上 下
94 / 115
第九章 魔女の記憶

9-7 魔物が現れなければ快適なドライブになりそうだ。

しおりを挟む
 顔を引きつらせて笑顔を作る店主のリリーは、上ずった声でもちろんですと答えると、足元に転がる男を掴み上げた。

「お、おっ、お会計はカウンターでお受けします」
「おい、ビオラ! さっさと会計を済ませるぞ」
「お連れ様がいるんですね! カウンターでお待ちします」

 俺が、ビオラとエイミーがいるであろう辺りに声をかけると、ぺこぺこ頭を下げるリリーは男を引きずるようにして歩き出した。
 随分な扱いをされている男の姿を少しばかり憐れに思いながら見ていると、そのすぐ横をビオラが走り抜けた。その手には何か袋が握られている。さらに後ろからカゴを持つエイミーも現れ、リリーに頭を下げて横を過ぎた。

 するとカウンターの手前で、濃紺の瞳が驚愕に見開かれ、手に握っていた男の服が滑り落ちた。
 まぁ、驚くだろう。
 ベルギル山に入ろうとしている男が娘と思える幼女を連れ、さらに若い女まで付いてきている状況だ。誰がみたって、どんな組み合わせだと突っ込みを入れたくなっても可笑しくない。
 
「ラス、このドライフルーツも買ってよいかの? オレンジじゃ、オレンジ!」
「魔女さん、林檎もありましたよ」
「お前らな……いっぺんに食べるなよ。菓子ばかり食ってたら、マーラモードに戻ってから甘い物は禁止にするからな」
「ぬあっ!? 何と卑劣な!」
「朝のパンケーキやホットビスケットに、生クリームや蜂蜜を添えるのもなしだな」
「そ、それは嫌じゃ!」
「それなら、食べ過ぎないと約束するな」
「……わ、分かったのじゃ」

 唇を尖らせながら頷いたビオラは、ドライフルーツの袋をカゴに入れた。
 会計を頼もうとカウンターの方を見ると、こちらを見て硬直するリリーの横で男が「だから、おかしいんだって!」とわめいていた。

 カウンターに菓子が山積みになったカゴを置くと、俺は再び会計を頼むと言い、国際証を突き出した。

「あ、あの……差し出がましいようですが、本当に子連れでベルギル山を越えるつもりですか?」
「お前たちに迷惑はかけない」
「忠告ですが、近頃、ウィトレーの滝で──」
「水の精霊が荒れているんですよね。それから峠で若い魔狼の群れが目撃されたと聞いています! もしかすると、魔狼が滝の周辺を荒らしたのでしょうかね」

 嬉々として声を上げたのはメアリーだった。
 他にもどこそこの峠が崩落しているだとか、怪鳥の目撃が相次いでいる、危険な植物が群生しているやらとペラペラ喋り続けた。

 エイミーの強みはこの地方出身というだけではなかった。レミントン家の情報網を使って魔物の動きや魔術師組合ギルドの情報を集めている。さらに驚くのが、その情報を即座に必要なものとそうでないものに振り分ける判断力を持っていることだ。若いってのに一人で行動するだけのことはある。
 そのおかげで、俺たちは早々に進むルートを決めることが出来た訳だが、リリー達から見れば、エイミーのお喋りは不可解極まりないだろう。

「エイミー、そのくらいにしておけ。店主が困っている」
「困っているんですか? それは申し訳ない!」
「あ、あなた達は一体……」
「魔術師組合所属の魔術師ということ以外、説明する必要はないと思うが?」

 そう答えれば、リリーは黙り込んだ。
 会計が済み、紙袋を受け取って背を向けると「お気をつけて」と小さな声がかけられた。

 山道に入るとき、ゲートにいた魔術師も俺たちを怪訝そうに俺たちを見てきたが、国際証はさすがの威力だった。
 山中で何が起きても組合は責任を負わないという誓約書にサインをさせられたが、問題はないだろう。
 魔獣狩りは久々になるが、街中とは違って、町民や建物に犠牲を出す心配はない。こちらも、山の木々や山道に損害が出ても賠償を負う必要がないことを確認したのは言うまでもない。

「ビオラ、これで思う存分、魔法を打ちまくれるぞ」
「それは楽しみじゃの」
「魔女さん、魔力の使いすぎには気を付けてくださいね」
「心配するでない。ラスがおるから問題ないのじゃ!」
「俺が気絶したら、誰が運転するんだ、おい」

 意気揚々と車に戻るビオラの頭を小突くと、俺は唖然としている魔術師たちを振り返りもせずに運転席のドアを開けた。

 それからしばらく、整備された道を進むことになった。
 整備されたと言っても、街中の様な丁寧な仕事ではない。所々で陥没した場所にタイヤが落ち込みガタガタと車体が揺れたり、伸び切った樹木の枝が窓に当たったりすることもあった。その度に、ビオラは遊園地のアトラクションを楽しむように声を上げていた。

「のう、ラス」
「何だ? まだ時間はかかるぞ」
「もしも、魔物が襲ってきたらわらわはどう戦えばよいのじゃ?」

 そういったビオラは窓をコンコンッと叩いた。

「ここを開けて撃てばよいのかの?」
「それでも構わないが、この車はサンルーフがついていたな。そっから見渡した方が良いかもな」
「さんるーふとは何じゃ?」
「これですよ、魔女さん!」

