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第3章 成人の儀
92 整いましてございます
しおりを挟む初夏の穏やかな朝。
ついに……ヴァンのご実家でのお披露目の日が来てしまった。
そして俺は目が覚めた時から緊張しまくっていて、美味しいはずのパンもあまり喉を通らない。
ヴァンは「ただ笑って立っていればいいだけだから、大したこと無いよ」とは言うけれど、緊張、するよ?
だって、ヴァンのご両親会うんだろ?
お兄さんたちも来るって聞いてるし。甥っ子のクリフォードもいると思う。あいつは……何度か会って顔見知りではあるし、軽口ぐらいは言い合うぐらいの関係になってきているから、少しはマシだけど。
ヴァンのお父さんとお母さん……怖い人、かな。
ヴァンは喧嘩して勘当されているから、実家では肩身が狭い……って以前言ってた。それなのに俺を正式に紹介する、ということは……それだけの覚悟と決意があるわけで。
もし……俺に会って「大事な息子はやれん!」とか言われたらどうしよう。「息子を誘惑したワルガキ」とか「相応しくない」とか。
まだまだ未熟だし恥ずかしいとこいっぱいやっているから、言い訳ができない。
やっぱり……やめた方がいいんじゃ……。
「リク?」
「ひえっ!」
ヴァンに呼ばれて、いきなり変な声が出た。
「緊張しているのかな」
「え……う……あ、うん」
「会は夕方からだから、今からそんなに緊張していては身体がもたないよ」
「そう……だよね」
もう出かける寸前、というところで怖気はじめた俺は引きつった顔で返す。
おそらく今夜は泊まることになるだろうと、聞いたのもついさっき。それはいいけど、どうしよう……。
ヴァンと別々の部屋で寝れるかな。
一緒の部屋だったとしたら、寝かせてもらえるかな。
あ……いや、実家でさすがにそれは無いか。
「リク様、旦那様のお父上、ホール侯爵御当主様は、とても広いお心をお持ちです。案ずることはございませんよ」
留守を預かることになっている、通いの家政婦ローサさんが、にっこり微笑んで言う。
俺が成人して、今までは「リクお坊ちゃま」と呼ばれていたのが、「リク様」に変った。それはとても嬉しかったのだけれど、今の一言は安心情報にならない。その広いお心のお父様を、ヴァンは怒らせているわけで。
「堂々としていればいいんだ」
「うん……」
頷く。ヴァンは仕方がないな、とい顔で笑って俺の頭を撫でた。
外の音に気づいたローサさんが声をかける。呼んでいた馬車が到着したみたいだ。
「行こうか」
手荷物は無い。
ローサさんに見送られて外に出ると、馴染みの御者が帽子を取って頭を下げた。
「おはようございます。アーヴァイン様、リク様」
「おはようございます」
せめて挨拶は元気に。初めて見た時から変わらない、馬車を軽々と引いて行く大きな身体のラズは、ふんすふんすと鼻を鳴らして顔を向けた。
黒い大きな瞳が可愛い馬。俺はいつものようにラズの鼻先を撫でて挨拶すると、満足げに「ぶふふっ」と鳴いた。
「ラズもご機嫌だね」
「こら、あまり鼻をつけて、リク様の御召し物を汚してはならんぞ」
「はははっ……大丈夫です」
甘えるラズに笑い返してから、差し出されるヴァンの手を取り馬車に乗った。
一頭立て二輪のいつもの馬車に驚くことも無くなった。俺は走り出した馬車の席に深く腰を下ろして、隣に座るヴァンにたずねる。
「これからジャスパーのところに行くんだよね」
俺の今の服装は……外出着ではあるけれど普段もよく着る物。先日オーダーした王子様コスチュームじゃない。
「そう。そこでお披露目の衣装に着替えて、向かうことになる」
「俺たちの家では、着替えられないの?」
「着るだけならできるけれど、準備はそれだけではないし。ここは専門の人たちに任せた方がいいよ。馬車も、この道じゃ通れないしね」
え……っと。
他の準備って何? 馬車が通れないってどういうことだ?
