上 下
4 / 9

3

しおりを挟む
 アデルの居住区が空襲を受けたあの日、大雨の中、足元から跳ね返る泥水で服を汚しながら、僕はアデルの元へ走った。全力で走った。血に染まった少女の髪の毛は、白髪の面影もなく、直撃こそ免れたが、窓の近くにいたため、身体の右半分に大量のガラスが刺さり、病院へ送られた。それ以来、連絡が付かず、会っていない。これは、そんな少女が、最後に僕に言った言葉だ。
──ルイ、パイロットになれ。例え、私が飛行機に殺されても──。
アデルの声が聞こえる。
「……アデル……アデル……」
寝言を言うルイに、古春はゲンコツを飛ばした。
「……ふがっ。寝てる人間に何するんだ……」
古春は腕組みをしてルイを上から見下ろした。
「大声出しても起きないんだから、しょうがないだろ!それより、遅刻寸前だよ!私は先に行く。」
時計を見てルイは慌て始めた。朝食を食べる時間などない。急いで飛行服に着替えて滑走路に走った。滑走路に着く頃には、ハアハアと息を切らしていた。長官が問う。
「何故、息を切らしている?」
「いえ、なんでもありません!」
ルイはピシッと姿勢を正した。相変わらず長官の威圧感は異常だ。
「そうか。なら、今から任務について説明する。まず、貴様らは比良ノ邦へまで飛べ。そこに、味方の飛行場がある。そこで飛行機を乗り換えバンデールへ迎え。比良ノ邦産の飛行機なら、バンデールへの入国時に怪しまれる事もないだろう。分かったか。」
ルイと古春は長官に敬礼し、飛行機に乗り込んだ。健闘を祈る、そう言うかのように、長官も敬礼した。
「飛行準備完了。いくぞ。」
飛行機はふわりと宙に浮き、あっという間に高度五千メートルに到達した。ルイと古春が今乗っている飛行機は、ライラ・デ・アイルという、小型の複座、複葉機だ。その青い機体は、空に溶け込み、彗星の如く空を舞う。その姿は、この果てしない青空の一部になったようにも感じられる。そう、僕達パイロットと同じだ。リアレスには、人は死後空に帰る、という大昔からの言い伝えがある。パイロット達は、皆それを信じて空で散っていく。ここが彼らの、生きる場所であり、墓場なのだ。
 そういえば、今日、何か夢を見た気がする。小さな女の子が、血を流していて、確か、瞳が青かった…。
「……アデル!」
また、鼻の奥でアデルの匂いが充満してきた。僕は、操縦バーを固く握りしめ、操縦の方に意識を向けた。飛行は順調に進み、ライラ・デ・アイルは、海猫を従えながら、日が落ちる頃、比良ノ国リアレス第一飛行場兼パイロット養成学校に着陸した。


 比良ノ邦は、リアレスと同じく、珍しい事に四季がある。だが、リアレスが夏の時、比良の邦は冬、という感じで、リアレスとは季節が逆である。それに加えて、気温が変わりやすく、"1日の中に四季がある"とも言われている。と、いう事で。
「さっむーい!」
古春はあまりの寒さに声を上げ、身震いした。飛行服が長袖であることが唯一の救いだ。今にも雪が降り出しそうな、肌にツンと刺さる寒さだった。かじかむ指先を温めるためルイは手を擦り合わせた。しばらくすると、軍服を着た若い女がこっちまで歩いていた。
「あなた方を待っていました。話は聞いています。さあ、こちらへ。」
ルイと古春は女に続いて歩いた。辿り着いた先はストーブの効いた事務室だ。それでも体は外側しか温まらず、ルイは比良の国の冬の厳しさを理解した。
「申し遅れました。私、田中由依と言います。」
由依は3秒間お辞儀をした。
「温かい飲み物をお持ちします。」
そう言って由依は、手際よくポットに緑の葉を入れ、水を注ぎ火にかけた。森林の中にいるかのような、爽やかな匂いが、事務室に広がった。初めて嗅ぐ匂いだが、いい匂いだ。ルイは、コップに注がれた、少し黄色みを帯びた薄緑の液体を見て、言った。
「これは、なんと言う飲み物ですか。」
「比良の邦にいらしたのは初めてですか?これは、颯茶(そうちゃ)と呼ばれるものです。颯の葉を乾燥させたものを、水で煮立たせて作ります。」
ルイは恐る恐る颯茶を口に含んだ。
「に、苦……」
と、思わず口に出してしまった時に、机の下で古春に足を思いっきり踏まれた。
「いえ、なんでもありません!」
古春は颯茶を普段から好んで飲んでいた。比良の国の文化とは、理解し難いものだ、とルイは思った。
「時間も押してきていますので、本題に入りましょうか。」
さっきまで穏やだった事務室が、一気に緊張感に包まれた。
「作戦はこうです。まず、バンデールの監視が少ない、雨催イ海上空を真っ直ぐに飛行します。監視が少ない代わりに、雨催イ海上空は天候が荒れやすいため、気をつけてください。可成島が見えたら、北北東へ曲がり、こちらも同様、監視が少なく、入国基準の緩いラール半島からバンデールに入国します。ここまでは、宜しいですか?」
ルイと古春は頷いた。
「重要な話はここから。ジャンヌ・アベラール皇妃暗殺の任務は、この基地の中でも私と他数名しか知らない極秘任務です。あなた達が乗る飛行機が完成するのは1ヶ月後。それまで、ホテルを転々とする訳にもいきません。なので、これから1ヶ月間、リアレスからの留学生として、お二人にはここ、飛行場に隣接された、桜坂養成学校で過ごしていただきます。いいですか、くれぐれも、作戦が外部に漏れないようにしてください。では、早速寮へご案内します。」
ルイと古春は、由依の案内の元、寮へ向かった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子

ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。 Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

[R18] 激しめエロつめあわせ♡

ねねこ
恋愛
短編のエロを色々と。 激しくて濃厚なの多め♡ 苦手な人はお気をつけくださいませ♡

【完結】【R18百合】会社のゆるふわ後輩女子に抱かれました

千鶴田ルト
恋愛
本編完結済み。細々と特別編を書いていくかもしれません。 レズビアンの月岡美波が起きると、会社の後輩女子の桜庭ハルナと共にベッドで寝ていた。 一体何があったのか? 桜庭ハルナはどういうつもりなのか? 月岡美波はどんな選択をするのか? おすすめシチュエーション ・後輩に振り回される先輩 ・先輩が大好きな後輩 続きは「会社のシゴデキ先輩女子と付き合っています」にて掲載しています。 だいぶ毛色が変わるのでシーズン2として別作品で登録することにしました。 読んでやってくれると幸いです。 「会社のシゴデキ先輩女子と付き合っています」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/759377035/615873195 ※タイトル画像はAI生成です

生贄にされた先は、エロエロ神世界

雑煮
恋愛
村の習慣で50年に一度の生贄にされた少女。だが、少女を待っていたのはしではなくどエロい使命だった。

【R-18】クリしつけ

蛙鳴蝉噪
恋愛
男尊女卑な社会で女の子がクリトリスを使って淫らに教育されていく日常の一コマ。クリ責め。クリリード。なんでもありでアブノーマルな内容なので、精神ともに18歳以上でなんでも許せる方のみどうぞ。

校外学習の帰りに渋滞に巻き込まれた女子高生たちが集団お漏らしする話

赤髪命
大衆娯楽
※この作品は「校外学習の帰りに渋滞に巻き込まれた女子高生たちが小さな公園のトイレをみんなで使う話」のifバージョンとして、もっと渋滞がひどくトイレ休憩云々の前に高速道路上でバスが立ち往生していた場合を描く公式2次創作です。 前作との文体、文章量の違いはありますがその分キャラクターを濃く描いていくのでお楽しみ下さい。(評判が良ければ彼女たちの日常編もいずれ連載するかもです)

【R18】僕の筆おろし日記(高校生の僕は親友の家で彼の母親と倫ならぬ禁断の行為を…初体験の相手は美しい人妻だった)

幻田恋人
恋愛
 夏休みも終盤に入って、僕は親友の家で一緒に宿題をする事になった。  でも、その家には僕が以前から大人の女性として憧れていた親友の母親で、とても魅力的な人妻の小百合がいた。  親友のいない家の中で僕と小百合の二人だけの時間が始まる。  童貞の僕は小百合の美しさに圧倒され、次第に彼女との濃厚な大人の関係に陥っていく。  許されるはずのない、男子高校生の僕と親友の母親との倫を外れた禁断の愛欲の行為が親友の家で展開されていく…  僕はもう我慢の限界を超えてしまった… 早く小百合さんの中に…

処理中です...