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全体的に白で統一されている病室に、白い髪と肌の夜神が寝ていると混ざってしまって一瞬見失ってしまう。それぐらい溶け込んでしまった空間の中を、庵は椅子に座って見つめていた。
検査も終わり、体も綺麗にされた夜神が病室に移動したと連絡を受け、様子を見に行こうとしていたが吸血鬼がまた現れたと、庵以外の人間は任務に向かってしまい、庵だけがこの場に居ることとなった。
顔も綺麗に拭われた夜神は穏やかに眠っている。ヘリで見た時は涙の跡が見えたが、今はそれはない。着ている服も病院の寝間着で、あの悪趣味な物に比べたら数段マシに見える。
「夜神中佐、おかえりなさい。早く目覚めて下さいよ。まだまだ色々と教えて貰わないと自分卒業出来ないじゃないですか。教育係なんですから・・・・・」
布団から出ている手を握って話しかける。点滴をしている為あまり動かさないように、そっと握る程度だが少し冷たい体温に少しだけ焦りを覚えてしまう。
このままだったらどうしょう・・・・・
包帯を巻かれた手首と点滴で、余り肌の露出はないのにそれでも、鬱血と噛み跡が見えるのには庵も背中にゾクリと何か粟立つものがある。
全身に鬱血と噛み跡が多く残されていると先生も言っていた。拉致されてから二週間、ずっと自尊心も何もかも、全て奪われるような事を受け続けていたのならゾッとする。
「早く目覚めて下さい・・・・・まだ、自分はあの時の事恨んでるんですからね」
武器を託され、吸血鬼達から逃げた事を庵はずっと後悔していた。何が出来るかと、問われたら「出来ない」と言うしかない程の力しか持ち合わせてないが、それでも何か一言言いたいのだ。
「・・・・もう、遅いのでまた来ますね」
点滴のされている腕を、布団の中に入れこむ。少しでも温かくなれば良いと思ったからだ。立ち上がり庵は病室を出ていく。
明日は花でも持ってこよう。匂いにつられて起きてくれるといいのだが・・・・・
頭の中ではどんな花を持ってこようかと、花の種類を思い浮かべながら廊下を歩いていった。
夜神が帰ってきてから二日後、庵は夜神の寝ている病室に昼前に来て、買ってきた花を生けていた。昨日、買いに行く事が出来ず、今日は休みだった為、朝から買いに行ってきたのだ。
「夜神中佐はどんな花が好きかは分からなかったので、イメージで作って貰いましたよ。いい匂いですよ」
眠っている夜神に話しかけるのは、庵の中では当たり前の事になりつつある。ベッドの脇のテーブルに花瓶を置いて、いつもの椅子に座る。そして、優しく手を握る。
「本当は昨日花を持ってこようと思ってたんですが、中々買いに行けなくて・・・・・・今日は休みなんですよ。だから今日になったんです。遅くなってすみません」
返事はない。帰ってくるのは穏やかな呼吸音だけ。それでも庵は色々と語りかける。
「七海少佐からこの前、槍の扱いを学びました。刀と違って難しかったんです。夜神中佐は槍とか扱えるんですか?」
庵は最近の出来事を話す。七海からの指導があったことを色々と話す。
その間も握っている手に力を込めたり、緩めたりと、少しでも刺激になればと思い繰り返す。すると力のなかった夜神の手に反応があった。
ピクッと、微かにだが動いたのだ。
「えっ?・・・・・中佐?」
穏やかに眠っている顔に、少しだけ眉間にシワが寄る。「う~ん」と唸りながら顔がゆっくりと左右に動いていく。
「中佐!起きて下さい!大丈夫です。ここは軍の施設です。帰ってきたんですよ!」
庵は立ち上がり、両手で夜神の手を握る。
微かに開いた唇から、苦しいのか唸りながら「ハーハー」と息をする。眉間のシワも濃くなっていき、何かに怯えているようにも見える。閉じている目からは涙が溢れては流れていく。
「やぁ・・・・・・ご・・・・さい。ゆる・・・・・・て」
苦しいのか途切れ途切れでうわ言を呟く。
「あっ・・・・・・いやぁぁぁぁ────!!」
悲鳴のような叫び声を出して、閉じていた目が開く。両目が赤くなっていている。
「あぁ、あぁ・・・・・」
体を震わせて、短い呼吸で息を整えようとしているのか、胸が小刻みに上下運動をしている。
長い夢を見ていた。夢と言っても只々、真っ暗だった。けど突然その暗闇が明るくなった。けどそこに居たのはあの、帝國の皇帝ルードヴィッヒだった。
逃げようとしたが、皇帝の鎖が足に絡まり逃げることも出来ずに、徐々に近づくルードヴィッヒから、後退るように逃げることしか出来ず、その手が首を掴もうとしたときに、目をギュッと瞑ったと思ったら、目の前が真っ白だった。
そして、片方の手がとても圧迫されている。声が聞こえてくる「中佐!中佐!」と。私の事をそんなふうに呼ぶのは軍の人間しかいない。ここは帝國?帝國なら、そんな階級で呼ぶ人はいない。
ここは何処?帝國?日本?それとも夢?
