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第十章 マージョリー・ノエルテンペストの手記

10-7 「ラス、妾は花を咲かせるぞ」

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 マージョリー・ノエルテンペストの手記を抱えたビオラは、その場にうずくまって動こうとしなかった。
 しばらくすれば落ち着くだろうと思い、俺は黙ったまま本棚を物色していた。
 ここにある書物の多くは、マージョリーが城に訪れてから彼女が目にした国内外の事情が記録されたものや、進めていた研究の考察や実験の記録だった。
 時の魔法についての研究もあった。じっくり読む時間もない。持ち帰りたいところだが、さすがに厳選する必要がありそうだ。
 そんなことを考えながら、一冊、棚から引き抜こうとした時だ。俺のシャツの端が、くんっと引っ張られた。横を見ると、うつむいたビオラが立っている。

「……わらわが、国を滅ぼしたのじゃ」

 つぶらな瞳から、はらはらと大粒の涙が零れ落ちていく。
 
「マージョリーはそんなこと、言ってなかっただろう」
「宰相が裏切ると……北の辺境伯の言葉を信じたのは、妾じゃ。だから、妾が……」

 震えるビオラの言葉に、数日前に垣間見た過去の記憶を思い出した。
 舞踏会で吹き込まれた言葉を、弱っていたビオラは真に受けたということか。もしも、マージョリーの言っていた裏切りが、その北の辺境伯とやらなら、ビオはにも責任はあるのだろう。
 しかし、今となっては真実など分からない。歴史にマージョリーの名が残されてない時点で、分かるはずもない。それに、当時の人間がいない五百年後で、とやかく言っても仕方のないことだ。

 手に持っていた本を棚に戻し、腰を下ろした俺はビオラの顔を覗き込んだ。

「だからどうした?」

 赤い目が大きく見開かれた。

「敵は弱みにつけ込んで崩壊を招いた。その弱みがお前だったと言うなら、それを守れなかった国の宰相、国王、それにマージョリーにも責任があるんじゃないか?」
「師匠を悪く言うでない! 悪いのは──」
「国を建て直すってのは、そう簡単なことじゃない。だけど、もう済んだことだ。生き残ったお前は、うだうだ言うな! それに、マージョリーは言ってただろ」
「……師匠が?」
「ちゃんと聞いていなかったのかよ」
「きっ、聞いていたに決まっておろう!」

 真っ赤な顔をして怒るビオラは鼻を啜ると、袖で涙を拭った。
 
「……師匠は、外の世界を見ろと言っておった」
「そうだ。そして、花を咲かせろってな」
「花……そうじゃ。鏡にも記してあった、花じゃ」
「あぁ、あれは挑戦状でも何でもなく、お前への最後の言葉だったんだよ」

 ビオラの抱える手記を指さして言えば、彼女は再び瞳を潤ませた。
 マージョリーとどういう人生を歩んでいたかは知らない。だけど、何となく俺と師匠の関係に似ているのかもしれない。ただ違うのは、五百年前とくらべたら今の方が少しばかり平和だということだろうか。

「お前を責める奴が現れたら、俺が殴り飛ばしてやる」
「……ラス、お主はちぃとばかし血の気が多いの」
「残念だったな。これでも、大人しくなった方だ」
「妾は……この世界で生きて良いのか? 師匠のいない、この五百年後の世界で」
「良いに決まってるだろう」

 俺がそう答えると、ビオラは唇を引き結んで何度も頷いた。

「ラス、妾は花を咲かせるぞ」
 
 長い睫毛が揺れ、宝石のように輝く瞳が光をたたえる。

「師匠のいるところからでも見えるくらい、おっきな花を咲かせるのじゃ!」

 宣言して決意に満ちた笑顔を浮かべたビオラは、俺の腕を引っ張ると顔を近づけてきた。
 頬に小さく柔らかい唇が当たる。
 一瞬、その行為の意味が分からずに黙っていると、顔を離したビオラの頬が膨れた。

「見ておれ。すぐに元の姿に戻って、妾の口付けをありがたいと思わせてみせるでの!」

 くるりと回って背を向けたビオラは本棚を見上げた。その後ろに立ち、その頭に手を乗せて軽く叩いてみた。だが、一向に振り返る様子はないし、顔を覗き込もうとすれば逸らされてしまう始末だ。
 照れるくらいなら、しなければ良いだろうに。

「とりあえず、そのな姿じゃ、ありがたみの欠片もないな」
「ムッ! 急いで封印の解除を調べるのじゃ!」
「それはマーラモードに戻ってからで良いだろうが。それよりも、出来る限りマージョリーの研究の記録を持ち出すぞ」

 もしかしたら、今までにない魔法の概念だけでなく、隠されたネヴィルネーダの歴史に関わる書物も残っているかもしれない。どれもこれも、間違いなく五百年前のものだから、歴史的価値のある書物ばかりだ。

「売り払う気じゃなかろうの」
「売れるものがあれば、ジョリーが喜ぶだろうな」
「駄目じゃ! 師匠のものを売るなど、ぜーったい、許さないのじゃ!」
「ジョリーが泣くぞ」
「表の部屋にあった花瓶や絵画をもっていけばよかろう。後、妾の部屋にも当時の道具がいくつか残っておる! それを渡せばよいのじゃ」

 両手を広げて、本棚を守ろうとする素振りを見せたビオラは、激しくかぶりを振った。
 全く、泣いたり笑ったり怒ったり、本当に忙しい奴だ。

「冗談だって」

 笑いを堪えてビオラの頭を撫で回すと、その白い頬が丸く膨れて真っ赤になった。
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