首を傾げる俺を見て、ヴァンは「直ぐ分かるよ」と笑って答えた。
驚かせようという気持ちもあるのだろうな。そう思う俺はちんまりと座り直す。あぁあ……やっぱり、緊張する。
なんて思っていたせいか、やけに長く馬車に揺られてジャスパーの屋敷に到着した。
馬の音を聞きつけ、ドアをノックする前に使用人たちが出てくる。もちろん、御当主のジャスパー本人も。俺の顔を見て、ひとつ、呼吸の間を置いてから笑った。
「おはよう。リク、久々に顔を見たな」
「おはよ」
「何だよ。ははは、やっぱり緊張してるなぁ」
笑うジャスパーに、俺は苦笑いで答える。
ヴァンは俺の背を軽く押しながらジャスパーに声をかけた。
「直ぐに支度ではなく、お茶をしてからの方がいいだろう」
「用意しているよ。程よくリラックスできるものをね」
ジャスパーが答えて応接室に案内する。
パタパタとすれ違う使用人たち。いつもより行き交う人の数が多いような気がする。今日は診療所、休みのはずだけれど急患でも入ったのだろうか。
いや、急患ならジャスパーがのんびりしていないか。
不思議に思う俺に気づいてか、口の端を上げながら言った。
「慌ただしいだろ?」
「何かあったの?」
「うん実は、お披露目会に出る子の支度があってね」
「それって、俺のこと?」
ニヤリ、と笑う。
わぁぁ……何かいろいろ、たくらんでいそう。という予感は外れるわけもなく、一休みしてからさっそく準備に入った。そこからはもう……怒涛のごとく、で。
別室で支度を進めているヴァンを気にする余裕も無い。
髪のカットとセットに、爪を磨かれながら薄く化粧? も、している? 専門の人ってそういうことだったのかな。
にっこりと、「お肌、とても綺麗でいらっしゃいます」と褒めるのは、日ごろヴァンが俺のあれこれに手を出すからで。うん、この世界に来たばかりの頃は肌も髪もがさがさで、よくヴァンに手入れしてもらっていた。
ゆっくりお湯に浸かってから、いい匂いの香油を塗ってもらうなど。
栄養のある食事を三食、しっかり食べさせてもらい体も鍛え、休む時にはしっかり休む。安心して過ごせるあの家で。それって、すごい贅沢だ。
人並みに筋肉がついて背が伸びたのもそのおかげだし、これで肌や髪のコンディションが整わないなんて、ないよね。
小休止を挟んでから、いよいよ王子様コスチュームを着ることになった。
目の前に鏡とかないから、一体自分がどんな状態になっているのか全く分からない。
ちら、と見れば、ジャケットに縫い付けられた小さな魔法石が、仮縫いの時から増えているし。あぁぁ……キラキラ具合が増している……。
ボタンがいっぱいあって、白いフリフリのスカーフやリボンとか巻いて。
でも、首元の守りの魔法石は見えるようにちょっと広げる。その絶妙な着方があるのだろうな、と思うけれど……うぅぅ……やっぱり恥ずかしいよぉ。
最後に踵の低い、メンズのオペラパンプスみたいなつやつやの靴を履くと、着付け師たちが、すすす……と身を引いていった。
「整いましてございます」
「あ……りがとうございます」
「鏡でご覧になりますか?」
笑顔でたずねられ、俺は、とりあえず頷く。あえて見ないという手もあるけれど、ここまで来たら怖いもの見たさというか、なんというか。
使用人の一人が、大きな姿見を運んでくる。
緊張して背筋を伸ばす。磨き抜かれた鏡を前にして、俺は、ひゅっ……と息を飲んでから、二度三度、瞬きをした。
「え……この……鏡に映っている人は、誰ですか?」
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