夢と現実の境界線がハッキリとしない、フワフワと漂っている状態だったが、次第に頭が覚醒していく。
記憶にあるのは皇帝に体を蹂躪されて、許してほしくて謝っても、最後まで皇帝を受け入れていた記憶が蘇る。その記憶が嫌で、嫌で、次から次に涙が溢れてくる。
涙を隠したいのか視界を遮断したいのか分からないが、手のひらで隠そうとしたが、片方だけ動かすことが出来なくて、その動かない手を見る。誰かが両手で握っているのだ。
皇帝?・・・・・嫌だぁ!嫌だぁ!もう、やめて・・・・
夜神は震えだした。恐怖からくる震えだ。夜神の体も思考も皇帝に対して「恐怖」で全てを支配されてしまった。憎いのにそれを上回る恐怖。敵を討ちたいのに、足が竦んでしまう。もう、どうしょうもない程に皇帝が怖いのだ。
夜神はガタガタと歯の根を震わせながら、自分の手を握っている人物を見る。その人物は今にも泣き出しそうな顔で「中佐!夜神中佐!」と言っている。
クルクルと表情の変わる顔で、いつも真面目に勉強して、私の指導についてきてた人物だ。
「い、おりくん?」
「中佐!!庵です。大学生の庵海斗です。目を覚ましたんですね!良かった!!何処か気持ち悪いところとかないですか?痛い所ないですか?」
矢継早に夜神の体調を気に掛ける言葉を話す庵を見て、夜神は安堵したと同時に、無性に嬉しくなった。
余りの嬉しさに飛び起きて、庵の首に腕を回して抱きしめていた。
「中佐!!」
あまりの突然の出来事に、庵はびっくりして裏返った声で夜神を呼んで、引き離そうとしたが、夜神が引き攣りながら嗚咽を漏らしているのを聞いて、引き離すことをやめて、その変わりに、白練色の髪を頭から撫でて抱きしめる。
「帰ってこれた・・・・庵君に会えた・・・日本にいるのぉ・・・・・」
「帰ってこれたんですよ。大丈夫です。ここは軍の病院です。夜神中佐は帰ってこれたんです!安心して下さい。ここは安全です」
庵はとにかく安全を知らせたくて何度も「安全」を繰り返す。安全だと分かれば、安心出来る。安心出来れば肩の力が抜けて、色々と話が出来ると思ったからだ。
二日間眠ったままの夜神は、皇帝────ルードヴィッヒの力がなくなり、深い眠りから目を覚ました。そこには教育係として指導をしていた、庵海斗学生が目尻に涙を溜めて、夜神を抱きしめて、頭を撫でている。
その時、庵は思ってしまった。夜神が強い女性だと思っていた。周りの好機に満ちた視線も物ともせず、いつも微笑みの絶えない人だった。けど、今、腕の中に居るのは嗚咽を漏らして泣いている、か弱い女性だった。
夜神中佐はこんなに小さくて、細くて、繊細な人なんだ・・・何を今まで見ていたんだろう?
