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第二章 五百年前の遺物

2-2 貴族様っていうのは、俺ら庶民と金銭感覚が違いすぎるようだ。

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 青年は困惑した顔で目を泳がせていた。
 封印を解除するのに、一ヵ月は待てないということだろうか。
 だったら交渉決裂──と、簡単にこっちも引き下がれやしない。これほどの遺物に出会うのは久々だし、間違いない上玉だからな。
 しかし、どう説得したものか。

「同業者を紹介しても良いが、これくらい手の込んだものを解除するには、どこでも時間は必要になるぜ」
「……そう、なんですか?」
「こっちも慈善事業って訳じゃない。これ一つで数ヵ月分の金が舞い込むって言うなら、他を断っても引き受けるけどな。そうじゃないなら、少なく見積もっても依頼料は金貨ソル二十枚、最短一ヵ月だな」

 鏡を箱に戻し、手袋を外した俺はソファーの背に寄り掛かり、深く息を吐いた。
 わずかだが、指先がひくひくと痙攣していた。
 俺の魔力が干渉しないように、魔力遮断用の手袋を嵌めていた。それでも、鏡はお構いなしに強烈な魔力を押し付けてきた。慎重にやらないと、とんだ影響を受けることになりそうだ。

「……では、解除にかかる依頼料の五倍、お払いします」
「は?」
「足りませんか? では、十倍払いますので、十日で封印を解いてください」

 そう言って、青年は鞄の中から金の延べ棒を二本取り出した。あの大きさなら、おそらく一つで金貨五十枚の価値がある。それを革の鞄に忍ばせ、あまつさえ、ちょっとそこまで散歩に来ましたみたいな顔して、このお坊ちゃまはここまで来たのか。
 明らかな格差を感じ、悲しさを通り越して呆れてしまった。
 その金塊一本分の金を稼ぐのに、庶民が何年かかると思っているんだ。

「こちら、前金としてお支払いします」
「……マジかよ」
「本気です。封印を解除いただけましたら、追加で同じものを二本お渡しします」

 どうですかと言わんばかりに、青年は真っ直ぐに俺を見てくる。守銭奴魔術師であるなら、金で動くのでしょう。そう問われているようだった。
 施された封印が古い様式ではあっても、師匠に習ったもので対処できる自信はあった。ちょっと不眠不休で頑張れば良いだけだと考えたら、正直、美味しすぎる話だ。

「……解除に失敗することもあるが、構わないか?」
「失敗とは、どういう状態ですか?」
「例えば、中身が取り出せても現物がぐしゃりといくとか、封印を強くしてしまったり、俺が封じられてしまう可能性もある」
「中身が取り出せるのであれば、この鏡が割れても問題ありません。封印が強まったり、あなたが封じられたら……その時は、他をあたります」
「失敗しても、金は返せないって言ってもか?」
「良いでしょう。それで、期日が早まるのでしたら……安いものです」

 にこりと笑う青年の顔色をさぐってみた。
 もしや、俺に恨みを持った魔術師が彼にこの封印物を渡し、何か適当なことを言ってここに来るよう仕向けたのではないか。そう考えてみたが、俺に恨みを持つような格下が、これほどの遺物を用意するのは無理だろう。何より、彼に人を騙すような雰囲気は感じられない。
 この遺物を手に入れることが出来たのは、金塊をほいほい出せるようなお貴族様だからと納得すれば良いってことか。
 金の延べ棒を一つ手に取って、まじまじと見つめた。
 めったにお目にかかれない代物の重みが、ずしりと手に圧し掛かってくる。

「解除を急ぐ事情を聴いても良いか? あんたの事情に納得出来たら、引き受けてやるよ」

 この重みに見合った依頼であれば、全力で取り組もう。

「まず、あんたの名前を教えてもらう。契約には、嘘偽りのない名が必要だ」
「分かりました。私の名は、ダグラス・メナード」
 
 聞き覚えのある家名に、俺は目を見開いた。
 それは数日前に聞いたばかりだ。マーサーの姉オリーブがメイドとして働いていたという、あのメナード家。解体ジャンク屋ジョリーの話では、先代が他界し、お家騒動が過熱しているという話だ。
 一気に、が漂ってきた。

「どうやら、私の家の事情を少しはご存じなようですね」

 俺の顔から表情が失せたのを見からか、僅かに困った顔で、ダグラス・メナードは口元に笑みを浮かべた。
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