上 下
73 / 115
第七章 海洋都市マーラモード

7-4 鏡に魔法を刻んだのは誰だ?

しおりを挟む
 火蜥蜴の石サラマンドライトの用意が出来るまで、しばしの日常が訪れた。

 ビオラは店のカウンターで鏡を片手に、そこに描かれる魔法陣を書き写す日々だ。
 丘の下に住んでいる村人が訪れた時は、慌ててノートを持って店の奥に引っ込んだり俺の後ろに隠れたりと、引っ込み思案という設定を順守している。その姿は、なかなかに面白く、俺は笑いたくなるのを必死にこらえていた。

 今日も笑いをこらえていると、困っていると思われたらしく、来店した客に心配される始末だ。

「ビオラちゃんは本当に引っ込み思案なのね」
「それで学校に馴染めなくて、うちに来たんだと」
「そう言うことかい。でも、アドルフはまだ戻らないんだろ?」
「一切連絡もないな」
「あんた、一人で教えられんのかい?」
「まぁ……ありがたいことに、それなりに懐いてはくれたから、何とかなると思うよ」
 
 心配そうに俺の後ろ、自宅に繋がるドアを見た丘の下の住人は、用意した魔法薬の軟膏を受け取った。

「手伝えることがあれば、声をかけておくれよ」
「ありがとな」

 気を遣う客に手を振って送り出すと、やっと店に静かさが戻った。昼もすぎれば客足が遠のくのはいつものことだ。
 さて、今日は早々と店仕舞いにしよう。
 カウンターを出ようとすると、ドアを開けてビオラがひょこっと顔を出した。

「村人はお人好しばかりじゃの。妾の心配を口にしていたのは、さっきで何人じゃ?」
「十人、か?」
「十二人じゃったな。それと、思っていた以上に、お主の仕事は地味じゃの」
「そうか?」

 カウンターを出ると、ビオラもついてきた。
 
「ほとんどが薬の販売じゃったろ。そんなのは薬師に任せておけばよかろう」
「あぁ、あれは魔術師の作る魔法薬だ。薬師のとは違って──」
「魔法薬とは何じゃ?」
「何って……五百年前にはなかったのか?」

 入り口に出している立て看板を閉じ、入り口には閉店の掛札を下げながら聞き返すと、ビオラは興味津々な顔で何度も頷いていた。これは、教えろと言っているんだろう。

「あれは薬草の効能を抽出したものに、物質化した回復魔法を加えているんだ。手間がかかるから、やってる魔術師は少ないけど、効能は抜群ばつぐんだ」
「回復魔法を物質化とは初めて聞いたぞ! どのようにやるのじゃ?」
「……その説明は、また今度にしよう。今日は鏡の話がしたいって言ってただろう?」

 立て看板を持って部屋に入ると、少し残念そうな顔をしながらビオラは「そうじゃが」と口籠った。暴食の魔女と呼ばれていただけあって、基本的には、魔法に対する探求心も強いみたいだな。

「この時代の魔法は、五百年前とは違うのじゃ。面白くて仕方がない。色々片付いたら、もっと教えてたもれ!」
「それは構わないが……そういや、師匠の研究ノートも見ていたな」
「うむ。ラスの師匠はまっこと面白い! いつか会ってみたいの」
「……いつ帰ってくるのやら」

 自宅に戻りながら思い出した師匠の暢気のんきな顔に、堪らずため息をこぼした。
 リビングに入ると、シルバが定位置の布張りの長椅子でくつろいでいた。そのすぐ傍に腰を下ろしたビオラは、テーブルに封印の鏡を置き、ノートを広げた。そこにはびっしりと古代魔術言語エンシェント・ソーサリーが書かれている。

「この三日間、この鏡に書かれたものを全て書き出してみたのじゃ」
「俺もノートに書き出してたけど?」
「当然あると思っておったが、この目で確認したくての」
「で、確認して分かったことはあるのか?」

 向かいの長椅子に腰を下ろし、ノートを覗き込みながら尋ねた。

「うむ……この魔法陣を組んだ者をわらわは知っておる」
「知ってるなら、解除のきっかけも掴みやすいじゃないか!」

 眉間にしわを寄せるビオラの表情は気になったが、そんなことよりも、魔術師が判明することに気持ちがたかぶった。もしも、魔術師が特定できるなら願ったりだ。

 魔法陣に綴られる魔法の言葉というのは、術者が魔術を発動をするための作業工程ロードマップのようなものだ。書き方に基本的な様式や言語は存在するが、そこを守れば自由なものだ。
 水を呼ぶ魔法の基本は井戸を掘ったり、地水から噴き出すイメージを言語化するのが基本だが、それを無視して水道の蛇口をひねるイメージを言語化したなんて話を聞いたこともある。暴論になるが、結果、魔法が発動されれば良いわけだ。
 
「解除のきっかけの……」
「術者が分かれば、解読しやすいってのが常識だろう」
「あの人は何を考えているのか分からんからの……時として、全く関係ないことを魔法陣に描くのじゃ」
「まったく関係ないって、それで発動するわけがないだろう!」
「不思議なことに、発動するのじゃ。彼女の中では筋道が立っているのじゃろう」

