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第七章 海洋都市マーラモード
7-3 「ビオラちゃん、その顔で痴情とか言っちゃダメよ」
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後ろを追いかけてきたビオラは、俺の顔を覗き込むようにして見上げてくる。その赤い目は好奇心に爛々と輝き、まるで噂好きなジョリーのようだ。
これは、はぐらかしても食い下がるやつだな。
「何を期待しているんだ?」
「女かの?」
「言うと思った」
幼女の顔で、流行りのロマンス小説にきゃっきゃうふふしている女たちのような顔をするのは、やめてもらいたいもんだ。
呆れながら、俺は台所ではなくリビングに向かった。
「ラス、そっちは台所ではなかろう」
「マリーが誰か、知りたいんだろ? 話すより見た方が早い」
「見た方が? どういう事じゃ?」
リビングに入り、俺は壁際に並ぶ家具の前で立ち止まった。そこに並ぶ額縁を一つ手に取る。
「マリーって言うのは……マリーメイヴ、俺の母親のことだ」
花に囲まれて穏やかに笑う母親の姿をビオラに向けると、好奇心に輝いていた目がきょとんとした。
「なんじゃ、そういうことか。期待して損したの」
「残念だったな。俺が泣かせた女でも、泣かされた女でもなくて」
「本当にの」
額縁を手にしたビオラは心底つまらなそうに言いながら、しげしげと肖像画を見ていた。
「……絵では、母君の魔力はさすがに分からぬの」
「そりゃそうだろう」
「しかし、やはり良い笑顔だ……うむ、妾と同じ赤い目なのじゃから、凄い魔女だったのだろう」
「そうだな。二十年近く経つって言うのに、村の人たちも覚えているしな」
幼かったこともあって、ここに来る前の記憶ほとんどない。だから、俺にとってはこのマーラモードが故郷だが、どうして移り住むことになったのかとか、父親はどこにいるのか知りたいと思った時期もある。だけど、母親に問うことはなかった。
ここに来てからの思い出はいつだって笑顔だからだろうな。
笑顔の日々を思い出すと、あの人は死期が近いことを知って、思い出を作っていたのかもしれないと思える。それくらい、俺の幼い記憶は幸せな笑顔に満ち溢れている。
ビオラの手から肖像画を取り上げ、定位置に戻した。
「さぁ、今度こそ飯にするぞ。着替えて来い」
ビオラを追い立てるようにして、俺はリビングを出る。
しばらく額縁の手入れもしていなかったな。食後は掃除をするか。そんなことを考えながらキッチンに戻った。
***
翌日、俺たちはジョリーの解体屋に来ていた。火蜥蜴の石の原石を加工してもらうよう依頼するためだ。
「まったく、つまらぬ男だと思わぬか?」
「あいつ、案外、純情だからね」
「痴情のもつれの一つや二つ、あってもよかろうに」
「ビオラちゃん、その顔で痴情とか言っちゃダメよ」
カウンター向こうで必死に笑いをこらえるジョリーの前で、ビオラはつぶらな瞳をさらに見開いてリアナを見た。
オレンジジュースの入ったグラスの中で氷がカランと小さく鳴った。
「リアナは、初心よの」
「初心って、小さいビオラちゃんに言われるの、複雑なんだけど」
「そうかの? 初心なぐらいが可愛いくてよかろうて」
「もう、ビオラちゃんったら!」
可愛いと言われたのが嬉しかったのか、リアナはビオラを抱き締めて、頬擦りをする勢いだ。
何があったのか知らないが二人は急に仲良くなった。その訳を聞いても、女の友情だとかなんとか誤魔化される。知ったところで、さほど俺に影響のある話ではないだろうが。
「確かに、マリーさんを知ってる人が見たら、ビオラちゃんに重ね見るかもな」
「目の色が同じってだけだろう?」
「それって大きいと思うぞ」
