カーテンをしているので薄暗いが、明かりが必要なまでではない明るさだ。
「夜神に関することだ。庵青年に話す許可は、藤堂元帥からすでにもらっている。テスト明けで疲れているのにすまねーな」
「いえ、大丈夫です。それで話とは?」
「あぁ、実は・・・・・・・」

話を聞いて庵は驚いてしまった。テストに集中している間にそんな事になっていたとは思わなかった。
「夜神大佐が別の部隊と行動をするのは分りました。でもその部隊はある程度理解している部隊ですよね?」
庵は疑問を投げかける。いきなり軍トップが自分の部隊に加わるのは戸惑いを生む。

「一応、第一室のメンバーが主だが、第二の長谷部や第三の藤堂の所にも行く。後は「力の底上げ」とか適当に理由をつけて、他の部隊と一緒に行動する場合もある」
「分りました。その時は自分も同行しますか?」
「当たり前だ。青年が行かないで誰が行くんだよ?あと、めくらましとして、カラコンしてもらうことにした。結構これがいい感じに効果を発揮してくれて助かってるよ」

ニカッと笑って七海は庵を見る。作戦が上手くいっている事に庵は安堵する。
「それは良かったです」
「あぁ、あと聞きたいことがあるんだがいいか?」
「なんでしょう?」
七海はジッと庵を見ると、両肩に手をパン!と置いて真剣な眼差しを向ける

「庵青年はテスト結果が一位なら思いを伝えるんだよな?一位じゃなかったらどうするんだ?」
「っう・・・・・・その時は諦めます」
「ダメだ!!青年の気持ちを曲げてしまうようで申し訳ないが、たとえどんな結果になろうと、気持ちを伝えるべきだ」
「どうしてですか?あの時は任せると言いましたよね?」
以前話した時は「任せる」と言われていたのを覚えている。

「その時はそうだったんだが、今の状況を見て考えを改めた。今の夜神には誰かの支えが必要なんだよ。それは俺達では駄目なんだ。庵青年でないと支えられないんだよ」
「どうしてそう思うんですか?七海中佐達は幼馴染みなんですよね?中佐達では駄目なんですか?」
庵は素直に疑問を投げかけた。一年しか一緒に居なかった庵と、幼い頃からいた中佐達では信頼の重みが違う。

「小さい頃から見ていた俺達だから分かるんだよ。夜神にとって俺達は「兄さん」なんだよ。俺達も夜神の事は「妹」としか見ていない。家族の情はあるがそれ以上はない。けどそれでは夜神を守れない。守れるのは互いに想い合った仲の人間だ。心から信頼出来る人でないと、夜神は受け付けない」

「それに自分が当てはまるのですか?」
「無意識に思っている所はあるな。その手のことは言わないと自覚しないタイプだから困るが、伝えてしまえば後は野となれ山となれだ」
「それはどうなんですか・・・・・」

七海の最後の言葉は、相手次第で天国か地獄になる究極の二択だ。そうならないために頑張ったのだが、もはやそれさえも、どうでもいいと言われているようで悲しくなる。

「伝えなくても、支える事は出来ますよね?俺は少しでもつり合いたいんです。いつまでも守られているようでは駄目なんです。その為のテストだったんです。こればかりは七海中佐の意見に反対させて下さい!俺は堂々と一位をとって想いを伝えます。結果がどうであれ譲れません!」

庵が少し荒目に言葉を吐き出すのを、黙って聞いていた七海は、真面目な顔から破顔する。
「すまなかったな。青年の気持ちを考えずに好き勝手言って。そうだよな。夜神に告るなら少しは背伸びしたいよな。うん。そうだ、そうだ。その為の死物狂いの勉強に稽古だったんだ」
うん、うん。と頷きながら無精ひげを撫でる、七海を庵は呆然と見る。

「けどなぁ、俺はきっと青年が一位になっていると思うけどなぁ?だからどんな風に伝えるのか、今の内にイメトレしとけよ。卒業まであっという間に来るからな?」
庵の頭をグチャグチャにかき回して、七海は笑う。

「何するんですか!も━━っ!頭酷いことになってますよ!」
七海の魔の手から逃げ出して、グチャグチャになった髪の毛を整える。
「庵青年の気持ちはよ━━く分かった。兄貴の独り善がりだと思って流してくれ。では話も一件落着したし道場行くか!」

何か憑き物が落ちたような顔をして、七海が扉を開けるのを見ていた庵は言葉を投げる
「七海中佐は俺が一位になることを信じているんですか?」
「当たり前だろう?誰が手取り足取り教えていたんだよ?天下の夜神様と天才の虎次郎様だぞ?そして最強の第一室だ。一位以外は認めねーよ。わかったら早く行くぞ!」

いつもの軽い調子で七海は庵に応える。その言葉を聞いて庵も安堵する。
「待って下さい!置いて行かないで下さいよ!」
早足で扉に向かう庵に七海は歯を見せて笑っていた。
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