上 下
60 / 87

60.護身術の訓練②

しおりを挟む
「リリア、耳に集中して」
「……はいっ」
 
 視界を遮られているため、私は手を前に伸ばしながら声のする方へとゆっくりと足を進めていく。
 手探りに伸ばした掌は先程から空をつかんでばかりで、未だになにも捉えられてはいない。
 アレクシスの声は確かに傍から聞こえているはずなのに、全く触れることが出来なかった。

「アレクシス様は、普段からこういった訓練をされているんですか?」
「今はしていないよ。昔、騎士団に入りたての頃に少しだけやったかな」

「初歩の訓練って感じなんですね」

 私はしれっと答えながら、耳を傾け歩みを進める。

(話しかけていれば、位置が特定しやすいかも……!)

 我ながら妙案だと思い、その後も話を続けていく。
 アレクシスは特に警戒することもなく、私の問いかけには返答してくれた。

「対魔物戦だと特に有効かな。時には想像してないような場所から、突如として現れてくることもあるからね」
「やっぱり魔物戦って大変なんですか?」

「んー……、どうかな。私はあまり大変だと感じたことはないかな」
「あ、はは、そうですよね」

 分かりきったことを聞いてしまい、私は乾いた笑いで流した。
 
(今のは完全に愚問だったわ。きっとアレクシス様の手にかかれば、苦戦なんて殆どないはずなのに……)

「リリアとお喋りしているのは楽しいけど、今は気配を感じとる訓練をしているんだよ。声にばかり気を取られていると……、簡単に隙を狙われてしまうかもしれないね」
「……え? ……っ!?」

 前方にいると思っていたのだが、不意に背後に気配を察知して私は慌てて後ろを振り返った。
 空中に手を伸ばしてみるが、何にもぶつからない。
 私は警戒するように顔を左右に動かした。

「今は私一人だけど、もしかしたら敵は複数潜んでいる可能性もあるからね。一人が囮で、こうやって背後から襲われることだってあるかもしれないよ」
「……っ、……ぁっ、耳だめっ」

 アレクシスは背後から私のことを捕まえると、耳元に息を吹きかけてきた。
 油断していたこともあり、思わず甘い声を漏らしてしまう。

「リリア、今は訓練中だよ。そんなに甘い声を出して……。ああ、もしかして誘惑して私を油断させようとしているの?」
「……ち、ちがっ……やめっ……んぅ」

 背後から伸ばされた腕が、私の体に絡みついているようで身動きが取れない。
 アレクシスは熱の篭もった舌先を私の耳に這わせ、ゆっくりと滑らせていく。
 視界が遮られていることもあり、耳に意識が集中してしまい、普段以上にゾクゾクしてきてしまう。

「相手を誘惑させるのは決して悪い手ではないとは思うけど、そんな甘い声……私以外の男に聞かせるなんて絶対に許さないよ」
「そんなこと、しなっ、い。おね、がい、だからっ、喋りながら耳、舐めない……っで、……んぅ」

 私は必死に言葉を繋ぎながら、耳から伝わる愛撫に耐えていた。

(なんでこんなことになっているの!? 訓練するんじゃなかったの……?)

「リリアがそう思っていたとしても、相手側もそうとは限らないからね。やはり公の場に出すのはやめておこうか」
「はぁっ……、アレクシスさ、まは、心配し過ぎ……っん」

「心配するのは当然だよ。リリアは私の宝物なのだからね」
「……っ」

「足がガクガクしているようだけど、立っているのが辛くなってきた?」
「……誰の、せいだとっ……」

 私の足は先程から力が抜けて、アレクシスの腕に掴まっていなければ、直ぐにその場に座り込んでしまいそうだった。

「決していじめているわけではないよ? リリアの弱点の克服を手伝っているだけ……」

 絶対にそんなことはないと思う。
 アレクシスのことだから、私を追いつめて楽しんでいるのだろう。
 先程から聞こえてくるアレクシスの声質は、どこか愉しそうに響いてくるのがその証拠だ。

「体が随分と熱くなってきているね。これはまた解放させないとダメかな?」
「……っ」

 その言葉が耳の奥に響いてくると、私はビクッと体を震わせた。
 今回のことは熱暴走ではなく、アレクシスが耳を責めたことで起こった生理現象だ。
 だけど、あの日のことを思い出すと更に体の奥がぞわぞわと熱くなっていくのを感じる。
 私はまた触れて貰えることに、期待しているのかも知れない。