大きく頷くジョリーを呆れて見ながら、俺は珈琲を啜った。毎度のことだが、ここに来ると仕事の話より雑談の方が長くなるんだよな。
「お兄ちゃんは、ラスのお母さんのこと覚えてるの?」
「そりゃ覚えてるさ。マリーさんとラスがこの町に来たのは俺が六つくらいだったし、当時、マリーメイヴって言えば、海の歌姫の異名を持つ、誰もが憧れた魔女だったんだ」
「そうなのか? よく覚えてるな」
「お前、ビオラちゃんより小さかったからな」
「妾はこう見えて、立派な大人じゃと何度言ったら分かるのじゃ、ジョリー」
「ビオラちゃん、それ、外では言わない方がいいと思うよ。お兄ちゃんみたいな変態さんに拐われちゃうから」
「リアナ……兄ちゃんを犯罪者にしないで」
涙目になったジョリーは、俺を見ると話を変えろと言わんばかりに、すがり付くような顔をした。
「まぁ、とりあえずだ。この前も話した通りビオラが封印から解放されたって話は広めたくないから、内緒にしてくれ」
「妾は表向き、お師匠の遠戚の子で魔法を学ぶため来ておるのじゃったな。リアナも、よろしく頼むの」
「うん、任せて!」
「ラスの子でも面白かったと思うんだけどな」
「やめてくれ。そんなことより、いい加減、原石の方の話をしないか?」
珈琲の入ったカップも、そろそろ空になる。喉が渇く前に本題へと入りたいところだ。
「そうだな。あの原石、お前が作ったんだろ?」
「あぁ、そうだ。複数体の火蜥蜴がバラバラになってたからな。寄せ集めた」
ジョリーの質問に淡々と答えると、リアナがひっと喉を引きつらせるような悲鳴を上げた。あの惨劇の場面を見たら、気を失うだろうな。
「成程な。死体に加熱と加圧を加えて無理やり一つにしたわけか」
「無理やり……まぁ、無理やりだな」
「魔法石を取り出して研磨するのに、一週間、貰えるか?」
「分かった。一週間後、取りに来る」
「取り出せた数によっては、買い取らせてくれるんだろう?」
「その時の交渉次第だな」
「久々の赤だ。全力でやってやるよ!」
仕事人の顔になったジョリーは俺が持ち込んだ黒光りしている石の塊を前に拳を握った。
これは、はぐらかしても食い下がるやつだな。
「何を期待しているんだ?」
「女かの?」
「言うと思った」
幼女の顔で、流行りのロマンス小説にきゃっきゃうふふしている女たちのような顔をするのは、やめてもらいたいもんだ。
呆れながら、俺は台所ではなくリビングに向かった。
「ラス、そっちは台所ではなかろう」
「マリーが誰か、知りたいんだろ? 話すより見た方が早い」
「見た方が? どういう事じゃ?」
リビングに入り、俺は壁際に並ぶ家具の前で立ち止まった。そこに並ぶ額縁を一つ手に取る。
「マリーって言うのは……マリーメイヴ、俺の母親のことだ」
花に囲まれて穏やかに笑う母親の姿をビオラに向けると、好奇心に輝いていた目がきょとんとした。
「なんじゃ、そういうことか。期待して損したの」
「残念だったな。俺が泣かせた女でも、泣かされた女でもなくて」
「本当にの」
額縁を手にしたビオラは心底つまらなそうに言いながら、しげしげと肖像画を見ていた。
「……絵では、母君の魔力はさすがに分からぬの」
「そりゃそうだろう」
「しかし、やはり良い笑顔だ……うむ、妾と同じ赤い目なのじゃから、凄い魔女だったのだろう」
「そうだな。二十年近く経つって言うのに、村の人たちも覚えているしな」
幼かったこともあって、ここに来る前の記憶ほとんどない。だから、俺にとってはこのマーラモードが故郷だが、どうして移り住むことになったのかとか、父親はどこにいるのか知りたいと思った時期もある。だけど、母親に問うことはなかった。
ここに来てからの思い出はいつだって笑顔だからだろうな。
笑顔の日々を思い出すと、あの人は死期が近いことを知って、思い出を作っていたのかもしれないと思える。それくらい、俺の幼い記憶は幸せな笑顔に満ち溢れている。
