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第1章 廃ビルの向こうは異世界でした
19 本気だってわかるよ
しおりを挟むジャスパーが大きくため息をついた。
「切っ掛けが魅了だったとしても、何の対処もできずに溺れるお前じゃない。魂の本質を視たんだろ?」
「んん……」
「一瞬で心をかっさらわれてしまう感覚は俺にも分かる。理屈じゃない。運命としか言えない。だからお前が本気だってのも、わかるよ。あの子に……一目惚れしてしまったんだな……」
親友の、気の抜けたような顔に僕は苦笑する。
「お前が本気で人を好きになる日なんか、来ないんじゃないかと思っていたんだ」
「僕もだよ」
「自覚してたのかよ」
「あんなことがあってはね……」
ジャスパーは「だよな」と呟き、もう一度大きくため息をつく。
「……だからもし、お前が本気で誰かを好きになったなら――たとえそれが敵国の姫だろうと神に仕える聖女だろうと、俺は心から応援しようと決めていたっていうのに」
まさか異世界の少年とは。
しかも僕はリクに本心を伝えずに帰すつもりでいる。日々、強く、深くなっていくだろう思いを、ぶつけることすらできない。
「応援してくれないのか?」
「するよ。まぁお前なら、応援されなくても突き進むだろ」
「まぁね。誰の助けもいならない」
「……可愛くないヤローだ」
不敵な笑みを向けると、ジャスパーは喧嘩なら買うぞとでも言うように笑い返す。彼は本当の意味で、僕のことを理解してくれる数少ない人間だ。
僕は寄りかかっていた本棚から身体を起こし、応接室で小さなお嬢様の相手に四苦八苦しているだろうリクのことを思った。
大切にしたい。信頼されたい。絶対に傷つけたくない。
そう思う気持ちと同時に、僕の手で粉々に壊して泣かせてみたいという衝動も、無いわけではない。その昏い欲望を抑え込むことすら甘美に感じるのだから、僕はジャスパーが思うほど自制できているわけではない。
タガが外れて、めちゃくちゃにしてしまう前に、リクを元の世界に帰さなくては……と思うのだ。
「ひとまず、俺にできることは怪我をした時に診てやるぐらいか?」
「現状は。そして、リクが何か相談したくなったなら、話し相手になってやってくれ。側にいるからこそ、僕には言えないことも出てくるかもしれない」
「わかった……あぁ、そうだ。ゲイブがいい加減顔を見せろと言っていたぞ」
ゲイブ――子供のころに付けられたの剣の師匠。
魔法ばかりではなく、自分の身は自分で守れという家訓によって、ずいぶんしごかれた。悪い人ではないのだが、かなりクセが強いく、会えば面倒くさい話になる。けれど、そろそろ顔を見せないわけにもいかないだろう。
「近いうちに会いに行く」
「リクも連れて来いと」
「どこからその話が?」
「あの人たちの情報網は、お前も知っているだろ?」
ジャスパーが引き出しから魔法石をひとつ取り出し、僕に投げてよこした。
珍しい物なのに扱いがぞんざいだ。
「鑑定の品も渡したからな。気に入ったならやるよ」
「あいかわらずだな。魔法石に嫌われるぞ」
「俺に石を愛でる趣味は無い」
白い布を取り出し大切に包むと、懐にしまう。
一連の動作を見て、ジャスパーは薄く笑った。
「お前に大切にされた石は、ほかのどの場所に行くより、幸せなのにな……」
意味深に呟く言葉には答えず、視線を落として流す。書斎を後にする僕らは、もうリクのことを口にしなかった。
◇◇◇
直ぐに戻るとヴァンさんは言っていたのに、思ったより時間が長く感じる。見えない場所に行っただけで不安になるなんて……俺はどれだけ、ヴァンさんに頼り切っているのだろう。情けない。
それでも表面上は平気なフリをして、俺は膝の上の小さな女の子のお相手をしていた。
昔から子供にも好かれる質ではあっても、ここまで積極的に懐く子は多く無い。そもそも、身近に小さな子がいなかったせいもあるけれど。
「あら、やっと殿方がお戻りになったようね」
ドアの開く音に、シャーロットさんは軽やかな声を上げた。
同時にシェリーは僕の上で振り返り、「パパ、おかぃりー」と舌足らずな声で迎える。俺もシェリーが落ちないよう身体を支えながら、頭だけで振り返った。
「待たせたね」
優雅な足取りで席の方まで来て微笑む。
あぁ……やっぱり、ヴァンさんの姿を見ると、ほっとする。
「退屈はしていなかったかな?」
「シェリーちゃんや奥様と楽しく過ごしていました。スープのお礼も」
嘘はついていない。
退屈ではなかったけれど、少し、不安だった。
僕を挟んだ反対側で、ジャスパーさんが膝から下りようとしないシェリーににこやかな笑みを向けた。
「シェリーは、いい子にしていたか?」
「いいこ!」
「んん……いい子なら、いつまでリクお兄ちゃんの膝にいるのかな?」
夫人に軽いキスで挨拶をしてから、もう一度愛娘に微笑みかける。
シェリーは口を尖らせながら、父親と俺を交互に見た。俺はもちろんお菓子どころか、火傷をしてはいけないので、お茶も飲まずに待っていた。
ジャスパーさんはそれに気づいているのだろう。
「うー」
不満げではあったが、やっと両腕を上げて、シェリーはジャスパーさんに抱え上げられた。そのまま左となりに持って来た、子供用のイスへと下ろされる。
「リク、偉かったね」
不意に頭を撫でられたかと思うと、耳元でヴァンさんが囁いた。
息が触れる。
ぞくり……と背筋が痺れる。
その感触に、頭を撫でれるよりも強く、胸の奥が鳴った。顔が熱くなる。嬉しい……と同時に、胸の奥がツキツキと痛む。重くなる。これは一体、何だろう。今になって緊張し始めたのかな……。
ごまかすように、俺は曖昧に笑って返した。
少し褒められたぐらいで、こんなにドキドキしているなんて、俺はどれだけお子様なんだろう。
ヴァンさんの優しい声を……もっと耳元で聞きたくなる、なんておかしいよ。
「さぁ、温かいお茶を淹れ直しましたわ。どうぞゆっくり召し上がって」
シャーロットさんに勧められ、俺の右となりに座ったヴァンさんを見て、頷いた。
こういう席での作法とか知らないから、何をどうしていいのか分からないというのもある。とりあえず、「いただきます」で両手を合わせるのは違うよな……と、思うぐらいで。
シェリーはお土産のマカロンにかじりつきながら、「おいちいね」とニコニコ笑っていた。
「アーヴァイン様、よろしければ食事をなさっていって」
「ありがとう。実はこの後、リクの衣服や日用品の買い出しがありまして」
「まぁ……お忙しい」
あ……忘れてた。
今着ているこの服も、取り急ぎパン屋の息子さんのを貰ったものだった。申し訳ない気持ちでヴァンさんをみると、心配ないよと返される。
「そう、ではあまり長くお引き留めしてはいけないわね」
軽く、カップケーキとお茶を頂いてから、俺とヴァンさんはジャスパーさんの屋敷を後にした。
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