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第3章 成人の儀
番外編 それは大切な宝物だから 1
しおりを挟む俺、ザック・ジョーンズはこの日、リク様をお護りできる身であることを、改めて感謝した。
美しく成長した、アーヴァイン・ヘンリー・ホール様の寵児にして最愛の恋人は、心無いものが触れていいお人ではない。
世界に二つとない、貴石。夜の星々より美しい人。
その美しいリク様が、俺に屈託のない笑顔を向けた。
「久しぶりだ。元気だった? あぁ……なんかすごい似合っているじゃないか。今回のお披露目会に合わせて、着て来てくれたのか?」
新調してもらった護衛用の礼服を見て、リク様が嬉しそうに瞳を細める。
街の人たちと祝った成人の儀から、ほぼ半月ぶりです。
そう答えようとした言葉は声にならなかった。眩しくて、美しすぎて……本当に、俺の手の届かない高みへと上られた。その切なさに、胸が……焦げる。
――二年前のあの日、俺はこの目の前の人にこんな想いを抱くようになるとは、想像できなかったのだと。
◇◇◇
その日、ギルドに併設された訓練場の控室で、俺たち兄弟は午後の模擬戦の準備をしていた。
いつものように確認のため鞘から剣を抜くと、やはり……とため息がつくほどに、歯は潰されている。たいていは携帯している護身用の剣を、その日は午前の訓練の関係で控室に置いていたせいだ。
「おい、ネズミ君、どうしたんだ?」
視線を流せば、最近王都から流れて来たという冒険者が、口元を歪めて嗤っていた。
俺と背格好は大きく変わらない、二十歳を過ぎの、どこぞの男爵か子爵の末子だという。
貴族であり、更に家督を継ぐことの無い末の子供は特別の才能がないかぎり、分家することなく高位貴族の従者となる。女性であれば嫁ぐこともできるが、養子にもなれない男は妾として囲われると聞く。
俺たちにちょっかいをかけるこの男は、従者にも養子にもなれず、まして妾としての従順さも無いあぶれ者として冒険者になったのだろう。
本人は望んで冒険の道に出た、と嘯いていたが。
「そんな剣で戦おうっていうのか? 自分の武具の手入れを怠るとか、剣を持つ者としての自覚が足りないんじゃないのかなぁ……」
取り巻きの者たちがゲラゲラ笑っている。
親に付けられたか貴族の地位を持つ従者らしいが、どう見ても街のごろつきと変わらない。怒りに鼻息を荒くする弟のマークを制して、俺は目を眇めた。
「本当に、大切な剣にこのようなことをする者は、剣を持つ者としての自覚が足りないのでしょう」
「んん? 何だ、その口の利き方は」
「魔法も使えないってことは、卑しい彫紋付きだろう?」
昔、罪を犯した者は、身体に魔法の紋を刻み封じの石を埋められ、魔法が使えないようにしてから荒野に放したという。その子も魔法が使えず、故に魔力のない者は犯罪者かその子である、という言い伝えがあった。
実際には完全な体質の問題で、魔法を封じられた者の子も魔法が使えない、ということではないらしい。
それでも田舎や貴族の間では、そう言って魔力の無い者たちを蔑む風習があった。
俺たち兄弟の親も、その言い伝えを信じたのだろう。もしくは信じた者たちに責められたのかもしれない。
秋の終わりの小雨の日に、俺たちはギルド前に置き捨てられていた。
俺は物心つく前で、弟のマークはまだ赤ん坊だった。だから俺は、親の顔も名前も知らない。
この街の冒険者ギルドのマスターである、ガブリエル・ジョー・ギャレット様と仲間の冒険者たちに、俺たち兄弟は育てられた。ジョーンズの名前はギャレット様から貰ったものだ。
だから……身分なんて、無い。
「マーク、相手にするだけ無駄だ」
俺は無視するようにして貴族崩れの横を通り過ぎる。
一人が俺の腕を掴んで、黄ばんだ歯をむき出しにした。
「魔力も無いゴミ虫は出ていけよ。お前らに仕事なんかない。さっさと野垂死ね」
目障りなんだよ。
そう言って笑う者たちの後ろから、明るい声が響いた。
「はぁぃ。楽し気な声が聞こえたけれど何かしら、あたしも仲間に入れてもらえる?」
にこやかに微笑みながら声をかけてきたのは、そこらの冒険者より体格も実力も数段上のギルマス、ギャレット様だった。貴族崩れたちが不機嫌な顔で退散していったのは、言うまでもない。
この日、俺たちに新たな仕事が与えられた。
アールネスト王国の三大魔法使いと謳われる、アーヴァイン・ヘンリー・ホール侯爵が保護した子供の護衛だった。
「どうして俺たちみたいな身分の者が高位貴族の子息の護衛に? もっと能力のある、家柄もいい人達がいるでしょう?」
「ふふ、リクはヴァンの息子じゃないわ。けど、よっぽど大切なのでしょうね、珍しくあの子が直々に紹介してって言ってきたのよ。そしてあたしは、あなた達が適任だと判断した」
俺たちの実力を買ってくれたのだろうか。
思わずマークと顔を見合わせた。
ギャレット様はヴァン――アーヴァイン様が子供の頃から交流があるらしく、卿がこの街で暮らすことになったのもギャレット様の影響だという。大きなお屋敷ではなく、下町の片隅に魔法石の店を持ち、庶民と変わらない暮らしをしている変わり者だ。
けど、貴族には違いない。
正直……いい印象は持っていない。
貴族と言えば我が儘放題で、人を顎で使い走らせる。それこそ身分のない者は奴隷とでも思っているんじゃないだろうか。
アーヴァイン様は街の人たちに慕われていると聞くが、誰にでも表と裏の顔はある。従者への扱いは違うだろうし、その被保護者も似たようなものだろう。
気まぐれに俺たちを振り回して遊ぶつもりかもしれない。
護りはするが、それ以外の命令はてきとうに流せばいいか。
どちらにしろ育ての親でもあるギャレット様の命ならば、俺たちは断ることができないのだから。
「分かりました。その仕事お引き受けします」
「俺も誠心誠意、勤めます」
俺と同じことを考えていたのだろう、弟のマークも微妙な笑顔で答えた。
何故かギャレット様は楽しそうに笑って俺たちを送り出す。その笑顔の意味を、俺たちは直ぐに知ることになった。
数日後。
ギルドの訓練場で護身術を習うことになったリク様を迎えに上がり、初めて顔を合わせた。
「リク・カワバタと言います。どうぞよろしく」
ふわりと、柔らかく微笑む。
とろけるほどに優しい第一印象は、少女のように小さくて愛らしい少年の笑顔……だった。
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