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朝の街と魔法院
しおりを挟む夜明けと共に第一騎士団の馬に乗って戻った私を、出る時に見送った城壁の門番たちは、驚きと共に安堵で迎えてくれた。
「いやほんと、ご無事でよかった」
「第一騎士団の方々とご一緒でしたら、何の心配もありませんでしたね」
「実は森で出会い、助けられたのは私たちの方なのです」
ここでもエヴァン様はまるで自分のことのように、誇らしげに私の魔法を話す。
私が治癒も得意とする魔法師だということは知られているが、第一騎士団の大怪我を治したのだと、やや……いやかなり大げさに盛った語りで、門番たちは驚きの声を上げた。
本当は、いうほど凄いことではないのに……。
「セシル様は上の団に移籍されてもいいのではないのですか?」
「いや、だとすると、片翼の騎士の実力も必要だしなぁ……」
「第六にいるのはもったいないですよ」
門番たちの言葉に騎士たちも頷いている。
話を聞きつけ集まっ町の人たちを見て、さすがに話が大きくなりだしたと思ったのか、騎士たちはそれぞれに神殿や王城、そして私を送るために魔法院へと解散した。
私を乗せたエヴァン様には、三人の騎士がそれぞれ馬と共に続いた。
朝の王都がこれほど清々しく、活気のあるものとは知らなかった。
毎日のように夜遅くまでモーガンに抱かれ、彼が飲みに出なかった日はそのまま陽が高くなるまでベッドから起きられないでいた。昨夜のように森の泉に出向いた時は夜明け前に戻るようにしていたから、朝陽を浴びた町の姿を知らない。
幸せな街の人たちの顔を見て、少し切ない気持ちになる。
私とはあまりに違う世界のように思えて。
それでも我が騎士団は、この人たちの平穏を守っているのだと思うと少し誇らしい。
ふと、エヴァン様の片翼の魔法師はどのような方なのだろうと思う。
公爵令息のパートナーなのだから実力は当然として、家柄もよく、きっとお人柄も素晴らしいに違いない。他の団の細かな人員まではまだ把握していないから、私は公爵様の片翼を存じ上げていない。
このように共に騎乗した者がいると知られたら、気分を害されるのではないだろうか。
それともこの程度のことはお許しいただけるほど、心も広い方なのだろうか……。
戸惑う私の心を察したかのように、エヴァン様が耳元で囁く。
「セシル殿、ごらんなさい。町の皆が私たちを歓迎している」
道行く人たちが、馬上の私たちに笑顔で手を振っていた。
「エヴァン様、魔物討伐のお帰りですね!」
「ご無事でよかった!」
「ありがとう」
「新しい魔法師を見つけなさったのですか?」
「第六騎士団のセシル殿だよ」
声をかける町の人たちに、エヴァン様が手を振り答える。
……こんなに目立つことになるとは。
やはり送っていただくのは丁重にお断りをすればよかった……。
今となっては遅いが、遠からずモーガンの耳にも届くだろうことを思うと、それまでに彼が不機嫌にならないような理由を考えておかなければ。
「少し疲れたでしょう」
魔法院の扉前まで送ってくださったエヴァン様は、私を馬から降ろしながら囁くように声をかけた。
確かに疲れはあったけれど、疲れよりもこうしたひとつひとつの優しい所作が私の心をかき乱して、平静を保つのが大変なだけだ。今、私の心の中がこんなにも落ち着かないでいると知ったら、エヴァン様はきっと笑うだろう。
何を感じていようと、ここで公爵様を心配させるわけにはいかない。私はできるだけ元気を振り絞って答えた。
「いいえ。エヴァン様の馬に乗せていただくなど、後にも先にもないことでしたので、少し興奮していただけです」
「後に無いなど仰らずに。セシル殿が馬に慣れてくださるのでしたら、またいつでもご一緒します」
「エヴァン様……」
「魔法師は馬に不慣れな方が多い。この私でよければいつでも……あ、でも」
横から苦笑いする仲間の騎士に腕を突かれ、エヴァン様も苦笑する。
「セシル殿の片翼の騎士にご許可をいただけるなら、ですが」
「ええ、そうですね」
彼は決して許さないだろう。
同じ第六騎士団の仲間であってもいい顔をしない。近づくのはもちろん、自分以外の者に魔力を使うなどもったいない、というのが彼の言葉だ。
彼と契約した私は、魔力を含めた私のすべてが「彼の物」なのだから。
もう一度身を正して、私はエヴァン様にお礼を伝える。
「ここまでご丁寧にしてくださり、ありがとうございます。あの……泉でのことは……」
「内緒にいたします」
その言葉に、私は恥ずかしさを隠しながら笑った。
いい大人の男がずぶ濡れで泣きながら、抱きしめて……など口にするなど、恥ずかしい以外のなにものでもない。一時の心の迷いなのだと、彼も軽く受け流してくれるのならありがたい。
エヴァン様は先行して国王陛下にご報告申し上げている騎士に合流するため、王城に向かわれた。
その後ろ姿を見送ると、騒ぎを聞きつけた魔法師たちが私を取り囲む。早朝にも関わらず人が多い。魔法院は深夜に執り行う術もあるため、昼夜を問わず人が居るものだけれど。
「セシル、どういうことだよ説明しろよ」
「第一騎士団、エヴァン・アシュクロフト公爵と騎乗なんて一体何があったんだ!?」
「いつ、あんなに親密になったんだよ」
下手なことを言って、また大げさな噂にされても困る。
たまたま討伐帰りの騎士団とお会いして、ご厚意で送ってくださったのだと答えても、魔法師たちの興味は終わらない。
困った……。
調べものがあるのは本当だけれど、自宅に直接帰らないための口実だったのだから急ぎではない。早めに切り上げて帰ろうとするところで、一人の魔法師が言った。
「誰もがエヴァン様のお目に適おうとしているのに、上手くやったな」
「お目に適う?」
適うも何も、本当に偶然出会ってここまで送ってくださっただけのこと。
もう二度とお近くで顔を合わせることなど無いだろう。
首を傾げる私に、一人が笑いながら言った。
「知らないふりなんてしなくていいんだぜ」
「公爵様の目に止めていただいたところで、何があるというのです? 団の移籍は、団長のご判断でなされるもの、エヴァン様は騎士団長ではなかったはず」
「なんだよ、本当に知らないのか?」
高位貴族のお気に入りになれば、何か得があるというのだろうか。
意味が分からないでいる私に、取り囲んでいた一人が「ああ、そうか」と納得した顔で頷いた。
「セシルは、田舎の出だったから知らないんだな」
「何を?」
「エヴァン様は現在、片翼を失っておられる」
思いがけない言葉に、私は声を失った。
「三年前の魔物討伐の時、パートナーの魔法師を亡くしたんだよ。それ以来ずっと、お独りだ」
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