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21.ギルドに行く②

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「あの、少し宜しいですか?」

 並んで歩いていると、突然背後から聞き慣れない声が響いてきた。
 反射的に後ろを振り返ると、そこには初老の男が立っていた。
 先程の質の悪そうな冒険者とは違い、貴族が着るような身なりの良い服装をしている。
 それに柔らかい口調であったため、少しだけほっとした。

「失礼ですが、貴方様は……」
「……ああ」

「やはり、そうでしたか!」
「今は少し事情があって姿を変えているんだ」

 二人は知り合いのような口ぶりで会話を進めていく。
 私は二人の会話に入り込むことが出来ず、ただ眺めているだけだった。

「こちらで話すのもなんですし、奥へどうぞ」
「そうして貰えると、こちらとしても助かる。その前に、狩った魔物を売りたいので先に行って来ても構わないだろうか? どうせ解体には時間がかかるだろうからな」

「勿論です。それでは、手続きが終わりましたら奥の部屋までお越しください。そちらのお客様もご一緒で構いませんよ」
「は、はいっ」

 初老の男はにっこりと愛想の良い笑みを向けてきたので、私は慌てるように答えると小さく頭を下げた。
 男は柔らかく微笑むと「それでは失礼します」と言って奥へと消えていった。

「今のはここのギルド長だ。私の正体も知っている。それから……、あの男もセラと同じく鑑定眼を所持していたな」
「ぎ、ギルド長!? 今のおじいさんが?」

「おじいさん、か。くくっ、たしかに間違いはないが……」
「……っ!?」

 突然ユーリは可笑しそうに笑い出した。

「ああ、悪い。あの男の名はザイール。大分老いぼれたが、昔はS級冒険者として世界に名をとどろかすような存在だったんだ。それに我が国の専属護衛としても務めてくれた。さらに言えば私の師匠だな」
「そんなにすごい人だったんだ……」

 優しいおじいさんという印象だったので、上手くイメージが出来なかった。
 それから、私と同じ鑑定眼を持っているということも気になっている。
 もし同じ能力持ちならば、私のステータスも覗かれていたのかもしれない。
 錬金術∞という特殊なスキルを持っていることがバレたら……と思うと困惑してしまう。
 ユーリの知り合いだから悪い人ではないとは思うが、少し警戒しておいた方がいいのかもしれない。

「どうした? そんなに戸惑った顔をして」
「ユーリの正体を見破られてしまったけど、大丈夫なんでしょうか……」

「ここに来た時点で、私の正体が気付かれることは想定済みだ。いくら容姿を変えても、鑑定眼を持っている人間には情報が筒抜けだからな。だが、そうなることを望んでいたと言えば分かりやすいか?」
「それじゃあ、さっきの騒ぎもわざと……?」

 ザイールに会うために、ここを訪れたということなのだろう。

「あれは違う。いやしい目でセラのことを見ている者がいたからな。ああ、言っておけば近づく心配も減るかと思った」
「……っ!」

 彼は相変わらず当然のようにサラリと言ってくる。
 まるで独占欲を向けられている気分になり、変に勘違いしてしまいそうだ。
 私の頬は簡単に熱に支配されていく。

「セラは本当に分かりやすい反応をして可愛いとは思うが……、少し心配になる」
「え?」

「利用しようと考えている者は、そういった人間をターゲットに選びやすいからな。王都とは違い、ここは警備もそれ程行き届いてはいないから、さっきのような荒くれ者も多い。だが、常に私が傍に付いていれば問題ないだろう。だからセラは何も心配する必要なんてないからな」

(弱い部分を見せたら、つけ込まれるってことだよね。なるべく気を付けよう……)

 彼の言葉は私に安心感を与えてくれる。
 それがとても心強く胸に届き、不安を消し去ってくれる。
 だけど、いつまでも彼に甘えてばかりもいられない。
 この世界にはまだ慣れていないから仕方ない部分もあるが、もう少ししっかりしなければ。

「どうした? 今の言葉では安心には足りなかったか?」
「ち、違っ……、顔が近過ぎますっ!」

「仲の良い兄妹と周囲には伝えたのだから、今更何も問題はないだろう」 
「……っ」

 今は兄妹という言葉を、彼の口からは聞きたく無かった。
 その言葉を聞くと、同時に『恋人には見えない』と言われたことを思い出してしまうからだ。
 込み上げてくるものを耐えるために、私は掌をぎゅっと握りしめて困ったような笑顔を必死に作った。

「髪の色が同じなだけで、兄妹に見られちゃうなんて便利ですよね」
「興味のないものには、然程感心は向けられないからな。だから簡単に受け入れられる。だけど、こんな設定は不要だったな。失敗した」

「え……? どういう意味ですか?」
「設定を偽らず、ありのままの関係でも良かったのだと思ってる。少しやりづらさを感じるからな」

 彼の言っていることが良く分からない。
 私が不思議そうな表情で眺めていると、彼の口元が小さく緩んだ。

「今の私達は、どこから見ても恋人にしか見えないだろう」
「こ、こ、恋人!? 誰が?」

 先程とは真逆なことを言われ、私は戸惑いを隠せずに慌ててしまう。

「何を言っているんだ。今話しているのはセラだぞ。他に誰がいる」
「だって、恋人だなんて……、そんなっ」

 私が慌てながら答えていると、ユーリは困ったように深くため息を漏らした。
 そして不満そうな顔を向けられて、私はドキッとしてしまう。

「昨日のこと、忘れてないよな?」
「忘れるわけ、ないよ……。だって、私初めてだったし……」

 昨日のこととは、私達が体を重ねたことを言っているのだろう。
 思い出して体中が火照っていくのを感じながら、私は必死に言葉を紡いだ。

「ちゃんと覚えていたか。もし無かったことにでもされていたら、今晩は抱き潰して無理矢理にでも私との関係を認めさせていたところだ」
「……っ!? こんなところで変なこと言わないでっ!!」

 私は慌てるように辺りをきょろきょろと見渡した。
 そしてムッとした顔を向けて、彼の口元を手で塞いだ。
 これ以上こんな場所で変なことを言われたら、困るのは私になる。
 もう昨日みたいな恥ずかしい思いはしたくはなかった。

 しかし、いとも簡単に私の手を剥がされてしまう。
 指先に触れられた彼の体温を感じていると恥ずかしくなり、私は力を入れて手を引っ込めようとする。
 だけどしっかりと掴まれているので外れない。

(なんで……!?)

「必死になるお前の姿は本当に可愛らしいな。力で私に敵わないことは、既に分かっているのに。逃げようとするのは逆効果だぞ。私は絶対にセラを手放すつもりはないからな」

 彼は愉しそうな口調で話していたが、瞳だけは鋭かった。

「それって、どういう……」

 私の鼓動はバクバクと大きくなるが、彼はそれ以上私の質問には答えなかった。
 だけど、掴んだ手はいつの間にか指を絡ませるように繋がれていた。

 その後、解体所まで行き狩った魔物を預けてきた。
 全てが完了した後に、解体費用を差し引かれた分を受け取ることになる。 
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