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第二章 彼の期待と僕の覚悟
訪問先は桃色世界
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人種、職種は様々な大勢の人々、そしてすぐ隣を駆ける馬車の往来で賑わう昼下がりの大通り。さすがは交易都市という呼び名を冠するだけはあるそんな異界の景色を、薫は興味津々といった様子で辺りを見回しながら、すぐ前を歩くギランの背中を追い掛けていた。
初めて街を訪れた昨日はいろんな出来事が起こりすぎてあまり街の情景を満喫する余裕は無かったが、今回はよくよく街の情景を観察出来た。
早い話が、平和な街である。そこにはファンタジー物の設定にありがちな勇者と魔王の戦いも、国家間の争いも何もない。街に住む人々、または街を訪れた人々がそれぞれの生活を送り、その平和を享受していた。
しかし、薫は元の世界とのカルチャーショックのようなものを感じずにはいられなかった。
黒鉄の大きな檻を引く馬車。その中には、ボロ布のような服を纏う薫と同じくらい、もしくはさらに幼い男女の子供達が乗せられ、虚ろな瞳が格子越しに街を見つめている。奴隷制の撤廃された薫の世界ではまず見られない光景であり、その中の一人の少女と目が合った瞬間、薫は思わず目を背けていた。
あの子供達は、薫が辿る可能性のあった運命の分かれ道の果てだ。ギランに出会わなければ、自分もあの子供達の仲間入りをしていたのかもしれないのだから。
つい先ほどまでの旅行気分は何処へやら、俯く薫の肩をギランが叩いた。
「どうした、カオル?あんまり余所見すんなよ。俺様から離れると恐いおじさんに連れてかれちまうぜ?」
「ば、バカにしないで下さいよ。それに、自分の身くらい自分で守れます」
見下ろしてくるギランに、我に返った薫はベルトの左腰に直接差し込んだ木剣の柄を叩いてみせた。
斡旋屋に会いに行く道中、ギランがいれば荒事の心配は無いだろうとはいえ、万が一のことも十分有り得る。そのため、薫はコーラルとの模擬戦で使用した木剣を護身用として携帯していた。
実のところ、アルト達からは短剣などを薦められていたのだが、平和な国で生まれ育った薫が護身のためとはいえ躊躇なく人を刺せるはずもない。慎んで遠慮していた。
「ところでギランさん、その斡旋屋さんってどんな人なんですか?」
ふと、気になった薫はギランにそう尋ねていた。これから会う斡旋屋という人物について、薫は何も知らない。傭兵団との関わり深い人物であれば、恐らく一筋縄ではいかない人格者なのだろう。まだ見ぬ虎の尾を踏む前に、せめて心構えは身に付けておこうというつもりであった。
「うん?ん~……何て言ったもんかな」
すると、ギランは悩んだように口ごもる。空へと視線を向けながら頬を掻き、とりあえず説明が纏まったらしく口を開いた。
「簡単に説明すりゃ、客商売やってるとは思えねぇほど態度が悪けりゃ口も悪い。金勘定にもうるせぇし、気が短くて一度機嫌を損ねりゃ数ヶ月は仕事を回さねぇ。仕事とはいえ、関わりたくねぇって奴が大半なんじゃねぇかな」
「うわ……もしかしなくても、結構恐い人なんですか?」
薫の脳裏に、彼にとって恐怖の象徴とも言える悪鬼羅刹の如く怒り狂う祖父の顔が浮かぶ。祖父ほど気性の荒い知的生命体はなかなかお目に掛かれるものではないとは思うが、それを凌駕するほどの人物であれば恐怖のあまり卒倒してしまうかもしれない。
想像力が逞しくなりすぎて勝手に恐怖する薫だったが、その頭にギランの手が置かれた。
「なぁに、心配すんな。話してみゃ意外と気の良い奴だぜ。性格に少々難はあるけどよ、客を見る目利きと交渉術は信用できる。俺達みたいなのを相手にしなきゃならねぇんだから、それだけ肝が据わってるくらいがちょうど良いんだ。お前なら多分、気に入られると思うぜ」
「そうだと良いんですけど……」
ギランの信用がどこまで信じられるかはわからないが、薫にはそうであることを祈るしかない。先ほどよりも少々足取りが重くなる薫だったが、とある建物の前でギランは足を止めた。
「着いたぜ。ここがそいつのいる店だ」
「ここって……え、ええっ!?」
薫がギランの隣に追い付いて目にしたもの。それは、この辺りでは一際大きい真っ白な石造りの四階建ての建物。どこぞの宮殿のような外観の建物の入り口には、否が応でも目立つ色彩と派手な装飾の施された大きな看板を掲げられ、その下では華やかなドレスと艶やかな化粧を施した美しい女性達が道行く人々に声を掛け、立ち止まった男の腕に自らの腕を絡めて建物の中へと消えていく。
ここは所謂、金銭と引き換えに男が美女と一時の逢瀬を楽しむ娼館というところなのだろう。何故こんなところに来てしまったのかと薫が困惑する一方、店を見つめるギランの表情は心なしか晴れやになっているような気がする。
「あの、ギランさん?まだ日も高いですし、いくらなんでも早すぎると思うんですけど。アルトさんに怒られますよ?」
「何言ってんだ。ここには用があって来たんだろうが。おらっ、さっさと行くぞ。男が娼館の前で芋引いてんじゃねぇよ。堂々としろ、堂々と」