ビオラの手から肖像画を取り上げ、定位置に戻した。
「さぁ、今度こそ飯にするぞ。着替えて来い」
ビオラを追い立てるようにして、俺はリビングを出る。
しばらく額縁の手入れもしていなかったな。食後は掃除をするか。そんなことを考えながらキッチンに戻った。
***
翌日、俺たちはジョリーの解体屋に来ていた。火蜥蜴の石の原石を加工してもらうよう依頼するためだ。
「まったく、つまらぬ男だと思わぬか?」
「あいつ、案外、純情だからね」
「痴情のもつれの一つや二つ、あってもよかろうに」
「ビオラちゃん、その顔で痴情とか言っちゃダメよ」
カウンター向こうで必死に笑いをこらえるジョリーの前で、ビオラはつぶらな瞳をさらに見開いてリアナを見た。
オレンジジュースの入ったグラスの中で氷がカランと小さく鳴った。
「リアナは、初心よの」
「初心って、小さいビオラちゃんに言われるの、複雑なんだけど」
「そうかの? 初心なぐらいが可愛いくてよかろうて」
「もう、ビオラちゃんったら!」
可愛いと言われたのが嬉しかったのか、リアナはビオラを抱き締めて、頬擦りをする勢いだ。
何があったのか知らないが二人は急に仲良くなった。その訳を聞いても、女の友情だとかなんとか誤魔化される。知ったところで、さほど俺に影響のある話ではないだろうが。
「確かに、マリーさんを知ってる人が見たら、ビオラちゃんに重ね見るかもな」
「目の色が同じってだけだろう?」
「それって大きいと思うぞ」
大きく頷くジョリーを呆れて見ながら、俺は珈琲を啜った。毎度のことだが、ここに来ると仕事の話より雑談の方が長くなるんだよな。
「お兄ちゃんは、ラスのお母さんのこと覚えてるの?」
「そりゃ覚えてるさ。マリーさんとラスがこの町に来たのは俺が六つくらいだったし、当時、マリーメイヴって言えば、海の歌姫の異名を持つ、誰もが憧れた魔女だったんだ」
「そうなのか? よく覚えてるな」
「お前、ビオラちゃんより小さかったからな」
「妾はこう見えて、立派な大人じゃと何度言ったら分かるのじゃ、ジョリー」
「ビオラちゃん、それ、外では言わない方がいいと思うよ。お兄ちゃんみたいな変態さんに拐われちゃうから」
「リアナ……兄ちゃんを犯罪者にしないで」
涙目になったジョリーは、俺を見ると話を変えろと言わんばかりに、すがり付くような顔をした。
「まぁ、とりあえずだ。この前も話した通りビオラが封印から解放されたって話は広めたくないから、内緒にしてくれ」
「妾は表向き、お師匠の遠戚の子で魔法を学ぶため来ておるのじゃったな。リアナも、よろしく頼むの」
「うん、任せて!」
「ラスの子でも面白かったと思うんだけどな」
「やめてくれ。そんなことより、いい加減、原石の方の話をしないか?」
珈琲の入ったカップも、そろそろ空になる。喉が渇く前に本題へと入りたいところだ。
「そうだな。あの原石、お前が作ったんだろ?」
「あぁ、そうだ。複数体の火蜥蜴がバラバラになってたからな。寄せ集めた」
ジョリーの質問に淡々と答えると、リアナがひっと喉を引きつらせるような悲鳴を上げた。あの惨劇の場面を見たら、気を失うだろうな。
「成程な。死体に加熱と加圧を加えて無理やり一つにしたわけか」
「無理やり……まぁ、無理やりだな」
「魔法石を取り出して研磨するのに、一週間、貰えるか?」
「分かった。一週間後、取りに来る」
「取り出せた数によっては、買い取らせてくれるんだろう?」
「その時の交渉次第だな」
「久々の赤だ。全力でやってやるよ!」
仕事人の顔になったジョリーは俺が持ち込んだ黒光りしている石の塊を前に拳を握った。
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