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第2章 届かない背中と指の距離

67 暴走

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 襲い掛かって来た影――赤黒い魔物は、大きくは無かった。
 キツネぐらいの体格で牙も爪も鋭くない。動きこそすばしっこいが、冷静に対処するザックとマークで、一体、また一体と斬り倒されていく。地面に転がりもだえ、動かなくなったかと思うと、砂が崩れるように形を失っていく魔物。
 後に残るのは赤い石。
 心臓がそのまま石になっているようだ。

「くそっ……キリがない」
「なんでこいつら、光の下に出てこられるんだ」

 ザックが呻き、マークが吐き捨てる。
 一振りで倒せるような相手でも、数が多ければやがて疲弊ひへいした方が負ける。
 俺は何もできないまま周囲を見渡し、無意識に首元に指を持っていった。ビリッ、と電気が走る。
 守りの魔法石が反応している?

「まさか……俺が、呼んでいるのか?」

 今まで暮らしていた中でこんなことは無かった。
 けど、それは……今まで俺が自分の力に無自覚だったからか。欲望にも、無自覚で……。

 ――欲しい。

「うっ……」

 ぞくり、と背筋を悪寒が走った。
 魔物たちが、同じで見ている。欲しい……と。

「リク様?」

 ザックの注意がれた、その一瞬の隙を狙ったかのように一体の魔物が俺を目がけて飛びかかる。振り返るマークの剣が届かない。反射的に顔を覆うように手を上げた。その腕に、魔物が噛み付こうとした瞬間――。

「ギャワァン!!」

 悲鳴と同時に上半身が弾け飛んだ。
 飛び散る鮮血。地面に転がると同時に崩れる。俺の、喉元の守りの魔法石が、放電するかのようにパリパリと音を立てている。

「リク様、無事ですかっ!? ――っ!」

 マークが手を伸ばす、その手すら弾き飛ばした。
 指は無事か!
 何が……起こっているんだ?
 いつの日か感じた奇妙な息苦しさを感じる。ギシリ、と縛られるような、身体がきしむ感覚。俺の中で暴れる力を、無理やり、抑え込んでいるような……。
 額に汗がにじんでくる。

「リク様っ!」
「くっ……」
「くそっ! 昼間だっていうのに、のこのこ出てくんじゃねぇよ!!」

 しびれを切らしたマークが、魔物を払う。
 このままじゃどうにもならない。もし……俺が引き寄せていて、ザックたちが魔物に喰われたなら……そんなことは、絶対に、嫌だ!

「来るな!!」

 ビクリ、と魔物の動きが止まった。
 肩で呼吸を繰り返す。
 意識して、、魅了を使おう……なんて思ったことは一度も無い。やり方だって知らない。けれど俺の本当の力が相手の意識を奪い、意のままに操ることのできるモノだと言うならやってやる。
 魔物を、操ってやる……!


「お前らには……やらない! れ!」

 
 取り巻く魔物たちの足がもつれたように見えた。
 欲しい。喰らいたい。強い魔力だ。――だが、それをはばむ力が、進もうとする動きをせいする。
 俺は一歩も引かない。
 にらみ合っていた時間はわずか。
 唸る魔物は押し負けたのか……じりじりと身体を引いて、やがて森の向こうへと消えていった。




「す……げぇ……」

 息を吐いて呟いたのはマークだった。
 ザックも信じられないような光景を目にして、呆然としている。

「今の! 今のって魅了のチカラ――」

 興奮した声で振り向いたマークが、俺を見て顔色を変えた。
 脂汗が止まらない。顔が、首筋が熱い。なのに身体はひどく寒くて震える。息が……苦しい……。

 ――欲しい。

「リク様?」

 腕を伸ばす。マークの手を、見えない力が弾いた。
 首の付け根にある守りの魔法石が、放電するかのように火花を散らしている。ギシリ、と見えない力が締め付ける。魔物は消えたのに……。
 膝を着き、倒れそうになる俺をザックが支えようとするが、その手すら弾き返す。