「あ、ああっ、待って下さい!まだ心の準備が……!」
ギランによって腕を引かれ、完全に腰の引けていた薫は強制的に娼館の中へと連行されていった。
初めて街を訪れた昨日はいろんな出来事が起こりすぎてあまり街の情景を満喫する余裕は無かったが、今回はよくよく街の情景を観察出来た。
早い話が、平和な街である。そこにはファンタジー物の設定にありがちな勇者と魔王の戦いも、国家間の争いも何もない。街に住む人々、または街を訪れた人々がそれぞれの生活を送り、その平和を享受していた。
しかし、薫は元の世界とのカルチャーショックのようなものを感じずにはいられなかった。
黒鉄の大きな檻を引く馬車。その中には、ボロ布のような服を纏う薫と同じくらい、もしくはさらに幼い男女の子供達が乗せられ、虚ろな瞳が格子越しに街を見つめている。奴隷制の撤廃された薫の世界ではまず見られない光景であり、その中の一人の少女と目が合った瞬間、薫は思わず目を背けていた。
あの子供達は、薫が辿る可能性のあった運命の分かれ道の果てだ。ギランに出会わなければ、自分もあの子供達の仲間入りをしていたのかもしれないのだから。
つい先ほどまでの旅行気分は何処へやら、俯く薫の肩をギランが叩いた。
「どうした、カオル?あんまり余所見すんなよ。俺様から離れると恐いおじさんに連れてかれちまうぜ?」
「ば、バカにしないで下さいよ。それに、自分の身くらい自分で守れます」
見下ろしてくるギランに、我に返った薫はベルトの左腰に直接差し込んだ木剣の柄を叩いてみせた。
斡旋屋に会いに行く道中、ギランがいれば荒事の心配は無いだろうとはいえ、万が一のことも十分有り得る。そのため、薫はコーラルとの模擬戦で使用した木剣を護身用として携帯していた。
実のところ、アルト達からは短剣などを薦められていたのだが、平和な国で生まれ育った薫が護身のためとはいえ躊躇なく人を刺せるはずもない。慎んで遠慮していた。
「ところでギランさん、その斡旋屋さんってどんな人なんですか?」
ふと、気になった薫はギランにそう尋ねていた。これから会う斡旋屋という人物について、薫は何も知らない。傭兵団との関わり深い人物であれば、恐らく一筋縄ではいかない人格者なのだろう。まだ見ぬ虎の尾を踏む前に、せめて心構えは身に付けておこうというつもりであった。
「うん?ん~……何て言ったもんかな」
すると、ギランは悩んだように口ごもる。空へと視線を向けながら頬を掻き、とりあえず説明が纏まったらしく口を開いた。
「簡単に説明すりゃ、客商売やってるとは思えねぇほど態度が悪けりゃ口も悪い。金勘定にもうるせぇし、気が短くて一度機嫌を損ねりゃ数ヶ月は仕事を回さねぇ。仕事とはいえ、関わりたくねぇって奴が大半なんじゃねぇかな」
「うわ……もしかしなくても、結構恐い人なんですか?」
薫の脳裏に、彼にとって恐怖の象徴とも言える悪鬼羅刹の如く怒り狂う祖父の顔が浮かぶ。祖父ほど気性の荒い知的生命体はなかなかお目に掛かれるものではないとは思うが、それを凌駕するほどの人物であれば恐怖のあまり卒倒してしまうかもしれない。
想像力が逞しくなりすぎて勝手に恐怖する薫だったが、その頭にギランの手が置かれた。
「なぁに、心配すんな。話してみゃ意外と気の良い奴だぜ。性格に少々難はあるけどよ、客を見る目利きと交渉術は信用できる。俺達みたいなのを相手にしなきゃならねぇんだから、それだけ肝が据わってるくらいがちょうど良いんだ。お前なら多分、気に入られると思うぜ」
「そうだと良いんですけど……」
ギランの信用がどこまで信じられるかはわからないが、薫にはそうであることを祈るしかない。先ほどよりも少々足取りが重くなる薫だったが、とある建物の前でギランは足を止めた。
「着いたぜ。ここがそいつのいる店だ」
「ここって……え、ええっ!?」
薫がギランの隣に追い付いて目にしたもの。それは、この辺りでは一際大きい真っ白な石造りの四階建ての建物。どこぞの宮殿のような外観の建物の入り口には、否が応でも目立つ色彩と派手な装飾の施された大きな看板を掲げられ、その下では華やかなドレスと艶やかな化粧を施した美しい女性達が道行く人々に声を掛け、立ち止まった男の腕に自らの腕を絡めて建物の中へと消えていく。
ここは所謂、金銭と引き換えに男が美女と一時の逢瀬を楽しむ娼館というところなのだろう。何故こんなところに来てしまったのかと薫が困惑する一方、店を見つめるギランの表情は心なしか晴れやになっているような気がする。
「あの、ギランさん?まだ日も高いですし、いくらなんでも早すぎると思うんですけど。アルトさんに怒られますよ?」
「何言ってんだ。ここには用があって来たんだろうが。おらっ、さっさと行くぞ。男が娼館の前で芋引いてんじゃねぇよ。堂々としろ、堂々と」
「あ、ああっ、待って下さい!まだ心の準備が……!」
ギランによって腕を引かれ、完全に腰の引けていた薫は強制的に娼館の中へと連行されていった。
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