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第八章 赤の魔女
8-10 「ビオラ・ノエルテンペストのその身に、七つの光を灯す」
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深夜、繁華街の賑わいが静かになった頃、そっと近づいてきたビオラが長椅子で横になっていた俺の服を引っ張った。
「こんな時間になんだ? ガキは寝てる時間だろう」
「妾をガキ扱いするでない。それよりも、これを見よ」
そう言ってビオラが引っ張り出したのは、いつも鞄に入れている研究ノートだ。
現代で魔術に使われている言葉は、古代魔術言語を簡略化したものが多い。ビオラから見れば新しい言葉もあるようで、俺の作った魔書を解読しながら、新しいものをノートに書き留めているようだ。
開かれたページには、エイミーの背に刻まれた魔術言語が書き写されていた。
やれやれと思いながら、体を起こしてノートを手にする。
「……お前、本当に試す気なのか?」
「物は試しじゃ。妾の暴食も併せたら、上手くゆくかもしれぬ」
顔を近づけて声を潜めたビオラは、にっと笑った。
「ラスが作ってくれたペンダントにためた魔力をいかにバランスよく、妾の体に送るかが問題じゃ」
「そうだな……火蜥蜴の石いくらかは魔力を貯めこんでるだろうが──」
「ただ食ろうては妾の体内で一つになってしまうのが厄介じゃな」
ペンダントを摘まんだビオラは、それにと呟いた。
「一気に腹へ魔力をため込むと、悪酔いをする。ほれ、ラスの魔力を食ろうたときに倒れたじゃろ?」
「そうだったな」
「それでは元も子もない」
「一カ所に集めず、全身にくまなく流したいってことか?」
「そうじゃ。しかし、それをどうやるか……良い案が思い浮かばんでの」
それで眠れずにいたのだと言うビオラは、俺をじっと見てきた。何か良い案はないのかと、期待の眼差しを向けているのは、薄暗い部屋でも十分に分かった。
「……魔力の一つ一つを封印するのはどうだ? 石は丁度、七つある。それを上手く使えば、あるいは──」
「魔力を封印妾に封じるというのか?」
「あぁ。七つの魔力を体の七カ所に封じた状態なら、魔力は流れないからな」
「成程。解除と同時に、妾が食ろうてやれば良いのか」
「食うって感覚が、俺はいまいち分からないが、それぞれの場所に馴染ませれば、身体の活性化も起きるかもしれないな」
「ふむ、なるほど。馴染ませるか……物は試しじゃ。早速、試そうぞ」
すっかり眠気が吹き飛んだ俺は、乱れた前髪をかき上げ、深く息を吐いた。
明日もまた車を走らせて移動をしないといけないってのにな。
善は急げとばかりに、長椅子に飛び乗ってきたビオラは、火蜥蜴の石を持ち上げる。
「いくら増幅するように魔法をかけてあるとは言っても、まだお前の魔力の二倍程度だろうな」
「幼女となっても、そこらの青の魔女よりは持っておる。その二倍じゃ。そこそこの力と思うがの?」
何が何でも、今夜試したいらしいビオラは食い下がった。
「お前の師匠の魔法と重ねて、もしも異常が発生したら──」
「心配せんでも、師匠は悪戯好きではあったが、悪質な魔法は作らぬ人じゃ。もし相性の悪いものであれば跳ね返すくらいの仕掛けもしておるじゃろ」
つまり何か。ビオラは師マージョリーの魔法に別の魔法をぶち当てた時に、何かが起きるだろうことも考えてるってことか。そこに師弟間の信頼があるのかもしれないが、とんだ博打好きだな。
俺の師アドルフの飄々とした笑顔をふと思い出し、堪らず吹き出して笑った。俺も、ビオラと同じ立場ならあの人を信じるとかは二の次で、好奇心に負けて挑戦しただろう。魔術師の性ってやつかもな。
「何が起きても、知らないぞ」
念を押すと、ビオラは相槌を打った。
クッションの下に忍ばせていた愛用の杖を手にして、立ち上がる。
振り返った先のエイミーは、頭まですっぽりとブランケットを被っていた。騒がれたくはないし、そのまま眠っていてくれよ。
「簡易でさっさと済ますぞ」
「うむ。よろしく頼む」
長椅子の上にちょこんと座ったビオラは背筋を伸ばした。
杖を一振りすれば、接合部分がカチリと音を立てて長さを変えた。長くなったその先端をビオラに向ける。
「ビオラ・ノエルテンペストのその身に、七つの光を灯す」
静かに唱えると、火蜥蜴の石が一つ強い光を放った。
「その頂に一つ」
杖の先でまず示したのは、頭頂部だ。そこに、まるで星のきらめきを思わせる光の粒が吸い込まれていく。次は眉間、喉、心臓と、その都度、一つと唱えて封印の場所を指し示していった。
最後となる子宮に光が吸い込まれると、ビオラの口からふうっと長い息が漏れる。
「大丈夫か?」
「これが妾の魔力かと思うと、惚れ惚れする熱さよ」
「火蜥蜴の石の力も加わっているから、火属性が強いかもな」
「なるほど……解除をやってたもれ」
その容姿に似つかわしくない恍惚とした表情を見せたビオラは、ペンダントの先に下がる火蜥蜴の石を握りしめた。
「いっぺんに、いくからな」
そう言い終える前に、俺はビオラに杖の先を向けた。すると、ビオラを中心として、光り輝く魔法陣が浮かび上がる。そこに突き立てるよう、杖を振り下ろすと、その先端はずぶずぶと飲み込まれていった。
まるで錠前を開けるように杖を回し、ガチンッと音が鳴った。
「その力、解き放つ」
静かに唱えると、魔法陣はシャンッと音を立てて砕け散った。その刹那、熱風が吹き上がった。
「こんな時間になんだ? ガキは寝てる時間だろう」
「妾をガキ扱いするでない。それよりも、これを見よ」
そう言ってビオラが引っ張り出したのは、いつも鞄に入れている研究ノートだ。
現代で魔術に使われている言葉は、古代魔術言語を簡略化したものが多い。ビオラから見れば新しい言葉もあるようで、俺の作った魔書を解読しながら、新しいものをノートに書き留めているようだ。
開かれたページには、エイミーの背に刻まれた魔術言語が書き写されていた。
やれやれと思いながら、体を起こしてノートを手にする。
「……お前、本当に試す気なのか?」
「物は試しじゃ。妾の暴食も併せたら、上手くゆくかもしれぬ」
顔を近づけて声を潜めたビオラは、にっと笑った。
「ラスが作ってくれたペンダントにためた魔力をいかにバランスよく、妾の体に送るかが問題じゃ」
「そうだな……火蜥蜴の石いくらかは魔力を貯めこんでるだろうが──」
「ただ食ろうては妾の体内で一つになってしまうのが厄介じゃな」
ペンダントを摘まんだビオラは、それにと呟いた。
「一気に腹へ魔力をため込むと、悪酔いをする。ほれ、ラスの魔力を食ろうたときに倒れたじゃろ?」
「そうだったな」
「それでは元も子もない」
「一カ所に集めず、全身にくまなく流したいってことか?」
「そうじゃ。しかし、それをどうやるか……良い案が思い浮かばんでの」
それで眠れずにいたのだと言うビオラは、俺をじっと見てきた。何か良い案はないのかと、期待の眼差しを向けているのは、薄暗い部屋でも十分に分かった。
「……魔力の一つ一つを封印するのはどうだ? 石は丁度、七つある。それを上手く使えば、あるいは──」
「魔力を封印妾に封じるというのか?」
「あぁ。七つの魔力を体の七カ所に封じた状態なら、魔力は流れないからな」
「成程。解除と同時に、妾が食ろうてやれば良いのか」
「食うって感覚が、俺はいまいち分からないが、それぞれの場所に馴染ませれば、身体の活性化も起きるかもしれないな」
「ふむ、なるほど。馴染ませるか……物は試しじゃ。早速、試そうぞ」
すっかり眠気が吹き飛んだ俺は、乱れた前髪をかき上げ、深く息を吐いた。
明日もまた車を走らせて移動をしないといけないってのにな。
善は急げとばかりに、長椅子に飛び乗ってきたビオラは、火蜥蜴の石を持ち上げる。
「いくら増幅するように魔法をかけてあるとは言っても、まだお前の魔力の二倍程度だろうな」
「幼女となっても、そこらの青の魔女よりは持っておる。その二倍じゃ。そこそこの力と思うがの?」
何が何でも、今夜試したいらしいビオラは食い下がった。
「お前の師匠の魔法と重ねて、もしも異常が発生したら──」
「心配せんでも、師匠は悪戯好きではあったが、悪質な魔法は作らぬ人じゃ。もし相性の悪いものであれば跳ね返すくらいの仕掛けもしておるじゃろ」
つまり何か。ビオラは師マージョリーの魔法に別の魔法をぶち当てた時に、何かが起きるだろうことも考えてるってことか。そこに師弟間の信頼があるのかもしれないが、とんだ博打好きだな。
俺の師アドルフの飄々とした笑顔をふと思い出し、堪らず吹き出して笑った。俺も、ビオラと同じ立場ならあの人を信じるとかは二の次で、好奇心に負けて挑戦しただろう。魔術師の性ってやつかもな。
「何が起きても、知らないぞ」
念を押すと、ビオラは相槌を打った。
クッションの下に忍ばせていた愛用の杖を手にして、立ち上がる。
振り返った先のエイミーは、頭まですっぽりとブランケットを被っていた。騒がれたくはないし、そのまま眠っていてくれよ。
「簡易でさっさと済ますぞ」
「うむ。よろしく頼む」
長椅子の上にちょこんと座ったビオラは背筋を伸ばした。
杖を一振りすれば、接合部分がカチリと音を立てて長さを変えた。長くなったその先端をビオラに向ける。
「ビオラ・ノエルテンペストのその身に、七つの光を灯す」
静かに唱えると、火蜥蜴の石が一つ強い光を放った。
「その頂に一つ」
杖の先でまず示したのは、頭頂部だ。そこに、まるで星のきらめきを思わせる光の粒が吸い込まれていく。次は眉間、喉、心臓と、その都度、一つと唱えて封印の場所を指し示していった。
最後となる子宮に光が吸い込まれると、ビオラの口からふうっと長い息が漏れる。
「大丈夫か?」
「これが妾の魔力かと思うと、惚れ惚れする熱さよ」
「火蜥蜴の石の力も加わっているから、火属性が強いかもな」
「なるほど……解除をやってたもれ」
その容姿に似つかわしくない恍惚とした表情を見せたビオラは、ペンダントの先に下がる火蜥蜴の石を握りしめた。
「いっぺんに、いくからな」
そう言い終える前に、俺はビオラに杖の先を向けた。すると、ビオラを中心として、光り輝く魔法陣が浮かび上がる。そこに突き立てるよう、杖を振り下ろすと、その先端はずぶずぶと飲み込まれていった。
まるで錠前を開けるように杖を回し、ガチンッと音が鳴った。
「その力、解き放つ」
静かに唱えると、魔法陣はシャンッと音を立てて砕け散った。その刹那、熱風が吹き上がった。
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