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第2章 届かない背中と指の距離
47 手合わせの誘い
しおりを挟むジャスパーのお父さん、レイクさんから、ヴァンは自由に動けるようになるまで十日はかかると聞いていた。
起き上がれるようになるだけでも、そのぐらいの日数が必要なのだろう……。そう思っていたのに、ジャスパーによる調整や治療を受け、言いつけ通りベッドで大人しくしていたヴァンは、十日後にはすっかり体調を整え日常生活に戻っていた。
俺を心配させたことでヴァンなりに反省したのだろうと、想像以上に早い回復を目にしたジャスパーが驚くぐらいに。
「今日はゲイブのところに行くのだろう?」
朝から窓を全開にして風を流す季節。
元の世界のような湿気の無い夏の朝は、気温のわりに過ごしやすいように感じる。それでも暑いことには変わりない朝食後に、ヴァンが声をかけてきた。
ここずっとヴァンの世話の為に、ゲイブのところに顔を出していなかった。
自主練もサボっていたから身体もなまっていると思う。
ヴァンの回復を聞きつけたゲイブが、久々に顔を出しにおいでとジャスパー経由で声をかけられたのが昨日のこと。ヴァンを一人置いて外出していいものかと迷っていたところで、「行っておいで」とヴァンが声をかけてくれた。
「もう少ししたら、迎えに来るはずだよ」
「護衛……兄弟なんだって?」
「うん、ザックとマーク。兄のザックは俺と同い年で、弟は二つ下。けど……なんか体格では全然負けてて、最初見た時マークも年上だと思った。すっごくいい人たちなんだ! いろいろ気を使ってくれて、俺の訓練にもずっと付き合ってくれてさ」
俺のことを「リク様」と呼ぶ。それがまだどうしても慣れなくて、早く「リク」と呼び捨てにしてくれたらいいのにな……なんて思う。
「ふぅん……ずいぶん、仲良くなったんだね」
「気が合うっていうのかな。楽しいよ」
「んん……」
「どうしたの?」
珍しくヴァンが考え込むような表情を見せている。
「何か用があるならゲイブのところに行くの……また別の日に変えるよ。どうしてもってわけでもないんだし」
「いや、そうじゃないよ」
ヴァンが微笑んで答える。
「僕もすっかり身体がなまっているだろうから、久々に汗を流そうかと思ってね。同行しても構わないかな? リクの護衛にも、ちゃんと、挨拶をしたい」
「えっ……ヴァンも一緒に来てくれるの⁉」
「嫌じゃない? 保護者同伴なんて」
「嫌じゃないよ! 嫌なわけないじゃないか! やった!」
「リクの雄姿が見られるかな?」
あ……それは、無理だと思う。
「まだ型らしい型は習っていないんだ。筋肉も体力も無くて体幹バランスも悪いって。今まで運動してきていなかったから、もう、基礎の体づくりばっかり」
「基礎は大切だ。基礎無く型を覚えようとしても怪我をする」
「うん」
基礎が嫌なわけじゃない。ヴァンが言うのだから、なおさら大切なのだと気合いを入れて出かける準備をする。
なのに……ヴァンが一緒というだけで、気分が浮足立っていく。どうしよう。
だって、いつぶりだろう。
大結界の準備やらなにやらで、二人で出かけたのは俺の誕生日前――二ヶ月以上前のように思う。今日は二人きりってわけじゃないけれど、ずっと一日、一緒にいられるっていうだけで、嬉しすぎる。
間もなく到着したジョーンズ兄弟は、突然のヴァンの同行にすごく驚いて、見ていておかしいぐらいに緊張していた。マークなんて、右手と右足が同時に出ているぐらい。
それは二人だけじゃなく、ギルドの訓練場に居た他の人たちも同じだった。
いつもは気楽に「リク!」と声をかけてくるのに、皆、ヴァンの顔を見たとたんに、びしっと背中が伸びて「三大結界術師アーヴァイン様」とか「アーヴァイン卿」と囁きあいながら遠巻きに見ている。
変らない態度は、ゲイブと古参のメンバーくらいだ。
「やっと復活したわね、ヴァン」
「ゲイブ。留守の間は、リクの世話をかけた」
「あら、珍しく殊勝なことね。リクはとってもいい子にしていたわよ」
「いろいろ聞いているよ」
ちらり、と俺を見る目が優しい。
俺は何だか、誇らしい気分になる。
「で、今日は保護者として、可愛い子の参観かしら?」
「いや……」
そう言って、薄手の上着を脱いで爽やかに笑う。
「僕もすっかり身体が鈍ってしまったから、少し動こうと思ってね。誰か手合わせしてくれる人はいないかと」
「久々なら、あまりあまり無理しないほうがいいんじゃない?」
「もちろん無理はしないよ。リクも心配するし。軽く合わせられる相手がいいな」
ぐるりと遠巻きに眺めている人たちを見渡す。
見渡して、視線は俺の護衛として側に立っていたジョーンズ兄弟の方に向いた。
「どうかな?」
「えっ!?」
素っ頓狂な声を上げたのは弟マーク。
そりゃあそうだろう。誰もが一目置く大魔法使いに、練習とはいえ手合わせの声をかけられたのだから。マークは顔を引きつらせて下がる。腰が引けている。
その横で、一歩前に出たのは兄ザックだった。
今までにない気合いを入れた真剣な表情で、真っ直ぐにヴァンを見返している。
「お受けします」
「そう、嬉しいな」
にっこりとヴァンが微笑んだ。
そばで見ていたゲイブが、面白そうなことになってきたと笑って見せる。
「リク、ヴァンのムキになるところが、見られるかも知れないわよ」
ムキにって……え? これ、軽い、ただの手合わせ、だよね?
なんだか空気が張り詰めたような……緊迫した感じになってきているの、気のせい?
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