庵は眉間にシワを寄せる。自分が見ていたものが実はフィルターを掛けていたことにより、何倍も誇張されていたが、実は何てことはない物だったと。
「何を見ていたんだろう・・・・・、中佐!夜神中佐!おかえりなさい。みんな首を長くして待ってますよ」
庵は安心させるため、震える夜神を強く抱きしめる。これで安心してくれるなら、何度でも・・・・・・・
検査も終わり、体も綺麗にされた夜神が病室に移動したと連絡を受け、様子を見に行こうとしていたが吸血鬼がまた現れたと、庵以外の人間は任務に向かってしまい、庵だけがこの場に居ることとなった。
顔も綺麗に拭われた夜神は穏やかに眠っている。ヘリで見た時は涙の跡が見えたが、今はそれはない。着ている服も病院の寝間着で、あの悪趣味な物に比べたら数段マシに見える。
「夜神中佐、おかえりなさい。早く目覚めて下さいよ。まだまだ色々と教えて貰わないと自分卒業出来ないじゃないですか。教育係なんですから・・・・・」
布団から出ている手を握って話しかける。点滴をしている為あまり動かさないように、そっと握る程度だが少し冷たい体温に少しだけ焦りを覚えてしまう。
このままだったらどうしょう・・・・・
包帯を巻かれた手首と点滴で、余り肌の露出はないのにそれでも、鬱血と噛み跡が見えるのには庵も背中にゾクリと何か粟立つものがある。
全身に鬱血と噛み跡が多く残されていると先生も言っていた。拉致されてから二週間、ずっと自尊心も何もかも、全て奪われるような事を受け続けていたのならゾッとする。
「早く目覚めて下さい・・・・・まだ、自分はあの時の事恨んでるんですからね」
武器を託され、吸血鬼達から逃げた事を庵はずっと後悔していた。何が出来るかと、問われたら「出来ない」と言うしかない程の力しか持ち合わせてないが、それでも何か一言言いたいのだ。
「・・・・もう、遅いのでまた来ますね」
点滴のされている腕を、布団の中に入れこむ。少しでも温かくなれば良いと思ったからだ。立ち上がり庵は病室を出ていく。
明日は花でも持ってこよう。匂いにつられて起きてくれるといいのだが・・・・・
頭の中ではどんな花を持ってこようかと、花の種類を思い浮かべながら廊下を歩いていった。
夜神が帰ってきてから二日後、庵は夜神の寝ている病室に昼前に来て、買ってきた花を生けていた。昨日、買いに行く事が出来ず、今日は休みだった為、朝から買いに行ってきたのだ。
「夜神中佐はどんな花が好きかは分からなかったので、イメージで作って貰いましたよ。いい匂いですよ」
眠っている夜神に話しかけるのは、庵の中では当たり前の事になりつつある。ベッドの脇のテーブルに花瓶を置いて、いつもの椅子に座る。そして、優しく手を握る。
「本当は昨日花を持ってこようと思ってたんですが、中々買いに行けなくて・・・・・・今日は休みなんですよ。だから今日になったんです。遅くなってすみません」
返事はない。帰ってくるのは穏やかな呼吸音だけ。それでも庵は色々と語りかける。
「七海少佐からこの前、槍の扱いを学びました。刀と違って難しかったんです。夜神中佐は槍とか扱えるんですか?」
庵は最近の出来事を話す。七海からの指導があったことを色々と話す。
その間も握っている手に力を込めたり、緩めたりと、少しでも刺激になればと思い繰り返す。すると力のなかった夜神の手に反応があった。
ピクッと、微かにだが動いたのだ。
「えっ?・・・・・中佐?」
穏やかに眠っている顔に、少しだけ眉間にシワが寄る。「う~ん」と唸りながら顔がゆっくりと左右に動いていく。
「中佐!起きて下さい!大丈夫です。ここは軍の施設です。帰ってきたんですよ!」
庵は立ち上がり、両手で夜神の手を握る。
微かに開いた唇から、苦しいのか唸りながら「ハーハー」と息をする。眉間のシワも濃くなっていき、何かに怯えているようにも見える。閉じている目からは涙が溢れては流れていく。
「やぁ・・・・・・ご・・・・さい。ゆる・・・・・・て」
苦しいのか途切れ途切れでうわ言を呟く。
「あっ・・・・・・いやぁぁぁぁ────!!」
悲鳴のような叫び声を出して、閉じていた目が開く。両目が赤くなっていている。
「あぁ、あぁ・・・・・」
体を震わせて、短い呼吸で息を整えようとしているのか、胸が小刻みに上下運動をしている。
長い夢を見ていた。夢と言っても只々、真っ暗だった。けど突然その暗闇が明るくなった。けどそこに居たのはあの、帝國の皇帝ルードヴィッヒだった。
逃げようとしたが、皇帝の鎖が足に絡まり逃げることも出来ずに、徐々に近づくルードヴィッヒから、後退るように逃げることしか出来ず、その手が首を掴もうとしたときに、目をギュッと瞑ったと思ったら、目の前が真っ白だった。
そして、片方の手がとても圧迫されている。声が聞こえてくる「中佐!中佐!」と。私の事をそんなふうに呼ぶのは軍の人間しかいない。ここは帝國?帝國なら、そんな階級で呼ぶ人はいない。
ここは何処?帝國?日本?それとも夢?
