118 / 202
第3章 成人の儀
番外編 それは大切な宝物だから 2
しおりを挟む正直俺は、混乱した。
マークの驚きも似たようなものだろう。いつもは饒舌な弟が無言になったぐらいだから。
「カワバタ様」
「あ、いや、リクと呼んで下さい」
丁寧な口調で、照れくさそうに笑う。
その屈託無い笑みは、心に何もやましいものを抱えていない、純粋な子供のそれだった。
護身術を習うと聞いていたから、俺たちと似たような年齢だと思っていたのだが、一体幾つなのだろう。パッと見は十二か十三……もしかするとギリギリ、マークと同じ十四歳だろうか。
後に俺と同じ十六歳と聞いた時は驚いた。
この国では珍しい、黒曜石を思わせる黒い瞳と髪。
色白の肌は月明かりのように輝き、唇は花の蕾のようで、優しく触れる指先の爪は薄紅の貝のように愛らしい。
小さなことにもお礼を言い、気遣いや厚意はどう受け取っていいのか戸惑うように微笑む。
肩を小さくさせて瞼を伏せる。瞳に落ちた睫毛の影が、喜びをかみしめるように揺れる。心を開いているようで、すっと距離を取る。
人に迷惑をかてはいけないと、遠慮する仕草がもどかしい。
とにかく、とても笑顔の素敵な人だ。
ぱっちりとした瞳を、時に気遣うように細める。押し付けるような話し方も無い。むしろ俺たちの話を聞こうと親し気にたずねてくれる。
兄弟なの?
いつから剣を習っているの? その剣は本物なんだよね? すごいなぁ。
ゲイブ――ギャレット様の所で働いているということは、魔物も倒したことある?
キラキラした瞳は、剣を扱い、護衛という仕事につく俺たちを尊敬しているようにも見えた。正直、こんな貴族は見たこと無い。
きけばリク様は貴族の生まれではなく、異世界から迷い込んだ異世界人だという。
そういえば……ギルド内でそんな噂を聞いたことがあった。
半年ほど前、やはり流れの冒険者が異世界人をさらって、アーヴァイン様を激怒させたという。その時はギャレット様もそうとう怒っていて、以来、素行の悪い冒険者への引き締めがあったぐらいだ。
その時の異世界人が、リク様だった。
そうとう……怖い思いもしただろう。なのに怒りをぶつけるより、自分が迂闊だったのだと自らを責めるような人だった。
リク様は元の世界で苦労して育っていたらしい。
親はいたが愛情は薄く、線の細い身体は食事もまともに与えられていなかったせいだと、後に知った。
親に捨てられながらもギャレット様やギルドの仲間たちから、愛情いっぱい育てられた俺たちとは違う。
我が儘な貴族じゃない。
それだけで驚きだった。
同時に、この折れそうな心と身体を必死に支えて生きようとしているリク様を、心から大切にしなければと思うようになっていた。
「リク様、調子が悪いんですか?」
弟マークも気づいたのか、そんなふうに声を掛けることもあった。
ちょうどアーヴァイン様が大結界再構築のお勤めに出られ、リク様が一人で留守をしていた頃だ。目元を赤くして、夜、一人で泣いていたんだろうな……というのはすぐに知れた。
本人は魔法の練習で夜更かししたせいだと言っていたが、お寂しいのだろう。
「魔法は無理に使うと酔うと聞きます。あまり根を詰め無い方がいいですよ」
「無理はしないよ。ほら、自己目標って感じ」
……無理に笑わないでください。
そんなに寂しいのなら、俺たちを呼んで下さい。
一晩中でも話をして、笑い合って、不安な思いなどさせないのに……。
喉まで出かかった言葉を飲み込んだ。
俺はあくまで護衛であり従者だ。
余計な手を出してはいけない。
それにギャレット様も、リク様の様子が気になっているようだった。
それとなくきいてきた言葉に、俺は正直に答えた。
「自覚をしているかどうか分かりませんが、かなり精神的に参ってると思いますよ。今日も時々上の空で目元も赤かったし。その……アーヴァイン様はいつお戻りになるのですか?」
「予定では半月以上先。まだまだね」
「夜もギルドの宿舎に泊める、ということはできないんですか?」
少しでも長く側で見守っていたい。
せめてアーヴァイン様がお戻りなるまで……それまで、朝も昼も夜も、寂しさで笑顔を曇らせないように……。
そう思う俺の前で、ギャレット様は小さくため息をついた。
「いろいろ厄介なのよ」
「厄介?」
「あの子の魔力の性質。人も動物も魔物も惹きつけるところがあってね、特に夜は力が強くなる。下手に男どもの多い宿舎に泊めたりしたら、何が起こるか……」
それは……。
「魅了系ですか?」
「他言は」
「しません。絶対に」
背筋を伸ばして断言した。
魅了の魔法。人の心を虜にして、意のままに従わせるという。
まさか、俺の……リク様に抱く思いは、魅了の影響を受けていたのだろうか……。
一瞬、ぐらり、と足元が揺らいだ気がした。
ダメだ……こんな動揺をリク様に悟らせるわけにはいかない。俺が警戒したなら、リク様はきっと俺を気遣って離れようとする。護衛を解任すると言い出すかもしれない。
それは嫌だと感じていた。
