ケモとボクとの傭兵生活

Fantome

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第三章 初仕事は蒼へと向かって

不穏な積み荷と見付けたテクト

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「テクトさーん。何処にいるんですかー?」

姿の見えないテクトを捜して、薫は幾つも並ぶ馬車に歩み寄った。だだっ広い草原には他に姿を隠すような場所も無いため、居るとすれば恐らくこの馬車のどれかだろう。

問題は、この八台の馬車の何処にいるのか。こうして呼んでいるのだから返事の一つでもしてくれればわざわざ中を覗き込む必要も無いのだが、薫も手伝ったとはいえ大人数の食事の用意を一人でするのは非常に重労働だ。

「もしかして、中で寝てるのかな……」

そう考えると、大した用事も無いのに声を掛けて安眠を妨害するのは気が引ける。とりあえず、こっそり中を覗いて寝ているようならば声を掛けずに寝かせてあげよう。そう考えて、薫は手近にあった馬車の中へと乗り込んだ。

「テクトさーん……?」

控えめにテクトを呼びながら足を踏み入れた薫だったが、一つ目はどうやらハズレだったようだ。馬車の中はほとんど隙間もなくみっちりと木箱が積載されており、隠れて寝られるようなスペースすら見当たらなかった。

「もしかして、この中にいたりしないよね……?」

薫が木箱を覗き込むと、そこには木箱から溢れんばかりに様々な模様の毛皮が満載されていた。しかし、触ってみると毛並みはゴワゴワでお世辞にも上等とは言い難い。あまり高価なものではないようだ。

「ふぅん……ここは毛皮を積んでる馬車なのかな」

恐らく、荷台ごとに積んである商品が違うのだろう。薫は毛皮の乗った荷台から降りると、さらにその隣の荷台へと乗り込んだ。

それから薫はテクトを捜しつつ、荷台を移るたびに好奇心から積載された木箱を覗き込んだ。ある荷台は真っ黒な鉱石、またある荷台は何万枚という大量の紙。はたまた袋詰めにされた小麦粉や香辛料ばかりの馬車もあった。

さすがは街で一番大きな商会といったところだが、一方で薫は拍子抜けでもあった。

「でも、ちょっと意外だったなぁ。もっと宝石とか積んでるかと思ったけど……」

そう。積載された商品が何と言うべきかーーー地味なのである。

わざわざ港町まで運ぶとなれば、もっと見るからに高価なものが積んであるかと思いきや、あったのは粗雑な毛皮に紙と石ころばかり。悪く言えばどこにでもあるようなありふれた品物ばかりであった。

とてもではないが、わざわざ護衛を付けて守らせるようなものかと言われれば疑問が残る。だが、これは所詮、この世界の交易事情に詳しくない薫の率直な感想だ。こういうものが意外と需要があるのかもしれないし、今回がたまたまそういったものを運んでいるとも考えられた。

「さてと。そろそろ真面目にテクトさんを捜して……ん?」

その時、薫の耳に何か物音のようなものが聞こえた。それはどうやら、現在薫が乗っている馬車の隣の馬車の方から聞こえてきたようであった。

「もしかして、テクトさん……かな?」

さっきまでの素朴な疑問は忘却の彼方へと放り捨て、薫は馬車を降りると、音の聞こえてきた隣の馬車の前に立った。

「はっ……ぁ……ん、ぁっ……」

耳を澄ませると、馬車の中からは木箱が揺れるような微かな物音とテクトの声が聞こえてくる。何か悪い夢でも見ているのか、熱っぽい吐息に混じってうなされるような声が。

「テクトさん、そこにいるんですか……?」

「ぁっ……!?」

薫が恐る恐る声を掛けると、先ほどまでの静けさから一変、驚いたようなテクトの声と同時にバタバタと転がり回るような音が聞こえてきた。

「な、なな、なんだ、カオルかよ!俺に何か用か!?」

「テクトさん、大丈夫ですか?急に姿が見えなくなったので心配しましたよ。もしかして、気分でも悪いんじゃ……?」

薫はおもむろに手を伸ばし、馬車の幌をずらして中を覗き見ようとーーー

「開けんなッ!!」

「わっ!?」

雷が落ちたような突然のテクトの怒鳴り声に、薫は伸ばし掛けた手を慌てて引っ込めた。

「ど、どうしたんですか急に……?」

「わ、悪ィ、実は、その……そ、そうだ、ちょっと気分が悪くてよ。汗かいちまったから着替えてるところなんだ。だからほら、開けられると恥ずかしいだろ?」

「僕は別に気にしませんよ。気分が悪いならお手伝いしましょうか?」

「俺が気にするんだよ!」

テクトの反応に微かな違和感を覚えた薫だったが、本人が頑なに嫌だと言うのなら無理矢理入るわけにはいかないか。

「と、とにかく、俺は大丈夫だからお前は向こうに戻ってろよ。俺も気分が良くなったら戻ってーーーひぁっ!?」

「えっ……?」

突然、テクトが裏返った声を上げた。

「ど、どうしたんですか?そんなに調子が悪いのなら、誰か呼んできましょうか?」

「い、いいっ、いいから!ちょっと足下に虫がいたから驚いただけで、俺は、っぁ……だ、だいじょ……んんっ、だからぁ……!」

テクトはそう言うものの、どう考えても大丈夫そうじゃなさそうだ。かなり切羽詰まったような、尋常でなく苦しげな声に聞こえる。

「…わかりました。じゃあ、僕は一度戻りますね。何かあったらすぐに言って下さいよ?」

「あ、ああ、悪ィな。すぐ戻るから心配な、ぅ、ああ……っ!」

本当に大丈夫なのだろうか。薫は拭いきれない違和感を抱えつつも、踵を返して言われた通りアルト達の元へ向かって歩き出した。

薫が馬車を離れて間もなく、馬車の入り口の幕が揺れる。その僅かな隙間から外を窺うようにゆっくりと顔を見せたのは頑なに薫の手助けを拒絶し続けたテクトであった。

「ごめんな、カオル……ぅ、あ……!」

顔を覗かせていたテクトが馬車の中へと引き戻された。床に倒れた彼は、なんと一糸纏わぬ姿。脱ぎ捨てられた服は隅に乱雑に放置されており、短くフワフワとした新雪のように真っ白な体毛で全身が覆われている。

こんなあられもない姿では、薫の前に姿を見せられるはずもない。だが、姿を見せるわけにいかない理由はもう一つあった。

「くっくっ……初日からずいぶん仲良くなったみてぇじゃねぇか、テクトぉ」

そんな言葉と共に、テクトの前に大柄な姿が仁王立ちする。それは、テクトと共に姿を消していたダリウスであった。
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