夢と現実の境界線がハッキリとしない、フワフワと漂っている状態だったが、次第に頭が覚醒していく。
記憶にあるのは皇帝に体を蹂躪されて、許してほしくて謝っても、最後まで皇帝を受け入れていた記憶が蘇る。その記憶が嫌で、嫌で、次から次に涙が溢れてくる。
涙を隠したいのか視界を遮断したいのか分からないが、手のひらで隠そうとしたが、片方だけ動かすことが出来なくて、その動かない手を見る。誰かが両手で握っているのだ。
皇帝?・・・・・嫌だぁ!嫌だぁ!もう、やめて・・・・
夜神は震えだした。恐怖からくる震えだ。夜神の体も思考も皇帝に対して「恐怖」で全てを支配されてしまった。憎いのにそれを上回る恐怖。敵を討ちたいのに、足が竦んでしまう。もう、どうしょうもない程に皇帝が怖いのだ。
夜神はガタガタと歯の根を震わせながら、自分の手を握っている人物を見る。その人物は今にも泣き出しそうな顔で「中佐!夜神中佐!」と言っている。
クルクルと表情の変わる顔で、いつも真面目に勉強して、私の指導についてきてた人物だ。
「い、おりくん?」
「中佐!!庵です。大学生の庵海斗です。目を覚ましたんですね!良かった!!何処か気持ち悪いところとかないですか?痛い所ないですか?」
矢継早に夜神の体調を気に掛ける言葉を話す庵を見て、夜神は安堵したと同時に、無性に嬉しくなった。
余りの嬉しさに飛び起きて、庵の首に腕を回して抱きしめていた。
「中佐!!」
あまりの突然の出来事に、庵はびっくりして裏返った声で夜神を呼んで、引き離そうとしたが、夜神が引き攣りながら嗚咽を漏らしているのを聞いて、引き離すことをやめて、その変わりに、白練色の髪を頭から撫でて抱きしめる。
「帰ってこれた・・・・庵君に会えた・・・日本にいるのぉ・・・・・」
「帰ってこれたんですよ。大丈夫です。ここは軍の病院です。夜神中佐は帰ってこれたんです!安心して下さい。ここは安全です」
庵はとにかく安全を知らせたくて何度も「安全」を繰り返す。安全だと分かれば、安心出来る。安心出来れば肩の力が抜けて、色々と話が出来ると思ったからだ。
二日間眠ったままの夜神は、皇帝────ルードヴィッヒの力がなくなり、深い眠りから目を覚ました。そこには教育係として指導をしていた、庵海斗学生が目尻に涙を溜めて、夜神を抱きしめて、頭を撫でている。
その時、庵は思ってしまった。夜神が強い女性だと思っていた。周りの好機に満ちた視線も物ともせず、いつも微笑みの絶えない人だった。けど、今、腕の中に居るのは嗚咽を漏らして泣いている、か弱い女性だった。
夜神中佐はこんなに小さくて、細くて、繊細な人なんだ・・・何を今まで見ていたんだろう?
庵は眉間にシワを寄せる。自分が見ていたものが実はフィルターを掛けていたことにより、何倍も誇張されていたが、実は何てことはない物だったと。
「何を見ていたんだろう・・・・・、中佐!夜神中佐!おかえりなさい。みんな首を長くして待ってますよ」
庵は安心させるため、震える夜神を強く抱きしめる。これで安心してくれるなら、何度でも・・・・・・・
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