「暴走……」
「えっ?」
「リク様……まさか力が、魔力が暴走しかけているんじゃないのか」

 呟くザックの声がどこか遠く感じる。
 頭がぼぅっとしてくる。思考が崩れる。寒い。気持ち悪い。しっかりしろ。
 二人が心配する。意識を……たもつんだ。
 自分を叱りつける。
 なのに……怖い。寒い。熱が……欲しい。

「あ、あぁぁ……」



 ヴァンが、欲しい。



「リク様っ!! くそっ! マーク、アーヴァイン様を呼んで来てくれ!」
「兄貴! 守れよちゃんと!」

 視界の隅でマークの走っていく姿が見えた。それが、はっきりと意識できている最後の景色だった。

「リク様、気をしっかり!」
「……あぁあ……あ、あ……」

 心臓がバクバクいっている。
 寒い。熱い。欲しい。力を放ってしまいたい。なのに、強い力が俺の邪魔をしている。邪魔だ。この、首に絡みつく、魔法石いしが!

「……が、あ、ああっ! あ、あああ!!」
「リク様っ!」

 首に絡みつく紐を引きちぎりたい。
 取れない。俺の力では、外すことができない。爪を立てる。焼ける痛みが走る。

「止めて下さい! 首が傷だらけになる!」
「ああっ!」

 ザックの手を弾き飛ばす。それでも俺の手を止めようと掴む。
 バシィ! と火花が散って、鮮血が散る。
 ザックの手を切ったのか!? 視界がブレて、よく見えない。手首を掴まれ押さえつけられる……感覚。
 血の匂いに一瞬、意識か戻り、また混濁こんだくしていく。

 日の光が眩しすぎる。
 なのに寒い。熱が欲しい。欲しい。……欲しい。

「あ……あうぅっ……う、あ……!」

 地面に転がり、のたうつ。
 ザックが馬乗りになって押さえつける。俺の名を呼んでいる。それでも、力を……魔力を、抑えきれない。
 俺の中に眠るもう一人の俺が、貪欲に、欲しいと暴れている。
 熱を。あの腕を。欲しい。

 ヴァンが欲しい。

「あぁぁああ!! あ! ああっ!!」

 押し倒されたままかかとで地を蹴る。
 悶え、暴れる。
 欠片かけらとなって残る理性が、バラバラになっていく意識に手を伸ばす。ここで負けてしまったなら、俺はもう

 抵抗する欲望を魔法石がじ伏せてくる。その狭間はざまで俺は翻弄される。欲望と封じようとする力とで、引き裂かれそうになる。

 欲しい。欲しい。欲しい。欲しい。

「あぁあ!!」

 切ない。
 つらい。
 どうしていいのか分からない。

 ヴァンの全てを手に入れたい。

 ホントウの俺は、こんなにも貪欲だ。

 ――怖い。

「リク様!」

 誰かが、俺を抑え込んでいる。叫んでいる。

「負けるな!!」

 誰かが泣いている。

「やっと自分の気持ちに気づいたんだろ! だったら、負けるなよ!!」

 俺を……大切にしてくれる人のために……負けない。 

「リク!!」


 声が、聞こえた。


 俺を押さえつけていた手が緩む。
 息を吸い。頭を巡らせる。
 目の焦点が合わない。視界がぼやけて、よく見えない。けれど……この声は間違いない。

「ヴぁ……ん……」

 身を起こす。立ち上がる。
 腕を伸ばして、声の方へと……見覚えのある影へと走る。滑って転びそうになっても。真っ直ぐ……声の方へと。
 影も俺に片腕を伸ばす。
 もう少しで触れる……その瞬間、呪文が響いた。


「意識は混沌の泥沼に……沈め」


 ぐらり、と視界が揺れた。
 天と地がひっくり返る。足がもつれ、身体が浮き上がるような感覚。
 視界が暗くなっていく。俺の名を呼ぶ人の声が……遠くなっていく。

「……ぁ……」

 意識を手放す直前……俺の身体をしっかりと抱きとめる、強く、温かなヴァンの腕を感じた。






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