 深いため息をつくビオラは、ノートを指さした。

「石のない五つの魔法陣、ラスも解読したであろう。あれは何が書かれておった?」
「ベースは四季の移ろいを使った時の流れを示すものだろうな。だけど五つ目がある。四季なら四つだろ? その五つ目の意味が分からなかったから、俺は無理やり解除に踏み切ったんだ」
「時の流れと言う読みは、当たらずとも遠からずじゃが……あれは時の流れを止める魔法ではない」
「はぁ!? じゃあ、なんだって言うんだよ」

 てっきり、複数の時を止める魔法が重ねられているものだと思っていた俺は、根本的に違うと突きつけられたも同じで、思考が止まった。

「あそこに書かれているのは、花の種のき方と育て方じゃな」
「……花?」

 真剣な表情のビオラの言葉に反し、俺の頭の中に花が咲いた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

彼女の幸福

豆狸
恋愛
私の首は体に繋がっています。今は、まだ。

戦場に跳ねる兎

瀧川蓮
ファンタジー
「ママ……私はあと……どれだけ殺せばいいの……?」 科学と魔法が混在する世界で覇権を狙うネルドラ帝国。特殊任務を専門に担う帝国の暗部、特殊魔導戦団シャーレ、最強と呼ばれる『鮮血』部隊を率いる15歳の少女リザ・ルミナスは、殺戮の日々に嫌気がさし戦場から行方をくらました。そんな彼女に手を差し伸べたのが、世界一の戦上手と評される兎獣人(アルミラージュ)のレイナだった。

乙女ゲームの悪役令嬢になった妹はこの世界で兄と結ばれたい⁉ ~another world of dreams~

二コ・タケナカ
ファンタジー
ある日、佐野朝日(さのあさひ)が嵐の中を帰宅すると、近くに落ちた雷によって異世界へと転移してしまいます。そこは彼女がプレイしていたゲーム『another world of dreams』通称アナドリと瓜二つのパラレルワールドでした。 彼女はゲームの悪役令嬢の姿に。しかも一緒に転移した兄の佐野明星(さのあきと)とは婚約者という設定です。 二人は協力して日本に帰る方法を探します。妹は兄に対する許されない想いを秘めたまま……

私はお母様の奴隷じゃありません。「出てけ」とおっしゃるなら、望み通り出ていきます【完結】

小平ニコ
ファンタジー
主人公レベッカは、幼いころから母親に冷たく当たられ、家庭内の雑務を全て押し付けられてきた。 他の姉妹たちとは明らかに違う、奴隷のような扱いを受けても、いつか母親が自分を愛してくれると信じ、出来得る限りの努力を続けてきたレベッカだったが、16歳の誕生日に突然、公爵の館に奉公に行けと命じられる。 それは『家を出て行け』と言われているのと同じであり、レベッカはショックを受ける。しかし、奉公先の人々は皆優しく、主であるハーヴィン公爵はとても美しい人で、レベッカは彼にとても気に入られる。 友達もでき、忙しいながらも幸せな毎日を送るレベッカ。そんなある日のこと、妹のキャリーがいきなり公爵の館を訪れた。……キャリーは、レベッカに支払われた給料を回収しに来たのだ。 レベッカは、金銭に対する執着などなかったが、あまりにも身勝手で悪辣なキャリーに怒り、彼女を追い返す。それをきっかけに、公爵家の人々も巻き込む形で、レベッカと実家の姉妹たちは争うことになる。 そして、姉妹たちがそれぞれ悪行の報いを受けた後。 レベッカはとうとう、母親と直接対峙するのだった……

公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-

猫まんじゅう
恋愛
 そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。  無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。  筈だったのです······が? ◆◇◆  「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」  拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?  「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」  溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない? ◆◇◆ 安心保障のR15設定。 描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。 ゆるゆる設定のコメディ要素あり。 つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。 ※妊娠に関する内容を含みます。 【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】 こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)

あなたの子ですが、内緒で育てます

椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」  突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。  夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。  私は強くなることを決意する。 「この子は私が育てます!」  お腹にいる子供は王の子。  王の子だけが不思議な力を持つ。  私は育った子供を連れて王宮へ戻る。  ――そして、私を追い出したことを後悔してください。 ※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ ※他サイト様でも掲載しております。 ※hotランキング1位&エールありがとうございます!

冷宮の人形姫

りーさん
ファンタジー
冷宮に閉じ込められて育てられた姫がいた。父親である皇帝には関心を持たれず、少しの使用人と母親と共に育ってきた。 幼少の頃からの虐待により、感情を表に出せなくなった姫は、5歳になった時に母親が亡くなった。そんな時、皇帝が姫を迎えに来た。 ※すみません、完全にファンタジーになりそうなので、ファンタジーにしますね。 ※皇帝のミドルネームを、イント→レントに変えます。(第一皇妃のミドルネームと被りそうなので) そして、レンド→レクトに変えます。(皇帝のミドルネームと似てしまうため)変わってないよというところがあれば教えてください。

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

処理中です...