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第1章 廃ビルの向こうは異世界でした
18 歩く媚薬
しおりを挟む「……魅了、の魔力か?」
僕は……ゆっくりと頷いた。
「そう、リクは、魔力を秘めたものを惹きつける力を持つ」
「いいものばかりじゃないだろう?」
「もちろん……魔物も。それだけではない、魔法を扱う人間――特に、魔法使いを魅了し、惑わす」
ジャスパーの眉間の皺が深くなる。
ひとつ呼吸を置いて、表情を消した僕の顔を覗き込み、問いかけた。
「ヴァン、お前……まずいんじゃないのか?」
「残念ながら」
ふっ……と、自嘲するように薄く笑った。
「僕は手遅れだ」
ジャスパーが息を飲む気配が伝わってきた。
「あぁぁぁっ!!」
頭を抱える。
抱え、大きな身振りで両手を振り回し、怒鳴った。
「何故気づかなかった⁉」
「気づいた時には手遅れだったんだよ」
そう、リクに出会った。
あの瞬間にはもう、手遅れだったのだ。
「……地下道で異質な気配を感じた。小さな明かりを持った人の物だとは分かったが、それよりも気配に気を取られ、接触してしまった」
ぶつかった時の声で、子供と気づいて冷静さを欠いた。
直ぐに「大丈夫か?」と声をかけ、魔法石で明かりをつけた。その瞬間――浮かび上がったリクの、夜空を思わせる美しい瞳を見た瞬間に、囚われた。
魅了された。
意識を持っていかれてしまったのだ。
直ぐに気づかれないよう防御壁し、正気を保つことができたのは、魔法を扱う者としての意地だったのかもしれない。
平静なフリで「きみは……何者だ?」と聞いてから、身なりで異世界人だと察した。
そうそうあることではないが、魔物や魔法石が集まる場所は、魔力によって空間が歪むことがある。その歪みによって異世界と繋がる現象は、今までも数十年に一度の割合で観測されていた。
リクは、「異世界」という言葉すら知らなかったのか、怯え戸惑っていた。
異質なものに深入りしてはいけない。
直ぐに元の世界に戻すか、然るべき場所に預けなければ……。
そう思いながら瞳の奥の魂はとても美しく、「欲しい」と思ってしまった。心が震えるほどに、魅了された。これが一目惚れなのかと冷静に判断する意識がある横で、僕の言葉は彼を自分の元へと誘っていた。
「僕の家で説明しよう」と。
これほど強烈に、誰かを手元に囲いたいと感じたのは生まれて初めてのことだった。
「差し出した手を、リクは取らなかった。この僕の手を、だ。そんなことをする人は、彼が……初めてかもしれない」
ジャスパーが大きなため息をついた。
「王国で三本の指に入る偉大な結界術師にして、怪物級の大魔法使いだというのに……。いや、だからか」
「僕を魔物のように言わないで貰いたいな」
「似たようなものだろ?」
「まぁ……否定はしない」
二十三歳というこの年にして、国の存続に係わる重要な役職にある自覚はある。
誰にもできない偉業を成し遂げているのだと、浴びるほどの賞賛を受けてきた。それだけ大きな力を持てば、代償として、並みの人には想像できないような弱点をもつことも自覚している。
魔力のある者に対する罠もその一つ。
だからこそ常日頃から研鑽と警戒を怠らず、どのような状況にも対応できるよう冷静に物事を観察し、心掛けきたというのに――。
少し気持ちが落ち着いてきたのか、ジャスパーが現状を確認するかのようにきいてきた。
「俺が足を診た時には、そこまでの魅了を感じなかったが」
「眠っていたせいだろう。意識が混濁している時は、魅了の影響も下がるようだ」
「いざとなれば、気を失わせればいいと」
「あまり使いたくない手だけれどね。万が一の際には、僕ならばほぼ完全という状態で封じることも、できる」
逆に言うなら、僕ぐらいしかできないだろうと自負している。
「ただし完全な封じを施したなら……リクは意識や感情を持たない、生き人形になり果てるだろう」
それは、魂を殺す行為に等しい。
「魔法院への報告は?」
「必要なことだけ。すでに済ませてある」
「引き渡せと言ってきただろう?」
「渡せばリクは生涯閉じ込められ、あらゆる魔法実験に使われる。死んでもなお、魔法使いたちのオモチャだ。元の世界に帰ることなどできない。だからそこは、譲歩してもらったよ」
「無理を通したんじゃないのか?」
旧知の間柄だ。ジャスパーは僕のやり方を熟知している。
「さぁ、十四の頃から国に尽くしてきたんだ、お願いごとの一つや二つ、通せるぐらいの貸しはある。あの子は……僕が監視する」
「できるのか?」
「方法はいくらでもある」
いくらでも。
手段を選ばなければ、どのような手も使える。
「現に今も、リクの着ている服に魔法の細工を施している。簡易的なものだから、シェリーや動物たちには効きが弱かったが……」
「何かあったのか?」
「馬が興味を示して、リクが驚いていたよ。小鳥も飛んで来て腕に止まっていた。ずいぶん人慣れしていると喜んでいたが……ジャスパーは平気だっただろう?」
言われて初めて気づいた、という顔を返した。
僕の腕を知っているジャスパーにすら気づかれないように、魔法は、いつもでもかけることができる。
「そう……閉じ込めるだけならば、簡単なんだ……」
本棚に寄りかかり、手のひらを見つめる。
「僕なら百の魔法使いでも解けない、完璧な牢獄をつくることができる。けれど……それは嫌なんだ」
「ヴァン……」
深く、息をつく。
「自由に外を歩かせたい。この世界は楽しみに満ちているのだと」
あの美しい瞳を曇らせたくない。
遠慮がちな微笑みを消したくない。
ぎこちなく僕の背に手を回し、胸に頬をつけて寄り添ってきた……人に甘えることに慣れていないのだろう。あの甘美な切なさを手放したくない。
溺れている。
酔っているという自覚はある。
それでも……初めて人を愛しいと思えた、この思いを消したくない。
「ヴァン、あの少年は魔王にすらなる可能性がある。そんなこと――」
「簡単にはできない。けれど、僕はやるよ……それに」
忘れてはいない。
「リクは戻の世界に帰りたがっている。僕は、帰り道を見つけ出すと約束した」
一瞬、ジャスパーが複雑な表情をした。
これだけ執着して、完璧な檻に閉じ込めることもできるのに、また放してしまおうとする僕の行為が理解できないのだろう。
「地下道で見つけたと言っていたな。異世界との繋がりは、あとどのぐらいで消えそうなんだ?」
「正確な場所の特定はまだだが、おそらく、あと数日」
「帰したくないのだろう?」
「帰すよ」
たとえ、不幸な生い立ちだったとしても。元の世界に帰りたがっているのだから、僕は帰り道を探す。
「約束したからね。僕は、リクの信頼を失いたくない」
つきり、と胸が痛んだ。
パン屋の夫人と僕が信頼の元にやり取りしていたことを、リクはとても驚いていた。深く感じ入っていた。
この世界の記憶がリクの将来の心の支えとなるのなら、どんなことでもしたい。
「リクが迷い込んだ異世界は素晴らしい場所だったと、そう忘れずにいてもらいたいだけなんだよ」
初めてなんだ。
ただ純粋に、喜ばせたい、力になりたいと思うのは。
愛しくて仕方がない……。
大切にしたいと……思い始めている。
――狂おしいほどに。
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