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第4章 たいせつな人を守りたい
136 都市の護りと緊急の報せ
しおりを挟む三夜目。
祭壇までヴァンを見送った俺たちは、この城の地下にあたる場所へと向かった。
都市の護りを全て魔法で動かしていると思っていたそこは、ヴァンの店で見たような歯車の機械を巨大にしたような物が、そこかしこに配置された不思議な場所だ。
「これ、全部機械仕掛け……なのか?」
「そうだね。このような仕掛けがこのヘイストン全域に張り巡らされている」
撥条や歯車の隙間から湧き出る小鬼……ゴブリンみたいな魔物を排除しながら、俺は半歩前を行くクリフォードに聞いた。
魔法は基本的に、体内にある魔力を使って発動させる。
けれどそれだと――ヴァンみたいな大魔法師は別として、安定した力が使えなかったり、自分の性質に合わない魔法は上手く使えない。俺の場合で言うなら、魅了以外の光や浄化、風魔法がそれだ。
それらを補うのが、個々に性質の違う魔法石や呪文だったりする。
「歯車の部分に魔法文字が刻まれているだろう? これを回転させたり配置を変えることで、魔法師や強力な魔法石が無くても発動できる、独立した都市の防衛機能だよ」
「魔法師や石が無くても、動く?」
「そう、魔法は使いすぎれば術者の負担になるし、石だって使用の限度を越えれば砕ける。だからそれとは違う力で動く魔法を構築したのが、ハロルド叔父様だよ」
ヴァンの二番目のお兄さん。お披露目会で、気さくに話し掛けて来た人だ。
電気や蒸気を元に動く俺の元の世界の機械とは全く仕組みが違って、正直どうして動いているのか理解できない。けれどそれを作り上げ一つの都市の防衛を担うなんて、ヴァンのお兄さんは天才なんじゃないだろうか。
「……まあ、そんなわけで、基本的に魔法師や魔法石を元に発動させるものとは、基となる部分が違うからね、こんな小鬼なんて、本来湧いてこないものなんだけれどね」
魔物を排除しながら注意深く辺りを探る。
俺たちの周囲には、ルーファス王子と従騎士たちや魔法師、俺のそばにはザックとマークが護衛についている。不意をついて現れる魔物に魅了で行動を封じて、剣や魔法で倒していく、を繰り返しながら、俺たちは調査を続けていた。
「やはりこれだな」
ルーファス王子が呟きながら、歯車の隙間に埋め込まれていた小さな魔法石を取り出した。途端に動きの鈍くなっていた歯車が動きだす。
王子は苛立ちを隠さずに、手にした魔法石を砕いて砂にした。
「異物の挿入と、刻まれた魔法文字を消したり書き加えたり。……一つ一つが小さなものだが、これが都市全体に及んでいるとなるとまともに動かなくなって当然だ」
「意図的な妨害ですね」
「それも知識のある者のしわざだ。この工作は……一日や二日でできるものではない」
「数年にわたって仕込んでいたということですね」
王子の言葉にクリフォードが答える。
敵国のスパイか何か、とにかくこの国に害を与えようとする者が入り込んで、見えないところで都市の護りを蝕んでいっていた……ということだ。
「ヴァン……大丈夫かな……」
思わず呟いた俺に、王子が苦笑しながら声をかける。
「国の宝である大魔法師には、もっと厳重な護りをつけているから心配するな。いざとなればナジームも動く」
そうだった。ルーファス王子の腹心でもある近衛騎士ナジームさんが、ヴァンと共に術に携わっている。ヴァンの態度や口ぶりからして、信頼している人の一人だというのは俺も感じていた。
「そばで、アーヴァインを見守りたいだろう」
ふ、と口元をほころばせて王子が俺にたずねる。
権力を持った王子様って、わがままで高圧的……という印象があったのにルーファス王子は違う。ちょっと気が強い感じはクリフォードにも似ているが、周囲の者たちに気遣う心を持っている。
確か、王位継承権は第二となる人だと聞いている。第一の人がどんな人かは知らないけれど、彼が王になったなら圧政を強いたりはしないんじゃないかな……。
ちらりと姿を見せた小鬼の行動を封じ、とどめを刺す、繰り返しながら俺は王子に答える。
「大丈夫です。俺もこの国のために、できることをやりたいから」
元の世界ではそんなこと、一度だって考えたこと無かった。
俺は異世界で生まれてこの国に迷い込んで来た者だけれど、今は、この国の一人として生きていきたい。
この二年半の間に、たくさん……優しくしてもらって、大切にされてきたから。
「そうか。嬉しいな」
頷くルーファス王子の向こうから、別のグループが姿を見せた。
あちこちで手分けして対処にあたっているのだろう。その中に、先日会った、チャールズの姿もあった。
「リク様もこちらの対処に駆り出されたのですか?」
「黙って座って見学しているだけ、なんてできなくてさ」
そう笑いながら言うと、チャールズもふわりと笑い返した。
「リク様は、そこにいるだけで周囲に大きな影響を与えるのですから。見学しているだけ……なんてありません」
儚げな笑顔は、自分の力の無さを責めているんだろうか。
少し前の俺もそうだった。自分に何ができるのか分からなくて、いつも焦っていたように思う。
「チャールズ……」
「あ、すみません。あの……また、今度、本当に……ゆっくりお話できたらと思います。僕、リク様のようなお人になりたいので、どんな鍛錬を積んできたのか、教えて頂けますか?」
「うん、この再構築が終わったら」
そう短く言葉を交わして別れる。
それからも俺はルーファス王子やクリフォードと共に魔物や機械の不具合の対処をして、明け方、ヴァンの元に戻った。
俺の顔を見て、あからさまにほっとした表情を向ける。
本当に心配してくれているんだな……と思うと同時に、絶対無理はしないでおこうと改めて思った。俺の本来の勤めは、ヴァンが万全の状態で術に挑めるようフォローすることなのだから。
――そう思っていた、三夜目を終えた朝、緊急の報せが入った。
「エミリアが……倒れたと?」
ジャスパーの、まだ二歳にもならない娘が病にかかったとの報せだった。
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