魔法師は騎士と運命を共にする翼となる

鳴海カイリ

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誰にもやるものか【モーガン】

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 ぐったりとして俺の胸の上に横たわる、華奢きゃしゃな体つきの片翼を見つめ、俺は笑いを漏らした。

 肩より長くなった髪。
 黒というほど濃くは無い、青みがかった暗い灰色の一本一本は艶があるとは言えないものの出会った頃よりずいぶんマシになった。肌も、病的に白いせいで傷が目立ちやすい。今、この片翼についている痕は、全部俺がつけたものだと思うとたまらない気持ちになった。

「セシル……」

 完全に意識を失っていいるのか返事はない。
 それどころか身じろぎもしない。本当ならばもっと長くじっくりと楽しみたかったのに、涙を零しながら懇願する姿がたまらなくて、予定より早くイかせてしまった。
 もともと俺自身もあまりこらえ性のあるタイプではないから、仕方がないか。

「次は一晩中、狂わせてやるからな……」

 閉じた瞼の下の氷のように青い瞳は、夢の中でも快楽の続きを見ているだろうか。その相手は俺だけだ。
 騎士と魔法師の契約を交わした俺、モーガンだけだ。

 絶対に手放したりしない。

 子供のころから、思い通りになならないのは我慢がならなかった。
 イングリス伯爵家の嫡男でありながら姉たちは傲慢で、年の離れた弟は両親たちの愛情を一身に受けている。弟が生まれるまでは誰もが、俺の言いなりだったというのに。

 剣の腕を磨き勉強もしたんだ、皆俺をもっと敬っていい。
 だというのに、俺の片翼となる候補の魔法師たちはことごとく、俺にはついていけないと言って去っていく。もしセシルが見つからず片翼とならなかったら、俺は王国の騎士団に入ることもできず、家督も弟に譲ることになるところだった。
 そうなれば俺は、異国の叔母の元に送られる。
 事実上イングリス家から追放されるようなものだ。

「何も知らない……っていうのは、いいものだな」

 寂れた村で、誰にも相手にされず育った子供と聞いて、しめたと思った。
 俺と同い年とは思えないほど、体は細く腕力も体力もない。世間的な知識も経験も無い。ただ噂にあったように、魔法の力だけは本物だった。これだけのものを独学で得たと聞いて、俺にふさわしい魔法師に染めることができると思った。
 思った通り、セシルは俺の言葉に何一つ疑うことなく従順でいる。

 だが……。

 つまらないんだ。

 どれほど無理難題を言っても、最初は困った顔をしながら、最後は自分一人の力でやり遂げてしまう。嫌がることだろうと何だろうと、全て受け入れる。
 心の底が見えない。
 ……いや、俺には本心を見せていないんだ。

 俺に頼るということを一切せず、ただ淡々と言われたことをこなす。
 従順なお人形は使い勝手がいいが面白くない。

「俺のことは、好きではないのか?」

 お前を、あの寂れた村からここまで連れてきた片翼だぞ。
 死ぬまでお前は俺のそばにいるのに。

 求めてこない。
 笑顔を見せてこない。

 媚びへつらうこともしない。

 もし、俺がお前を「要らない」と言ったら、お前は「わかりました」と言って受け入れるのだろう。それが……我慢ならない。

「セシル」

 俺の胸の上で泥のように眠る男を抱き寄せ、囁く。



「体や心だけでなく、魂もよこすんだ。全部、俺のものだ。誰にもやらない」



 たとえ公爵だろうと王だろうと、神であっても渡さない。
 セシルは俺の物だ。血も肉も、爪先から髪の毛の一本まで。本当ならば人の目に触れさせるのも我慢がならない。まして触るなど絶対に……。

「許せるはずがない」

 セシルを抱く腕に力を籠める。
 血の気の薄い唇から「う……」と短く声が漏れた。それもかまわず、俺ば腕の力を緩めない。もっと頑丈な鎖が必要だ。誰にも、本人にも外せない鎖が。

「媚薬づけにしてやるよ」

 下町の良くない奴らがうろつく店の暗がりで、薬の売主は忠告していた。
 媚薬は強力で、一度か二度ならまだしも繰り返し使えば抜け出せなくなる。それなしでは、夜を過ごせなくなる。与えた相手には逆らえず、一生奴隷のようになるのだと。
 後遺症で心を壊す可能性もあると言っていた。
 だが……。

「俺の元から去ろうなんてこと……考えることもできないようにしないと」

 お前が他人の物になるぐらいなら、壊してしまうからな。
 もちろん、俺は賢いから加減を間違えたりしない。大丈夫だ。絶対に逃げられない鎖をつけたなら、心も魂もじっくりと染めてやる。
 俺以外の誰も目に入らないように。

「セシル……セシル……」

 俺自身も媚薬を含んだせいで、こいつの体の中をかき回したい衝動が止まらない。
 眠るセシルを俺の上から降ろしてベッドに横たわらせる。短く声を漏らして、うっすらと瞼を開いた。その瞳の焦点は合っていない。

「よぉ、なに眠ってんだよ」
「……もー、がん……さま……」
「まだまだ可愛がってやるよ」

 肌にしゃぶりつき、痣になるほどきつく胸にキスの痕を残す。
 セシルの中に俺のものを押し入れて、今度はゆっくりとかき回してやる。さっき吐いた精が泡になってあふれ出し、セシルは喉をそらして声を上げる。

「は……あぁあ、あ……」
「ここが気持ちいいんだろ?」

 涙に濡れた瞳が、瞼に隠される。

「ひもち……いい、れす……もーがん、さま……ぁあ」

 可愛い。
 気持ちいいと繰り返し俺の名前を呼ぶ、そんなセシルが何よりも可愛いと、俺は笑いながら抱き続けた。
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