 助手席から後ろを振り返ったエイミーが天井についた取っ手を引くと天窓が姿を現した。さらに、並んだボタンの一つを押せば、ガコンッと音がして天窓が開き、風が車内に吹き込む。
 ビオラが感嘆の声を上げ、俺の真後ろで小さな体を飛び跳ねさせたのが、見ないでも分かるほど伝わってきた。
 すると、俺の肩口に小さな足がかけられた。

「おい、ビオラ!」
「サンルーフ、気に入ったのじゃ。風が気持ち良いの!」
「あまり乗り出すな。エイミー、ビオラを頼む!」
「お任せください!」

 張り切って立ち上がったエイミーは、サンルーフから外を眺めているビオラと一緒になって外に顔を出し、おおっと感嘆の声を上げた。

「……まぁ、いいか」

 この山道を走る車なんてそういないだろうし、まだ魔獣が出そうな地点までは距離がありそうだ。
 サンルーフから入る気持ちの良い風を感じ、俺は苦笑を浮かべてアクセルを緩めた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

戦場に跳ねる兎

瀧川蓮
ファンタジー
「ママ……私はあと……どれだけ殺せばいいの……?」 科学と魔法が混在する世界で覇権を狙うネルドラ帝国。特殊任務を専門に担う帝国の暗部、特殊魔導戦団シャーレ、最強と呼ばれる『鮮血』部隊を率いる15歳の少女リザ・ルミナスは、殺戮の日々に嫌気がさし戦場から行方をくらました。そんな彼女に手を差し伸べたのが、世界一の戦上手と評される兎獣人(アルミラージュ)のレイナだった。

私はお母様の奴隷じゃありません。「出てけ」とおっしゃるなら、望み通り出ていきます【完結】

小平ニコ
ファンタジー
主人公レベッカは、幼いころから母親に冷たく当たられ、家庭内の雑務を全て押し付けられてきた。 他の姉妹たちとは明らかに違う、奴隷のような扱いを受けても、いつか母親が自分を愛してくれると信じ、出来得る限りの努力を続けてきたレベッカだったが、16歳の誕生日に突然、公爵の館に奉公に行けと命じられる。 それは『家を出て行け』と言われているのと同じであり、レベッカはショックを受ける。しかし、奉公先の人々は皆優しく、主であるハーヴィン公爵はとても美しい人で、レベッカは彼にとても気に入られる。 友達もでき、忙しいながらも幸せな毎日を送るレベッカ。そんなある日のこと、妹のキャリーがいきなり公爵の館を訪れた。……キャリーは、レベッカに支払われた給料を回収しに来たのだ。 レベッカは、金銭に対する執着などなかったが、あまりにも身勝手で悪辣なキャリーに怒り、彼女を追い返す。それをきっかけに、公爵家の人々も巻き込む形で、レベッカと実家の姉妹たちは争うことになる。 そして、姉妹たちがそれぞれ悪行の報いを受けた後。 レベッカはとうとう、母親と直接対峙するのだった……

あなたの子ですが、内緒で育てます

椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」  突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。  夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。  私は強くなることを決意する。 「この子は私が育てます!」  お腹にいる子供は王の子。  王の子だけが不思議な力を持つ。  私は育った子供を連れて王宮へ戻る。  ――そして、私を追い出したことを後悔してください。 ※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ ※他サイト様でも掲載しております。 ※hotランキング1位&エールありがとうございます!

冷宮の人形姫

りーさん
ファンタジー
冷宮に閉じ込められて育てられた姫がいた。父親である皇帝には関心を持たれず、少しの使用人と母親と共に育ってきた。 幼少の頃からの虐待により、感情を表に出せなくなった姫は、5歳になった時に母親が亡くなった。そんな時、皇帝が姫を迎えに来た。 ※すみません、完全にファンタジーになりそうなので、ファンタジーにしますね。 ※皇帝のミドルネームを、イント→レントに変えます。(第一皇妃のミドルネームと被りそうなので) そして、レンド→レクトに変えます。(皇帝のミドルネームと似てしまうため)変わってないよというところがあれば教えてください。

【完】あの、……どなたでしょうか?

桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー  爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」 見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は……… 「あの、……どなたのことでしょうか?」 まさかの意味不明発言!! 今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!! 結末やいかに!! ******************* 執筆終了済みです。

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

レディース異世界満喫禄

日の丸
ファンタジー
〇城県のレディース輝夜の総長篠原連は18才で死んでしまう。 その死に方があまりな死に方だったので運命神の1人に異世界におくられることに。 その世界で出会う仲間と様々な体験をたのしむ!!

転生したら村娘だったけどゴミ扱いされて山に捨てられたので、小屋にこもって魔術を極めます。〜なんでも屋管理中、、、〜

ココス
ファンタジー
雨宮あかり15は、ある日乗っていたバスの事故により、帰らぬ人となってしまう。 そこから生まれ変わり転生したのは村娘という控えめに言って平和的ポジション、しかしある事がきっかけで使い物にならないと判断された彼女は山に放棄されてしまう。そこから魔獣たちと暮らしていく中で、日々魔術を勉強し、困った人間たちを助けるファンタジーホームコメディ。 

処理中です...