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第2章 届かない背中と指の距離
66 本当に好きな人のために
しおりを挟む丘を下り小路を少し行った先に、湖があるという。
特別、湖に興味があるわけでもないけど、後日魚を釣りに行こうという話をジャスパーから聞いていた。食材の現地調達ということらしい。もちろん釣りも初めてでボートに乗ったことも無い。
俺は泳げもしないから無理にボートに乗る……なんてことはないけれど、何となく事前に見ておきたいと思い足を向けていた。
「寒いですか?」
「え?」
いつものように数歩先を歩くマークと、半歩後ろにつくザック。
そのやや後ろから声をかけられて、俺は顔を横にした。
「先程から腕をさすっています」
「あぁ……そう、だね。やっぱり郊外の森というのもあって、風が冷たいかな。もう一枚上着でも持って来ればよかった」
「急いで取ってきましょうか?」
「いいよ、そんなに遠出するつもりじゃないし……」
ははは、と笑いながら答える。
あの飯屋での告白以来、ザックはやたらと俺の体調を心配するようになった。口調も、以前より丁寧な気がする。距離を置かれているような気がしなくもなけれど……改めて身を引き締めてくれたのだと思う。
俺は二人の主なのだから、もっとしっかりしないとな。
情けないことを言っていたら笑われる。
「アーヴァイン様のことで、お悩みですか?」
「んん……」
見透かされているな……と思うと、苦笑いになってしまう。
悩んでいるのかときかれれば、確かに悩んでいる。
自分で気持ちを伝えるとジャスパーには言った。けれど正直、いつどのタイミングでどんなふうに言えばいいのか分からずにいる。言った後に、「僕にその気は無い」と言われる可能性も大だ。
そうなった時に、俺はそのまま受け入れられるのだろうか……という不安もある。
俺を大切にしてくれている。その関係すらも崩れてしまうんじゃないかと。
万が一、本当に万が一にでも俺の想いを受け入れてくれたとして、今と変わらないでいられるか分からない。
今までそういう話題を人とすることが無かったら、知識も何も無かったからだけれど、俺は別に性的な欲が無いわけじゃない。
いや、この世界に来るまでは生きるだけで精一杯だったから、そっち方面の欲求を持つだけの余裕が無かった。今は……寝るところ食べる物だけじゃなく、優しい人たちに囲まれて、安心して……気持ちに余裕が出てきたのだろう。自分でもびっくりするほど欲望だらけだ。
むしろ最近はそちらの方を持て余し気味で、どうしていいか分からない。
寒い……と思ってしまう。ヴァンの、熱が欲しい。
「俺でよければ聞きます」
「ありがとう……」
俺は顔を熱くしながら前を向いた。
一度意識し始めると、よけいにぞくぞくし始めている。
これは……あまりよくない流れのような気がするな。
「相談……できればする。けど、どんなふうに言葉にしていいか、分からないんだ」
「どんな言葉でもかまいません」
「……そう、だよね……」
誰かに心の内を語るのは、まだ少し苦手だ。
ザックたちは本当に心から気遣ってくれて、不器用な俺でも気にすることなく、受け止めてくれると分かっているのに。
「ちゃんと告白出来たとしても、その後で、上手くできるのかな……とか」
ザックが少し考えるように、間を置く。
俺はゆっくり歩きながらぼんやりとする。そんなことを考えるより前に、魅了のコントロールだとかやるべきことはたくさんあるのにな……。
「リク様……」
「ん?」
「もし、不安なようでしたら……」
珍しくザックが言いよどむ。
俺は立ち止まってザックの方を見た。
「もし不安なようでしたら、俺が練習台になります」
真っ直ぐ俺を見る。ザックの言葉は冗談とか、からかって言っているものじゃないと分かる。俺は一瞬よくわからなくて……二度、三度、目を瞬いてから、あぁ……と視線を逸らした。
「そんな……練習台だ、なんて……」
男相手どころか、女の子相手でも経験は無い。
元の世界ならネットだ何だで情報は得られるけれど、この世界では知ってる者から手解きを受けるより他に無い。
だからこそ、ザックは言ってくれたのだろう……けれど。
「リク様」
「ダメだよ……」
動揺を隠しながら、俺は声を絞った。
「ダメだよザック、それはザックの本当に好きな人のために取っておかないと」
いくら俺のためだからと言って、そんなことまでしちゃいけない。
俺の考え方が固すぎるのかもしれない。この世界の人は、そこまで一人に操を立てる……みたいなことは気にしなのかも。
もっと自由で、誰とでも……するものなのかもしれない。
けれど俺はダメだ。
ザックが嫌いだとかそういうんじゃない。
ジャスパーのフリだけでもダメだったんだ。たぶん俺は、ヴァンじゃないとダメなんだと思う。ヴァン以外の人には本当の自分をさらけ出せない。
ザックは少し辛そうな顔をしてから、頭を下げた。
「すみません。今の言葉は、聞かなかったことにしてください」
「いいよ……それだけ俺のこと心配してくれていたんだろ。逆に、ごめん。もっとしっかりしないとね」
俺は今笑えているのだと思う。
ザックにここまで言わせてしまって、しっかりしなくちゃとも思う。不安も恐怖も完全に消えはしないけれど、それでも一つずつ立ち向かって乗り越えていけるように。
……そう、思いながらまた歩き出そうとした時、前を歩いていたマークが横に手を伸ばして俺たちを制した。
俺がどうしたのかと声をかける、その一呼吸前にすらりと剣を抜く。
続いて半歩後ろのザックが剣を抜いた。
「な……に?」
「魔物です」
緊張した声はザックだった。
眩しい日差しが降り注ぐ森の小路。周囲の樹々は森というほど深くなく、下草こそ膝丈まで伸びていても、林といっていい程度でしかない。魔物は光を嫌う。通常なら絶対に現れないような環境だ。
マークが今まで聞いたことも無いような低い声で囁いた。
「リク様、そこから動かないでください」
俺を挟んで背に庇い、二人が対角線上に並び構えたと同時に、樹々の後ろから黒い影が飛び出してきた。
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