【本編完結】異世界の結界術師はたいせつな人を守りたい

鳴海カイリ

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第1章 廃ビルの向こうは異世界でした

03 知らない人の知らない部屋

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 夜の街は外出が制限されているのかと疑うほど、人通りが無かった。
 もちろん見上げる建物の窓に明かりは灯っているから、人が暮らしていないわけじゃない。
 耳を澄ませばどこからともなく楽器の演奏や歌声が聞こえて、笑い声も響く。それなのに複雑に入り組んだ道に人影は無く、街灯も無い街の景色は異様な世界に見えた。
 日が沈んでもコンビニの看板が光っている、夜遅くまで酔っ払いが行きかう日本の夜とは全然違う。

「異世界……」

 思わず呟いた。
 異世界なんて、ゲームとかアニメで聞く程度の単語だ。そういう遊びと接点の無い生活をしてきた俺には、いきなり知らない外国に迷い込んだという感覚しかない。
 言葉が通じるのが不思議なぐらいだ。

 空に見えている月が、実はドームの天井に投影されたプロジェクターの映像なんじゃないかって気もする。街を囲んだ塀があって、その向こうには電車だとかマンションとか、工場や鉄塔が連なってるんじゃないかと。
 ……そう、想像するのだけれど匂いが違う。音が違う。肌に触れる空気の温度や湿度や、そういう五感に訴える全てが、ほんの数時間前までいた世界と全く違うと言っている。

 胸の奥がつっかえるような感覚がして、上手く息が吸えない。

「着いたよ」

 静かな声でヴァン……さんが声をかけて、俺を下ろした。
 ずっと抱えて歩いていたのに、息が上がっている様子は無い。ケッカイジュツシというのをやっているって言っていたけど、肉体労働ガテン系の仕事なのかな。どちらかというと雰囲気は、学者とか研究者とかそういう感じなのに。

 ヴァンさんはまた小さな声で呪文を唱えた。
 古くて重厚なドアの、ノブの辺りでガチンと音がする。

「鍵、開いたよ」
「すご……あ、いや、すごいですね」

 音声認識のオートロックか。
 いや、これも魔法……なのかな?
 ギィィと、軋み音を上げながらドアが開く。また一つ二つ呪文を唱えると、辺りが明るく光りだした。

「……わぁ」

 店だ。雑貨店、といっていいのだと思う。
 本とか何だかよく分からない歯車仕掛けの小さな機械とか。天井や壁のあちこちにドライフラワーがぶら下がって、薬草のような独特の匂いがする。
 そして所せましと置いてある石。
 もちろん道端に転がっているような灰色の、地味な石ころなんかじゃない。理科室の標本箱にありそうな鉱石――パワーストーンと言った方がいいような、色とりどりの石だ。

 それらが棚いっぱいに並んで、とにかくすごく、ごちゃごちゃしている。
 こういうのが好きな人が見たら宝の山に見えるんだろうな、というぐらい雰囲気のいい店だ。

「少し狭いからね、気を付けて」

 言われて声の方に振り向いた。
 店の光の下で見たヴァンさんは、思う以上に明るい髪色と瞳で、優し気な顔立ちをしていた。それでいてしっかりとした体格の迫力がすごい。天井の高い店だというのに、なんだか少し狭そうに見えるぐらいだ。

「立つの、辛いだろう? ほら……」

 そう言って、店の奥に置いてあったイスにコートや荷物を置いたヴァンさんは、また俺を抱きかかえようと両腕を向けてきた。
 暗い中では足元も見えなかったから大人しくして来たけれど、さすがにいい年した俺が小さな子供のように抱えられるのは……かなり、恥ずかしい。

「つかまれば歩けるので、ホント……大丈夫です」
「つかまり損ねて、店の物を壊しても困るからね」
「あ……そっか」

 遠慮のつもりだったが、店の側からすれば安全を優先するのは当然だ。気遣いが足りなくて申し訳ない。恥ずかしさに、胸が痛くなってくる。
 ヴァンさんはまた軽々と俺を持ち上げると、店の奥の古い階段を上っていった。暗くて建物の外観はよく見えていなかったが、一階が店舗で二階から上が自宅といった造りなのだろう。

 ごっごっごっ、と木の階段を踏む、俺を抱えたヴァンさんの靴音が響く。
 ここまでの室内の様子を見ても、電気のスイッチとかエアコンとか、そういった物が一切ない。非日常の感覚が半端ない。

