魔法師は騎士と運命を共にする翼となる

鳴海カイリ

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馬上の囁き

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 迎えの人も、第一騎士団の方だった。
 先ほどと同じように森で出会った経緯などを伝え、更に騎士たちを治癒した様子も誇らしげに報告する。再びお礼の言葉を言われて、私は丁寧に返礼を述べた。

 私にできることを、という心からの気持ちで申し出たのだけれど、だんだん話が大きくなっていくような気がする。国を護る騎士団に所属する魔法師なら、当たり前のことなのに……。

「セシル殿、どうぞ私の馬に」

 手を差し伸べられて、歩いて帰りますとは言えない状況で手を取る。
 軽く馬上まで引き上げられ、私はドキドキしながら鞍に掴まった。

「馬は苦手ですか?」
「え……いえ。ただ、あまり騎乗したことがないので、不慣れで」
「そう、苦手でないのでしたらよかった」

 そう言って、背中から胸の方へと腕を回す。
 温かい腕。
 何より強くたくましくて、ドキドキする。

「どうぞ力を抜いて。馬はとても賢いので、セシル殿を怖がらせるようなことはいたしません」
「は、はい……」
「私もこうして支えています。どうぞ、寄りかかってください」

 背中から耳元で囁かれ、胸の奥が痛いほどになる。
 首筋まで熱くなるようで私は小さく頷いた。

 誰かの胸に体のすべてを預けるようなことなど、生まれて初めてではないだろうか。

 モーガンと契約した後、乗馬の経験が無いと話した時は鼻で笑われた。戦場で足を引っ張るような真似をされては困ると、最低限の訓練を受けたが本当に最低限というもので未だに慣れない。
 もちろんこのように優しく、二人で騎乗したことなど無い。

 私は一度、深呼吸をした。

 モーガンは騎士になりたてのお方だ。
 対して、エヴァン様は幼いころから王都で暮らす公爵令息。騎士団の近くで学び、騎士の作法にもくわしいに違いない。二人を比べるような真似は、どちらに対しても失礼だ。
 そう思っても、エヴァン様のひとつひとつが私の心の奥をかき乱す。

 何もかも、初めてのことばかりで。

 涙を見られて、泣きながら抱きしめてほしい……などと、言ったことも。

「乗り心地は悪くありませんか?」

 ドキドキしながら前を向く私に、エヴァン様は耳元に唇を近づけて囁く。
 その声だけで体の芯が熱くなる。

「何も、むしろ……これほど安心して騎乗しているのは、初めてです」
「最大の賛辞ですね」

 大げさな言葉だと思ったのだろう。ふふ、と軽く笑いながら私を抱く腕に力をこめる。

「せっかく魔力を溜めたのに、また多く使わせてしまいました。このまま王都の神殿まで向かい、聖水で魔力を補充しなおしてください」
「いえ、そんな、とんでもありません」
「なぜです?」

 心から不思議そうに聞き返してくる。

「なぜ……って、神殿の聖水はその、とても……高価です」

 少なくともモーガンから受け取る生活費では賄えないほどに。

 騎士団では大きな討伐がある度に報奨金が支払われる。その中には武具の修理やアイテムの補充、失った魔力を回復するためのお金も含まれているはずだけれど、彼からその分を貰ったことは無い。
 受け取ったお金は、第一にモーガンの武具の補修費にあてられる。次に生活費になる。私の分は、生活費が残れば多少使うことができるという程度だから、とても神殿の聖水を求めることなどできない。

 今暮らしている部屋から寮に戻れば、多少融通もできたのだけれど……。

 騎士団に入団したての地方出身者たちは、団の寮を利用することもでる。そこであれば住居と食事に関しては負担がかからない。けれどそこに入寮して数ヶ月ほどで、モーガン様は私を連れて出てしまった。
 理由は飲みに行く酒場から遠いことと、好きな時に私を抱けないから。

 さすがに壁一枚隔てただけの団員達がいる場所で、喘ぎ声を出すわけにはいかない。

 今の部屋も隣に聞こえていない……ということは無いだろうけれど、近所付き合いがないこともあって特別苦情を言われたことは無い。

 黙ってしまった私を心配したのか、エヴァン様は囁きかけた。

「私がお誘い申し上げているのに、あなたに支払わせるようなことはさせません」
「でしたら、なおさら申し訳ないです」
「その程度のものは持っておりますよ。何より、魔法師の魔力補充は、騎士にとって何より優先するべきこと。何も心配なさらないでください」

 背中のエヴァン様の方へと振り仰ぐ。

「セシル殿の騎士も同じでしょう?」

 違います。
 そう言いそうになって言葉を飲み込む。
 今この場でそのようなことを言えば、騎士モーガンは何をしているのかと非難されてしまう。それは彼の栄誉のためにも、避けなければならない。
 何も言えずに前を向き俯いてしまった私に、並走していた騎士が声をかけた。

「エヴァン様、そのようなことを言っては魔法師が困ってしまいます」
「私は何か言ってはいけないことを?」

 問い返すエヴァン様に、同じように並走する騎士が馬上から答えた。

「第六騎士団は新人ばかりです。報奨金もまだ少ない。我ら第一騎士団ほど、潤沢に資金があるわけではありません」
「そうか……そうだったな……」

 こういうところはやはり、高位貴族というところか。
 エヴァン様は心から申し訳ないという声で、私に謝罪した。

「どうぞ、謝らないでください。聖水を使わずとも、ゆっくり休めば魔力は回復しますので」

 私の言葉にあまり納得していない様子ながら、エヴァン様は「そうですか」と答える。

「では、お住まいまで送らせてください。団の寮でよろしいか?」
「あ……いえ、寮は出ていますので」
「個人でお住まいをお持ちなのですね。ではそちらに」

 言われて私は困ってしまった。
 夜明けのこの時間、下手をしたら飲みに行ったモーガンの帰宅時間とかち合ってしまうかもしれない。第一騎士団の公爵様と同じ馬に乗って戻ったとなれば、後で何を聞かれるかわからない。

「あの、実はこの後……予定があったのです」
「どちらに?」

 思いつきの言葉にエヴァン様が聞き返す。

「その、魔法院に……調べものがありましたので」
「夜通し森にいて眠らずにお仕事ですか?」

 少し呆れたような声が返る。
 けれどそれは非難するというより、心配するような声音だった。

「魔法で多少の疲れを取ることはできるでしょうが、どうぞ無理はなさらないでください」
「はい……」
「叱ってはおりません。勤勉なお姿はご尊敬申し上げる。魔法院までお送りします」

 もう一度頷いて、私の胸は切なく傷んだ。
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