「そうかも……しれないです」

 今なら全て熱暴走の所為に出来るはずだ。
 アレクシスは分かっていてそんなことを言っているのだとは思うけど、私の真意まではきっと読み取られていないはずだ。
 今は顔を向かい合わせることも出来ないのだから、表情を隠す必要もない。

 始めて抱かれたあの日のように、また幸福感に満たされたいと思ってしまった。
 きっとそれだけではない。
 初めて知ったあの甘美な世界を、もう一度味わってみたかった。

「それじゃあ、直ぐ傍のソファーに座ろうか。私が手を引いて歩いてあげるから、目隠しはそのままでね」
「……はい」

 きっと今の私の顔は、熱で浮かされるほど真っ赤に染まっているはずだ。
 目隠しで覆っていれば、多少は表情を隠すことが出来る。
 そうなれば私の羞恥心も少しだけ和らぐかもしれない。

「着いたよ。このままゆっくり座って」
しおりを挟む
感想 12

あなたにおすすめの小説

ヤンデレ旦那さまに溺愛されてるけど思い出せない

斧名田マニマニ
恋愛
待って待って、どういうこと。 襲い掛かってきた超絶美形が、これから僕たち新婚初夜だよとかいうけれど、全く覚えてない……! この人本当に旦那さま? って疑ってたら、なんか病みはじめちゃった……!

素晴らしきアフロディーテ

ニャン太郎
恋愛
とある国の王宮で、王太子とその婚約者リリアの婚約披露宴が行われていた。リリアは"絶世の美貌"と称され、まだ幼さが残りつつも既に妖艶さも兼ね備えた美少女であった。王侯貴族もリリアの美しさに惚れ惚れし、披露宴は大いに盛り上がっていた。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

一年で死ぬなら

朝山みどり
恋愛
一族のお食事会の主な話題はクレアをばかにする事と同じ年のいとこを褒めることだった。 理不尽と思いながらもクレアはじっと下を向いていた。 そんなある日、体の不調が続いたクレアは医者に行った。 そこでクレアは心臓が弱っていて、余命一年とわかった。 一年、我慢しても一年。好きにしても一年。吹っ切れたクレアは・・・・・

旦那の真実の愛の相手がやってきた。今まで邪魔をしてしまっていた妻はお祝いにリボンもおつけします

暖夢 由
恋愛
「キュリール様、私カダール様と心から愛し合っておりますの。 いつ子を身ごもってもおかしくはありません。いえ、お腹には既に育っているかもしれません。 子を身ごもってからでは遅いのです。 あんな素晴らしい男性、キュリール様が手放せないのも頷けますが、カダール様のことを想うならどうか潔く身を引いてカダール様の幸せを願ってあげてください」 伯爵家にいきなりやってきた女(ナリッタ)はそういった。 女は小説を読むかのように旦那とのなれそめから今までの話を話した。 妻であるキュリールは彼女の存在を今日まで知らなかった。 だから恥じた。 「こんなにもあの人のことを愛してくださる方がいるのにそれを阻んでいたなんて私はなんて野暮なのかしら。 本当に恥ずかしい… 私は潔く身を引くことにしますわ………」 そう言って女がサインした書類を神殿にもっていくことにする。 「私もあなたたちの真実の愛の前には敵いそうもないもの。 私は急ぎ神殿にこの書類を持っていくわ。 手続きが終わり次第、あの人にあなたの元へ向かうように伝えるわ。 そうだわ、私からお祝いとしていくつか宝石をプレゼントさせて頂きたいの。リボンもお付けしていいかしら。可愛らしいあなたととてもよく合うと思うの」 こうして一つの夫婦の姿が形を変えていく。 --------------------------------------------- ※架空のお話です。 ※設定が甘い部分があるかと思います。「仕方ないなぁ」とお赦しくださいませ。 ※現実世界とは異なりますのでご理解ください。

アルバートの屈辱

プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。 『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

×一夜の過ち→◎毎晩大正解!

名乃坂
恋愛
一夜の過ちを犯した相手が不幸にもたまたまヤンデレストーカー男だったヒロインのお話です。

それぞれのその後

京佳
恋愛
婚約者の裏切りから始まるそれぞれのその後のお話し。 ざまぁ ゆるゆる設定

処理中です...