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第1章 廃ビルの向こうは異世界でした
01 迷い込んだここはどこだ⁉
しおりを挟む夕暮れのような、淡い西日があたりを照らしていた。
複雑に入り組んだ石だたみの道と階段と、ヨーロッパの街並みを思い出させる石造りの建物。ところどころ苔の生えた壁や道端は、これが最近できたテーマパークなんかじゃなく、歴史のある物なのだと教えてくれる。
仮にここが作り物だったとしても、俺は、日の暮れた、あちこち崩れかけた暗い廃ビルの中をうろついていたはず。こんなに明るくて、日本離れした場所なんかじゃない。
「どう……なっているんだ?」
そばの建物の窓のガラスには、青白い顔の俺が映っていた。
運動部にも所属していないから、「ひょろひょろ」という言葉でしか表現できないほど、筋肉らしい筋肉は無い。そもそもまともに食べてないから背も低くて、クラスでも背の順は前から数えた方が早い。
陰気な感じの黒髪に黒い瞳。
小学四年の時まで近所に住んでいた幼馴染みは、けっこう可愛い顔しているよ、と言っていたけれど十五にもなって童顔のままというのは腹が立つ。
「はぁ……」
ため息ひとつひいて、とりあえず百円ショップで買った携帯LEDライトを消してから、制服のポケットにしまった。ついでに頬をなでる温かな風に気づいて、俺は首に巻いていたマフラーを外す。
つい数分前までいたのは、寒風吹きすさぶ十一月の日本。
高校受験目前のクラスの奴らにイタズラされて、俺のカバンは幽霊が出ると噂されている廃ビルに投げ捨てられた。ビンボーで、ろくに親も帰って来ない俺は、高校進学のメドも立っていない。進学しないヤツに教科書なんて必要ないだろ、という具合だ。
たしかに普通の高校には行けないと思う。
学力の問題じゃなくて、お金の話。
それを理解していた担任教師は昼間働きながらでも通える、定時制や通信制高校の話を勧めていた。教科書が要らない、なんてことはない。
「どこなんだここは」
知らない場所に迷い込むということが、こんなに不安になるとは思わなかった。
帰り道が分からない。
帰れるのかも、分からない。
帰ったところであの家に、俺を待つ家族なんていない。
けれど、俺はいい加減な大人にはなりたくないし、なってやるものかと決めている。一人で生きていくために。やれること、できることを探して進む。そう決めて、不幸だなんだと卑屈にならずにここまで来た。
それなのに。
「落ち着いて思い出せ……」
深呼吸をして振り返る。
高さ幅ともに、三メートルほどの真っ暗なトンネルがある。下水道みたいな感じのトンネルだ。床は中心部分が凹んだ逆への状態になっていて、黴臭い匂いの水が流れていた。
もう一度ライトを取り出して、俺はトンネルの中に入っていった。
やたらと広い廃ビルの、どこをどう探していいのか分からず、てきとうに歩き回っていたんだ。
小さなライトじゃ足元を照らすのが精一杯で、とても周囲を見渡すなんてできない。そんな、半ばやけっぱちで歩いている内に迷子になって、出口すら分からなくなった。
もっと明るい時間に探しに来ればよかったと、後悔し始めていたぐらいだ。
でも、今日見つけないと明日の授業の教科書が無い。
手ぶらで登校して、クラスのヤツに笑われるのもしゃくだった。
「たしか……ビルの中を適当に歩いていて、明かりが見えたんだ……」
独り言を呟きながら、左の壁に手を当てつつゆっくりと進む。
真っ暗なビルの中で明かりが見えたから、誰か人がいるのかと思った。人でなかったとしても、もっと大きな明かりがあればカバンも探しやすくなる。そう思って、後先考えずに進んで、見たことも無い街の中に出るなんて。
真っ直ぐ続くトンネルは、来た時もこんな感じだっただろうか。
ふと、左手の壁が途切れた。ライトを向けると通路になっている。
腕をめいいっぱい伸ばし、乏しい明かりで周囲の状況を確認すると、正面や右手も通路になっていた。冷や汗がにじみだす。
廃ビルから来た時、脇道は無かった気がする。いや、あったのかもしれないけれど全く気づいていなかった。ただ光の方へと真っ直ぐ歩いて来たのだから、このまま真っ直ぐ進めばいいはずだ。
そう思っても、本当に真っ直ぐだったかと思うと途端に自信が無くなってくる。
「ええっと……」
右を、左を、もう一度右を見ている内に……俺は、どちらから来たのか分からなくなっていた。
どちらの方角を見ても、真っ暗な穴しかない。
さっきは確かに、明るい夕暮れ近くの光があったのに。もしかして外国みたいなあの街並みの方も、日が暮れてしまったんだ。
「どうしよう……」
とりあえず進む。
水をはじく、俺の足音だけが響く。
心臓がバクバクし始める。
スマホなんて金のかかるものなんか持ってない。家で待っている人間もいない。明日登校しなければ担任は母親に連絡するだろうけれど、それで繋がったためしなんかない。
俺が行方不明になったって、探しに来るヤツなんかいない。誰にも助けを求められない。
早足がしだいに駆けるようになって、更に速くなる。
泣きそうだ。
誰も居ない。この暗闇が、永遠に続くような気持ちになってくる。
「誰か! 誰かいないか?」
助けなんかいるわけが無い。……俺は、独りぼっちだ。
「わ……」
「わあっ‼」
突然、大きなものにぶつかった。
派手にころぶと同時に、ガタン、ガラン! と派手な音がトンネルに響く。
「いてて……」
「大丈夫かい?」
若い……けれど少し低い、大人の男の声だ。
少し離れた場所に俺の持っていたライトが転がっている。けれど光が小さすぎて、すぐ横にいる人を照らすところまでいかない。
「大丈夫?」
声が、もう一度同じ言葉をきいてきた。
俺は……打ち付けた膝をさすりながら暗闇に向かって顔を上げる、と同時に、声が不思議な言葉を言った。
「月長石の光をここに」
ぱあっと辺りが明るくなり、眩しさに目元をおおう。
すぐ側に男の顔があった。
明るい肌色に、クリームイエローの髪。緑の瞳。彫りが深い……というほどではないけれど、明らかに日本人とは違う顔立ち。体つきも大きい。たぶん、年は二十代の半ばぐらい。
なんだか……やたらとカッコイイ顔立ちの人、だ。
ファンタジー系のゲームに出てくる魔法使いか僧侶のような、丈の長いローブを着ている。やっぱりここは、どこかのテーマパークか?
「きみは……何者だ?」
きょとんとした顔で、男は俺を見つめていた。
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