 なんだか胸の痛みが強くなってきて、気持ち悪い。
 吐き、そうなのは我慢しないと。俺……そんなに繊細な神経の持ち主だっただろうか。情けなくて笑えてくる。

 上り切った階段の上は、想像した通りの自宅になっていた。

 思ったより広い。
 明かりの灯っていない左手奥は薄暗くてよく見えないが、鍋や壺といったものが見えたから、たぶんキッチンとか洗面所とかそういう水回りの場所なのだろう。そして反対側の右手はリビングだ。

 うん、たぶんリビングだ。
 暖炉っぽいものと、クッションがいっぱい乗ったソファとテーブルと、木のイスが二脚……いや、三脚。奥に三階に続いているらしい階段。後は……窓以外の壁を覆った棚と、物と、物と、物。
 もう少し細かく分類するなら、本とか何だかよく分からない歯車仕掛けの小さな機械とか。天井や壁のあちこちにドライフラワーがぶら下がっている。そして所せましと置いてある石。一階の店舗とあまり変わらない。

 人が暮らす部屋というより、自分の趣味を詰め込んだおもちゃ箱みたいだ。

「ゆっくりして」

 そう言って、ヴァンさんは俺をソファに下ろした。
 見た以上に柔らかなスプリングで生地の触り心地もいい。こう、もっと荒い造りのように見えたのに意外だ。
 ヴァンさんが目の前のテーブルのものを軽く片づける。そして優しい笑顔で「温かい飲みものがいいね」と言ってから、俺の返事を聞く前にキッチンらしき部屋の方に歩いて行った。

 寒いわけじゃないのに、肌がざわざわして変な感じだ。
 たぶん緊張しているだと思う。

 知らない人の知らない部屋というのは、それだけで落ち着かない。
 よそよそしくて、周りの空間全てが「ここはお前の場所じゃない」といっているような感覚におちいる。
 それでも……このおもちゃ箱みたいに部屋はちょっと違うかな。
 ごちゃごちゃしている分、俺みたいなよけいなものが紛れ込んでも許してくれるような雰囲気がある。

「ん……?」

 ふと、視界の隅に動くものがあった。顔を向けると小さな動物がこちらを見ていた。
 ハムスター……いや、イタチ?
 小さな生き物が「キキッ」と鳴いて顔を覗かせ、姿を消す。部屋の中に小動物を放し飼いにしているのだろうか。それとも勝手に入り込んだのだろうか。

「なんだろう……あれは……」
「ああ……すごい。ウィセルだ」

 湯気の立つ飲み物を手に戻ってきたヴァンさんが、テーブルに置きながら答えた。

「ウィセル?」
「君のいた世界にはいない?」
「……聞き覚えは無い、です」
「そう。守り神みたいな生き物だよ。普段めったに顔を見せないのに、リクが気になったのかな? 姿を現すなんてすごく珍しい」

 そう言って、テーブルを挟んだ向かいにイスを持ってきて腰を下ろした。
 飲みものは……緑茶を薄くしたような色をしているけれど匂いが違う。もっと葉っぱ……ハーブとかそんなものの香りに近い。
 微笑みながら「どうぞ」と勧められる。
 ここまで来て、お気遣いなく……なんて遠慮しても遅いか。

「熱いから気をつけて」
「はい……」

 言われて手を伸ばしかけて、俺は息を飲んだ。
 手が……震えている。
 いや、痙攣けいれんしているといった方がいい。
 何で? どうして? 別に寒いとか、そういうの全然ないのに。

「なんだこれ」

 慌て手を引っ込めてさすった。
 けれど震えは止まるどころか、どんどんひどくなっていく。ヴァンさんが怪訝けげんな顔で俺を見た。

「リク?」
「な、なんでもない……です」

 訳が分からないままに返した。けど、全然なんでもなくない。
 なにこれ……と、止まらない。自分の意思に反して勝手に体が震えてる。
 何が起ったのか理解できない。

 頭のどこかでパニックを起こしているんだと、浮かぶ言葉もあるけれど、どうして今なんだ? 今はもう暗い廃ビルとかトンネルじゃない。安全な場所にいるって分かっているはずなのに。

 目の前でヴァンさんが立ち上がる。

 ……怖い……。

 俺は震える自分の身体を、両腕で強く抱え込んだ。





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