リク様をお護りする立場を手放したくない。
そう願う俺の感情は、ただの護衛から逸脱しているような気がしていた。
一人の人として、特別に想い始めている。
その感情に心当たりはあったが、あえて考えないようにした。絶対に口にしてはならない想いだと、気づいてもいたから……。
そんなある日、あの忌々しい貴族崩れが、俺たちとリク様の前に現れた。
20
あなたにおすすめの小説
溺愛の加速が尋常じゃない!?~味方作りに全振りしたら執着兄上たちの愛が重すぎました~
液体猫(299)
BL
毎日AM2時10分投稿
【《血の繋がりは"絶対"ではない。》この言葉を胸に、末っ子クリスは過保護な兄たちに溺愛されながら、大好きな四男と幸せに暮らす】
アルバディア王国の第五皇子クリスが目を覚ましたとき、九年前へと戻っていた。
巻き戻す前の世界とは異なるけれど同じ場所で、クリスは生き残るために知恵を振り絞る。
かわいい末っ子が過剰なまでにかわいがられて溺愛されていく──
やり直しもほどほどに。罪を着せた者への復讐はついで。そんな軽い気持ちで始まった新たな人生はコミカル&シリアス。だけどほのぼのとしたハッピーエンド確定物語。
主人公は後に18歳へと成長します(*・ω・)*_ _)ペコリ
⚠️濡れ場のサブタイトルに*のマークがついてます。冒頭のみ重い展開あり。それ以降はコミカルでほのぼの✌
⚠️本格的な塗れ場シーンは三章(18歳になって)からとなります。
⚠️若干の謎解き要素を含んでいますが、オマケ程度です!
公爵家の末っ子に転生しました〜出来損ないなので潔く退場しようとしたらうっかり溺愛されてしまった件について〜
上総啓
BL
公爵家の末っ子に転生したシルビオ。
体が弱く生まれて早々ぶっ倒れ、家族は見事に過保護ルートへと突き進んでしまった。
両親はめちゃくちゃ溺愛してくるし、超強い兄様はブラコンに育ち弟絶対守るマンに……。
せっかくファンタジーの世界に転生したんだから魔法も使えたり?と思ったら、我が家に代々伝わる上位氷魔法が俺にだけ使えない?
しかも俺に使える魔法は氷魔法じゃなく『神聖魔法』?というか『神聖魔法』を操れるのは神に選ばれた愛し子だけ……?
どうせ余命幾ばくもない出来損ないなら仕方ない、お荷物の僕はさっさと今世からも退場しよう……と思ってたのに?
偶然騎士たちを神聖魔法で救って、何故か天使と呼ばれて崇められたり。終いには帝国最強の狂血皇子に溺愛されて囲われちゃったり……いやいやちょっと待て。魔王様、主神様、まさかアンタらも?
……ってあれ、なんかめちゃくちゃ囲われてない??
―――
病弱ならどうせすぐ死ぬかー。ならちょっとばかし遊んでもいいよね?と自由にやってたら無駄に最強な奴らに溺愛されちゃってた受けの話。
※別名義で連載していた作品になります。
(名義を統合しこちらに移動することになりました)
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
《本編 完結 続編 完結》29歳、異世界人になっていました。日本に帰りたいのに、年下の英雄公爵に溺愛されています。
かざみはら まなか
BL
24歳の英雄公爵✕29歳の日本に帰りたい異世界転移した青年
愛していた王に捨てられて愛人になった少年は騎士に娶られる
彩月野生
BL
湖に落ちた十六歳の少年文斗は異世界にやって来てしまった。
国王と愛し合うようになった筈なのに、王は突然妃を迎え、文斗は愛人として扱われるようになり、さらには騎士と結婚して子供を産めと強要されてしまう。
王を愛する気持ちを捨てられないまま、文斗は騎士との結婚生活を送るのだが、騎士への感情の変化に戸惑うようになる。
(誤字脱字報告は不要)
【完結】気が付いたらマッチョなblゲーの主人公になっていた件
白井のわ
BL
雄っぱいが大好きな俺は、気が付いたら大好きなblゲーの主人公になっていた。
最初から好感度MAXのマッチョな攻略対象達に迫られて正直心臓がもちそうもない。
いつも俺を第一に考えてくれる幼なじみ、優しいイケオジの先生、憧れの先輩、皆とのイチャイチャハーレムエンドを目指す俺の学園生活が今始まる。
あなたの隣で初めての恋を知る
彩矢
BL
5歳のときバス事故で両親を失った四季。足に大怪我を負い車椅子での生活を余儀なくされる。しらさぎが丘養護施設で育ち、高校卒業後、施設を出て一人暮らしをはじめる。
その日暮らしの苦しい生活でも決して明るさを失わない四季。
そんなある日、突然の雷雨に身の危険を感じ、雨宿りするためにあるマンションの駐車場に避難する四季。そこで、運命の出会いをすることに。
一回りも年上の彼に一目惚れされ溺愛される四季。
初めての恋に戸惑いつつも四季は、やがて彼を愛するようになる。
表紙絵は絵師のkaworineさんに描いていただきました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる