【本編完結】異世界の結界術師はたいせつな人を守りたい

鳴海カイリ

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第5章 この腕に帰るまで

番外編 異世界・同級生、荒井慎介 2

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 それは高校受験も差し迫った、十一月のことだった。
 俺は親との約束通り、都内の有名私立高校を受験することになっていた。対して里来りくはぎりぎりまで、進学すかどうかすら決まっていないような状態だった。
 噂では、担任が熱心に進学を勧めているらしい。

 学費の問題があるのなら昼間働いて、定時制や通信もある。もう少し頑張れば、奨学金を受けることもできるかも知れない。自宅からの通学が難しかったなら、寮のある学校を選んでもいい。
 里来の成績は決して悪くは無かったから、頑張り次第ではいろいろな方法がある。
 けれど本人は、担任にすら遠慮している様子があった。
 進学の意思はあっても、誰の迷惑もかからないようにしたいと。

 物心ついた時から一人でなんでも対処してきた。
 彼は俺だけじゃなく、他の誰にも心を許していなかったのだと分かってたまらなくなった。ひどく腹立たしかった。

 自分一人じゃどうにもならない目に遭わせて、誰かに頼らせることを教えようか。
 力尽くで。俺と里来の体格差なら、組み伏せるのは簡単だ。
 夢の中で何度か里来を抱いた俺は、男だろうと抱ける自信ができていた。

 卒業まで残り四ヶ月ほど。
 俺のことを忘れさせないような、何かが欲しい。
 いっそ、どこかに閉じ込めて、全部奪ってやりたい。

 焦りは俺の判断を狂わせていった。

 その日、里来の教科書が入った鞄を取り上げて、陸橋から一部壁が崩れた廃ビルに投げ捨てた。誰も居ないのに明かりが見えるとか、人の話し声や獣の咆哮が聞こえると噂になっていたビルで、あまり人が近づかない場所だ。
 里来は鞄を投げ捨てられてその時は、息を飲んで見つめたが、結局……俺に対して声を荒らげるでもなく、冷めた視線で一人、鞄を拾いに行った。

 怒りをぶつけることすらしないのか……と。

 思う気持ちが、神経を逆なでる。

「荒井、どうすんのよ」

 日が傾き始めた空を見上げながら、一人が俺にきいてきた。
 受験勉強でストレスが溜まっていた取り巻きは、里来にちょっかいを出すことに面白がっていた。学校では派手なこともできないが、放課後の誰も居ない廃ビルの中なら、何が起っても止める者はいない。
 里来の性格なら、どんなことが起っても人に相談するとは思えない。

「俺、あいつをモノにしたいんだよね」
「マジかよ。男だぜ?」
「いいんだよ。ずっと、ヤってみたかったんだ」

 想像するだけで股間が疼く。
 無理やり襲ったなら泣いて許してというだろうか。無視してきて悪かったと、これからは何でも言うことを聞くと、そう懇願こんがんすると思うとたまらなくなった。
 何より、あの白い肌を撫で回したい欲望が、抑え切れなくなっていた。

「付き合う? リスクあるよ?」
「おもしろそうじゃん。やるやる」

 さほど深く考えることなく、数人の取り巻きは俺と共に廃ビルに入って里来の後を追った。できるだけ奥、泣いても叫んでも外には聞こえないような場所がいい。
 そう思いながら足を進めて、次第に興奮は違和感と変っていった。

 大きな古いビルだが広さはたかが知れている。
 それなのに……ビルに入って行った里来は、まるで神隠しのように忽然こつぜんと姿を消していた。



 
 翌日、里来は学校に来なかった。

 週末――俺は一人で廃ビルを探したがやはり痕跡は無い。自宅の場所も知っていたから、古い団地の部屋を訪ねたが帰ってきている様子もなかった。
 週が明けても登校は無く、担任は里来の行方で心当たりは無いかときいたが誰も知らない。母親にも連絡は取れなかったら、親子でどこかに行っているのかも知れないと話が出た。
 鞄を投げた時、共に行動していた取り巻きは、まるで何も無かったかのように過ごしている。

 俺は、里来がもう……この世にはいないんじゃないだろうか……という、気がして怖くなっていた。

 ツテや、SNSを使って探し始めた。
 里来に友達は居ない。孤立するように俺が仕向けたせいだ。誰も里来の行先を知らなかった。
 そんな中で、長く仕事の出張に出ていた十歳年上の姉が、里来の顔写真を映したタブレットを覗き込んで思いがけないことを口にした。

「この子、新しい取引先の人に似ている」

 見せてもらったパーティーの写真は小さかったが、確かに顔立ちがよく似ていた。とはいえ、姉が言った人は三十代の半ば。里来本人ではありえない。
 そう思って、ハタと思い出した。
 里来の父親は誰か分からない……と。

 俺はさっそく姉に頼み込んで、その人と会えるようにお願いした。
 もしかすると何か手がかりが見つかるかもしれない。
 そんなふうに動き出した矢先、里来が消えた廃ビルが倒壊したというニュースが流れた。




 崩れたビルから里来の鞄だけが発見された。
 死体は見つかっていない。行方も依然、分からないまま。
 暦は十二月になっていた。

 数日後、都内のホテルのロビーラウンジで姉の取引先の人と会うことができた。
 きっちりとした品のいいスーツに身を包んだ人は、里来をそのまま大人にしたような美しい顔立ちの人だった。
 その姿を見て、俺は膝から崩れ落ちて……泣いた。



 里来が好きだった。



 虐めたかったわけでも、孤独させたかったわけでもない。
 ただ俺のことを見て欲しかった。
 いつか俺を慕って、蕩けるような笑顔で好きだと言って欲しかった。

 俺はやり方を間違えた。
 自分の言いなりにしたかったのではなく、守りたかったんだ。
 女の子なら恋人にしたし、男でも里来が受け入れてくれるなら恋人にしたかった。自分にとって里来の性別など関係ないと思うぐらい――そのぐらい、里来が好きだったのだと気づいた。
 気づいた時には、全てが遅かった。
 この後悔は……一生、背負っていくことになるのだろう、と。




 面会したその人は「川端」の姓を聞いて顔色を変えた。
 更に事前に調べていた母親の名前を告げて頭を抱えた。その子はおそらく、自分の子で間違いないだろう……と。 

 十六年前。
 まだ学生の時分に恋をして、子供が出来た。けれどあまりに育って来た環境が違いすぎて、親は結婚を許さなかった。子供ができたと報告した次の日には、留学の名目で海外に出されてしまった。
 そして外国の地で、子供は死産だったと聞かされた。
 相手の女性――川端里奈はきっと自分を恨んでいるだろう。そう思うと連絡することも出来なかった。

 それから十五年。
 半年前に日本に帰国し、日々の忙しさに昔のことは記憶の隅に追いやられていた。せめて墓前に手を合わせたいと行方を探していれば、里来は父親と出会うことが出来たかもしれなかった……。




 里来を最後に見た廃ビルの跡地に向かい、曇天の下で一人立ちつくしていると、華奢きゃしゃな背格好の女の人が訪れた。
 酷く憔悴しょうすいした顔色に冷めた視線。
 今にも消えてしまいそうな儚い気配に、きっと里来の母親だろうと思った。

 俺が原因で里来を失った。
 自分がやったことは、一人の母親を不幸にしたんだ。
 そう思うと声を掛けることができず、俺は視線を反らして立ち去った。

 どこで何をしていてもいい……ただ、生きていて欲しいと願う。

 そして出来ることなら俺みたいなバカな奴じゃなくて、優しくて包容力のある人と出会って幸せになっていて欲しい。

 ただそれだけを願って、俺は大切な人を失った街を歩いていった。






――――――――――――――――――――――――――――
※予定外に番外編が長くなりました。次話はリク視点の本編に戻ります。
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