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第三章 幼き魔女

3-3 温かい朝食を食べるのは何年ぶりだろうか。

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 いつもであれば、パンにチーズや裏庭でとれたラムズレタス、あるいはルッコラあたりを挟んだものと、ハーブティーで朝食は済ませている。だけど、あのはだいぶ腹を空かせているようだったからな。
 保存庫から取り出したライ麦パンに挟んだのは、裏庭でとれたラムズレタスに焼いたベーコンとチーズだ。
 鍋では、保冷庫に余っていた野菜とベーコンのスープが煮立っている。ついでに、少し残しておいた野菜をみじん切りにして、カゴに残っていた卵三個と一緒に、小さなフライパンでオムレツを作る。

「果物も……これで全部か」

 保冷庫の中に残っているアプリコットを取り出すと、すっかり食材がなくなったことを再確認した。今日は色々と買い出しもしなければならなそうだ。
 そうこうしている間に、オーブンに入れたホットビスケットが焼きあがった。

 残りわずかのサワークリームを皿に出し、棚から蜂蜜の瓶も取り出してテーブルに置く。さらに、取り皿を二枚、ナイフとフォークも二人分、食器カトラリーを並べたテーブルの上を見れば、少しばかり懐かしさが込み上げてきた。
 つい数年前は、師匠とこうして向かい合って食べていんだよな。

 朝が苦手でなかなか起きてこない師匠に代わって、料理をするようになったのは、十二の頃だったか。
 初めこそ、黒焦げの目玉焼きとベーコンを、これまた焦げたパンに載せて食べた。それでも師匠は笑って美味いと言ってくれたのを、今でも思い出す。

 ティーポットにお湯を、スープカップには温かい野菜スープを注ぐ。
 一人になってから疎かになっていた朝食とは違う、温かな光景が目の前に広がった。

 これだけ用意すれば、満足するだろう。満足しないで暴れられたりしたら、面倒だからな。
 うんうんと頷きながらテーブルを見ていると、その足元にいた銀狼のシルバが、呆れたようにガフッと声を漏らした。

「……何だ、シルバ」

 だが、俺の声には何の反応も示さず、さっさと歩き出してしまう。
 シルバとの付き合いは長いからな。俺が言い訳を並べているだけで、本心では、誰かとの朝食を楽しみに思っているのを見抜かれたのかもしれない。その誰かが、あのなのは、残念の極みなのだが。
 
 シルバの後に続いてキッチンを出て自室へと戻れば、そこには可愛らしいワンピースに袖を通したビオラの姿があった。
 チュニックの上から赤い布を縫い付けたのだろう。ビオラが振り返ると、赤いスカートがふわりと揺れた。

「それを縫ったのか。早いな」
「これくらい造作ぞうさもない」
 
 誇らしげに笑うビオラの髪には、赤い薔薇が飾られている。胸元を飾る薔薇と同じようだし、ドレスの飾りをリボンに縫い付けたのだろう。ウエストを飾るリボンも、おそらくドレスのものだ。よく一時間かそこらで、ここまで作ったものだ。
 感心して眺めていると、ビオラの腹がぐうっと可愛らしい音を立てた。

「これだけ頑張れば、腹も減るだろう。朝飯、食うぞ」

 思わず、子どもを褒めるようにビオラの頭を撫でてしまい、ハッとする。こいつの中身は俺と歳の変わらないような女だった。
 子ども扱いするでない、と手を払われるかと思ったが、俺の想像に反して、ビオラは満面の笑顔にった。

「うむっ! 先ほどから、い匂いが漂ってきて堪らないのじゃ」

 満足そうに頷き返され、拍子抜けした俺は、素足のまま歩き出すビオラの後ろ姿をただ見ていた。
 何なんだこいつは。調子が狂う。
 思わずため息をつきそうになった時、ビオラがドアノブを掴んだところで振り返った。

「ラス、どこで食べるのだ? はよう、案内せよ!」
「え?……あぁ」
「何を呆けておるのじゃ。よもや、妾の愛らしさに見とれておったのではあるまいな?」
「んな訳ないだろ」
「怪しいのぉ」
「……足だよ、足!」

 歩み寄り、ひょいっとビオラを抱え上げ、俺はドアを開けた。

「古い家だからな。素足で歩いていたら、床板に引っかけて怪我するかもしれないだろ」
「ふむ。ラスは優しいの」
「……怪我したら、治療費がかかるだろうが」
「まぁ、それはそうじゃの」

 何が面白いのか、ビオラはくすくすと笑った。そして、すんっと鼻を鳴らすと顔を輝かせる。

「ビスケットの香りがするの!」
「あぁ、今朝焼いたんだ」
「大好物じゃ!」
「ビスケットが?」

 意外だった。ホットビスケットは、小麦とバター、砂糖と牛乳を練って焼いただけのものだ。
 国王の寵姫ちょうきだったであれば、もっと美味いものを食べていただろう。朝食だって、贅沢な肉や、外から取り寄せた嗜好品が並んでもおかしくない。それなのに、素朴なホットビスケットが好物とは。
 台所に入ると、腕の中でビオラが歓声を上げた。
 こんな、庶民の朝食に喜ぶ王の寵姫がどこにいようか。

 椅子に座らせると、ビオラは胸の前で小さな手を組んだ。
 赤い瞳が閉ざされる。

「すべての命に感謝し、我が魔力のかてとなるものに祝福を」

 祈りを捧げ、開かれたつぶらな瞳がキラキラと輝く。

「ラス、何をぼさっとしておる! ビスケットが届かぬ!」

 自分の席からは遠いカゴを指さし、ビオラはバタバタと足を動かした。
 やっぱりこいつは、暴食の魔女じゃなさそうだ。本来の魔女の身代わりか何か──侍女だったのかもしれないな。
 そんなことを考えながら、ビオラの皿にホットビスケットを置いてやると、彼女は目を輝かせ、蜂蜜をかけたそれを口いっぱいに頬張った。

「ラスは料理上手じゃの!」
「そりゃ、どーも」
 
 自分の席に座り、カップに注いだハーブティーを啜った俺は、苦笑いを浮かべながらナイフに手を伸ばした。
 鍋敷きの上の小さなフライパンにナイフを入れれば、ふっくらとしたオムレツが、柔らかな湯気をくゆらせた。
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