【本編完結】異世界の結界術師はたいせつな人を守りたい

鳴海カイリ

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第3章 成人の儀

番外編 それは大切な宝物だから 2

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 正直俺は、混乱した。
 マークの驚きも似たようなものだろう。いつもは饒舌じょうぜつな弟が無言になったぐらいだから。

「カワバタ様」
「あ、いや、リクと呼んで下さい」

 丁寧な口調で、照れくさそうに笑う。
 その屈託無い笑みは、心に何もやましいものを抱えていない、純粋な子供のそれだった。

 護身術を習うと聞いていたから、俺たちと似たような年齢だと思っていたのだが、一体幾つなのだろう。パッと見は十二か十三……もしかするとギリギリ、マークと同じ十四歳だろうか。
 後に俺と同じ十六歳と聞いた時は驚いた。

 この国では珍しい、黒曜石オブシディアンを思わせる黒い瞳と髪。
 色白の肌は月明かりのように輝き、唇は花の蕾のようで、優しく触れる指先の爪は薄紅の貝のように愛らしい。
 小さなことにもお礼を言い、気遣いや厚意はどう受け取っていいのか戸惑うように微笑む。
 肩を小さくさせて瞼を伏せる。瞳に落ちた睫毛の影が、喜びをかみしめるように揺れる。心を開いているようで、すっと距離を取る。

 人に迷惑をかてはいけないと、遠慮する仕草がもどかしい。

 とにかく、とても笑顔の素敵な人だ。
 ぱっちりとした瞳を、時に気遣うように細める。押し付けるような話し方も無い。むしろ俺たちの話を聞こうと親し気にたずねてくれる。

 兄弟なの?
 いつから剣を習っているの? その剣は本物なんだよね? すごいなぁ。
 ゲイブ――ギャレット様の所で働いているということは、魔物も倒したことある?

 キラキラした瞳は、剣を扱い、護衛という仕事につく俺たちを尊敬しているようにも見えた。正直、こんな貴族は見たこと無い。
 きけばリク様は貴族の生まれではなく、異世界から迷い込んだ異世界人だという。

 そういえば……ギルド内でそんな噂を聞いたことがあった。
 半年ほど前、やはり流れの冒険者が異世界人をさらって、アーヴァイン様を激怒させたという。その時はギャレット様もそうとう怒っていて、以来、素行の悪い冒険者への引き締めがあったぐらいだ。
 その時の異世界人が、リク様だった。
 そうとう……怖い思いもしただろう。なのに怒りをぶつけるより、自分が迂闊うかつだったのだと自らを責めるような人だった。

 リク様は元の世界で苦労して育っていたらしい。
 親はいたが愛情は薄く、線の細い身体は食事もまともに与えられていなかったせいだと、後に知った。
 親に捨てられながらもギャレット様やギルドの仲間たちから、愛情いっぱい育てられた俺たちとは違う。
 
 我が儘な貴族じゃない。
 それだけで驚きだった。
 同時に、この折れそうな心と身体を必死に支えて生きようとしているリク様を、心から大切にしなければと思うようになっていた。

「リク様、調子が悪いんですか?」

 弟マークも気づいたのか、そんなふうに声を掛けることもあった。
 ちょうどアーヴァイン様が大結界再構築のお勤めに出られ、リク様が一人で留守をしていた頃だ。目元を赤くして、夜、一人で泣いていたんだろうな……というのはすぐに知れた。
 本人は魔法の練習で夜更かししたせいだと言っていたが、お寂しいのだろう。

「魔法は無理に使うと酔うと聞きます。あまり根を詰め無い方がいいですよ」
「無理はしないよ。ほら、自己目標って感じ」

 ……無理に笑わないでください。
 そんなに寂しいのなら、俺たちを呼んで下さい。
 一晩中でも話をして、笑い合って、不安な思いなどさせないのに……。
 喉まで出かかった言葉を飲み込んだ。

 俺はあくまで護衛であり従者だ。

 余計な手を出してはいけない。

 それにギャレット様も、リク様の様子が気になっているようだった。
 それとなくきいてきた言葉に、俺は正直に答えた。

「自覚をしているかどうか分かりませんが、かなり精神的に参ってると思いますよ。今日も時々上の空で目元も赤かったし。その……アーヴァイン様はいつお戻りになるのですか?」
「予定では半月以上先。まだまだね」
「夜もギルドの宿舎に泊める、ということはできないんですか?」

 少しでも長く側で見守っていたい。
 せめてアーヴァイン様がお戻りなるまで……それまで、朝も昼も夜も、寂しさで笑顔を曇らせないように……。

 そう思う俺の前で、ギャレット様は小さくため息をついた。

「いろいろ厄介なのよ」
「厄介?」
「あの子の魔力の性質。人も動物も魔物も惹きつけるところがあってね、特に夜は力が強くなる。下手に男どもの多い宿舎に泊めたりしたら、何が起こるか……」

 それは……。

「魅了系ですか?」
「他言は」
「しません。絶対に」

 背筋を伸ばして断言した。
 魅了の魔法。人の心を虜にして、意のままに従わせるという。


 まさか、俺の……リク様に抱く思いは、魅了の影響を受けていたのだろうか……。


 一瞬、ぐらり、と足元が揺らいだ気がした。
 ダメだ……こんな動揺をリク様に悟らせるわけにはいかない。俺が警戒したなら、リク様はきっと俺を気遣って離れようとする。護衛を解任すると言い出すかもしれない。
 それは嫌だと感じていた。
 リク様をお護りする立場を手放したくない。

 そう願う俺の感情は、ただの護衛から逸脱いつだつしているような気がしていた。

 一人の人として、特別に想い始めている。
 その感情に心当たりはあったが、あえて考えないようにした。絶対に口にしてはならない想いだと、気づいてもいたから……。


 そんなある日、あの忌々いまいましい貴族崩れが、俺たちとリク様の前に現れた。





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