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第九章 魔女の記憶
9-8 「その憎しみの業火をもって、我が敵を焼き払え!」
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登り坂でアクセルを踏み込み、若干オーバースピードになりながらハンドルを切った。山道でこんなことをやっていたら身が持たないのは分かっている。俺だって、出来ればカーブの手前で減速をしたいところだ。
しかし、バックミラーに魔狼の群れが速度を落とすことなく迫ってくる様子が写るのを見れば、そんな大人しい運転をしてる場合じゃない。
こちらの速度に追いつけないだろうという考えは甘かったようだ。
「くっそ、根性ありすぎだろうが!」
俺が「ビオラ!」と声を上げると、サンルーフの開く音がした。俺のやろうとしていることは、お見通しなようだ。
「次のカーブで、後ろの獣に火を叩き込め! エミリーは、ビオラを支えろ。反動で吹っ飛ばされんなよ!」
「任せるのじゃ!」
「了解です!」
開けられたサンルーフからビオラが体を乗り出すのを確認し、俺はすぐに前方へと意識を向けた。
対向車なんていない山道だ。カーブの先に落ちなきゃいいんだ。ギリギリを攻め、しつこい魔狼を振り払うのが、今の最善策だ。
短い下り道の次に待ち構える急な登り坂を目視し、ギアを落としてすぐにアクセルを踏み込んだ。
エンジンが唸り、重たい車体は一気に加速していく。その先を睨み据え、ハンドルを握る指に力を込めた。
「南の空に輝く赤き星よ、大地に怒りの鉄槌を!」
凛としたビオラの詠唱が響くと同時にハンドルを切る。すると、空から赤々とした火の玉が降り注ぎ、後方で爆音が轟いた。
ガラガラと土壌が崩れす音と共に獣の断末魔が上がる。さらに、土煙の匂いと獣の焼け焦げる匂いが熱風に乗って、車内に届いてきた。
俺の魔書を使っているとはいえ、なかなかの威力だ。この惨状を後から来て目撃したヤツは、幼女が放った魔法とは思わないだろうな。
「追ってくるか!?」
「いいえ! 大半の魔狼は下に落とされ、残った個体は、道に出来た大きな陥没の前で立ち止りました!」
俺の質問に、状況をしっかり見ていたエイミーが即答してくれた。それに短い吐息をついた俺は、アクセルを緩めた。
魔狼の群れはせいぜい二十頭だ。集団戦に強い魔物だが、ばらばらにすれば追ってくることはそうない。態勢を整えられる前に、距離を取ってしまえば問題ないだろう。
「さっきのが、エイミーの言っておった若い魔狼の群れかの?」
「どうでしょうか……ウィトレーの滝はここから、だいぶ遠いですよ」
サンルーフを閉ざし、座席に腰を下ろしたビオラは後ろを振り返って窓の外を眺めた。
バックミラーを覗いて見ても、魔狼が追いかけてくる様子はない。
「私の聞いた若い群れの話と、さっきの群れは違う気がしますね」
「ウィトレーの滝付近から移動してきたってのも考えられるな。あるいは、新しい群れが増えていて、縄張り争いの真っただ中って可能性も──」
ドリンクホルダーから缶コーヒーを抜き、残りを飲み干した俺は、前方を見て顔を引きつらせた。
遠目にちらほらと魔狼の姿が確認でき、様子を見るためブレーキを踏み込んだ。
さっきの群れがもう追いついたとは考えにくい。
「ラスさんの予測、当たってそうですね」
「これじゃ、埒が明かない……」
「どうしますか。外に出て、一掃しますか?」
「……俺がやる。エイミー、しばらく運転を任せるぞ」
「え、え、えっ、ラスさん──っ!?」
シートから立ち上がった俺が後部座席に移ると、エイミーは慌てて運転席に滑り込んだ。
「俺のことは気にせず、前を見ろ!」
サンルーフから上半身を出して前方を確認すると、下から声が上がった。
「ラス、妾も──」
「お前は見てろ!」
下から不満の声が続くが、構っている暇はない。
こちらに狙いを定めたらしい魔狼がわらわらと茂みから姿を現した。それを見据え、俺は左の耳に光る小さな橙色をしたピアスを一つ外した。火蜥蜴の石ほど貴重ではないが、ヒクイドリの体内から取れる石だ。こんな小さな欠片ですら、大銀貨一枚はくだらない。売ればちょっと贅沢な晩飯が食える代物だ。
「エイミー! 俺が魔法陣を展開したら、突っ込め!」
「で、でも!」
「出し惜しみはしない。一掃する!」
「……わっ、分かりました!」
ギアが上がり、重い車体がスピードを上げるのを感じながら、俺は身体を巡る魔力を手の中の赤い石に集め、深い息を吐いた。
「南の空に輝く赤き星、怒りを熱へ変え──」
手の中で石が熱くなり、俺の拳の周辺に大きな赤い魔法陣が浮かび上がった。
熱風が巻き起こり、辺りの木々が高温の塊を避けるように大きく揺れ動き、ざわざわと音を立てる。
魔狼の唸り声が上がった。
地面を蹴って向かってくる姿を視界に捉え、俺はその上空に向けて石を力の限り放り投げた。すると、魔法陣は回転しながら広がった。
「その憎しみの業火をもって、我が敵を焼き払え!」
魔法陣の回転が止まるのを確認する前に、俺は車内に戻ってサンルーフを閉ざした。
「加速して突っ切れ!」
「は、はい!」
火の玉が落下する山道を、頑強な車体は衝撃を感じながら突っ切った。
窓の外を見ると、魔狼の群れは落下する火球に弾かれ、断末魔を上げて散り散りになっていく。森の木にも火が飛んでいった。
なかなかの地獄絵図を、俺たちは後にした。
しかし、バックミラーに魔狼の群れが速度を落とすことなく迫ってくる様子が写るのを見れば、そんな大人しい運転をしてる場合じゃない。
こちらの速度に追いつけないだろうという考えは甘かったようだ。
「くっそ、根性ありすぎだろうが!」
俺が「ビオラ!」と声を上げると、サンルーフの開く音がした。俺のやろうとしていることは、お見通しなようだ。
「次のカーブで、後ろの獣に火を叩き込め! エミリーは、ビオラを支えろ。反動で吹っ飛ばされんなよ!」
「任せるのじゃ!」
「了解です!」
開けられたサンルーフからビオラが体を乗り出すのを確認し、俺はすぐに前方へと意識を向けた。
対向車なんていない山道だ。カーブの先に落ちなきゃいいんだ。ギリギリを攻め、しつこい魔狼を振り払うのが、今の最善策だ。
短い下り道の次に待ち構える急な登り坂を目視し、ギアを落としてすぐにアクセルを踏み込んだ。
エンジンが唸り、重たい車体は一気に加速していく。その先を睨み据え、ハンドルを握る指に力を込めた。
「南の空に輝く赤き星よ、大地に怒りの鉄槌を!」
凛としたビオラの詠唱が響くと同時にハンドルを切る。すると、空から赤々とした火の玉が降り注ぎ、後方で爆音が轟いた。
ガラガラと土壌が崩れす音と共に獣の断末魔が上がる。さらに、土煙の匂いと獣の焼け焦げる匂いが熱風に乗って、車内に届いてきた。
俺の魔書を使っているとはいえ、なかなかの威力だ。この惨状を後から来て目撃したヤツは、幼女が放った魔法とは思わないだろうな。
「追ってくるか!?」
「いいえ! 大半の魔狼は下に落とされ、残った個体は、道に出来た大きな陥没の前で立ち止りました!」
俺の質問に、状況をしっかり見ていたエイミーが即答してくれた。それに短い吐息をついた俺は、アクセルを緩めた。
魔狼の群れはせいぜい二十頭だ。集団戦に強い魔物だが、ばらばらにすれば追ってくることはそうない。態勢を整えられる前に、距離を取ってしまえば問題ないだろう。
「さっきのが、エイミーの言っておった若い魔狼の群れかの?」
「どうでしょうか……ウィトレーの滝はここから、だいぶ遠いですよ」
サンルーフを閉ざし、座席に腰を下ろしたビオラは後ろを振り返って窓の外を眺めた。
バックミラーを覗いて見ても、魔狼が追いかけてくる様子はない。
「私の聞いた若い群れの話と、さっきの群れは違う気がしますね」
「ウィトレーの滝付近から移動してきたってのも考えられるな。あるいは、新しい群れが増えていて、縄張り争いの真っただ中って可能性も──」
ドリンクホルダーから缶コーヒーを抜き、残りを飲み干した俺は、前方を見て顔を引きつらせた。
遠目にちらほらと魔狼の姿が確認でき、様子を見るためブレーキを踏み込んだ。
さっきの群れがもう追いついたとは考えにくい。
「ラスさんの予測、当たってそうですね」
「これじゃ、埒が明かない……」
「どうしますか。外に出て、一掃しますか?」
「……俺がやる。エイミー、しばらく運転を任せるぞ」
「え、え、えっ、ラスさん──っ!?」
シートから立ち上がった俺が後部座席に移ると、エイミーは慌てて運転席に滑り込んだ。
「俺のことは気にせず、前を見ろ!」
サンルーフから上半身を出して前方を確認すると、下から声が上がった。
「ラス、妾も──」
「お前は見てろ!」
下から不満の声が続くが、構っている暇はない。
こちらに狙いを定めたらしい魔狼がわらわらと茂みから姿を現した。それを見据え、俺は左の耳に光る小さな橙色をしたピアスを一つ外した。火蜥蜴の石ほど貴重ではないが、ヒクイドリの体内から取れる石だ。こんな小さな欠片ですら、大銀貨一枚はくだらない。売ればちょっと贅沢な晩飯が食える代物だ。
「エイミー! 俺が魔法陣を展開したら、突っ込め!」
「で、でも!」
「出し惜しみはしない。一掃する!」
「……わっ、分かりました!」
ギアが上がり、重い車体がスピードを上げるのを感じながら、俺は身体を巡る魔力を手の中の赤い石に集め、深い息を吐いた。
「南の空に輝く赤き星、怒りを熱へ変え──」
手の中で石が熱くなり、俺の拳の周辺に大きな赤い魔法陣が浮かび上がった。
熱風が巻き起こり、辺りの木々が高温の塊を避けるように大きく揺れ動き、ざわざわと音を立てる。
魔狼の唸り声が上がった。
地面を蹴って向かってくる姿を視界に捉え、俺はその上空に向けて石を力の限り放り投げた。すると、魔法陣は回転しながら広がった。
「その憎しみの業火をもって、我が敵を焼き払え!」
魔法陣の回転が止まるのを確認する前に、俺は車内に戻ってサンルーフを閉ざした。
「加速して突っ切れ!」
「は、はい!」
火の玉が落下する山道を、頑強な車体は衝撃を感じながら突っ切った。
窓の外を見ると、魔狼の群れは落下する火球に弾かれ、断末魔を上げて散り散りになっていく。森の木にも火が飛んでいった。
なかなかの地獄絵図を、俺たちは後にした。
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