京に忍んで

犬野花子

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第一章

密会

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 昭陽舎、別名梨壺とそのすぐ北にある昭陽北舎は東西にそれぞれ渡殿で繋がっており、物音はその東側から聞こえてくる。

 タキの他にも梨壺の若い女房がふたり、この北舎を使っているがそれは南廂への一部であることを知っているので北廂から回っていくことにした。

 普段この建物は使われていないので、北廂と東廂の間仕切りは壁代という厚い布で区切られているだけで、ボソボソと人の話し声が届く。
 慎重に布の切れ目から覗き込むと、髪の長い女の姿がふたり見えた。

 ひとりは顔がこちら側で背の高い女を見上げるよう喋っているが、それは格子から漏れる薄明かりでもわかった、頼子である。
 何事か神経質そうに捲し立てているようだ。
 背の高い女の顔はこの場所から見えないが、特に言い返すでもなく静かに佇んでいる。
 頼子は言いたいことを言い終えたのか、女を残してその場を後にした。

 その背中を見送って数歩あゆみ、開かれた格子から外を眺めて溜息をついた女の横顔に、タキは驚いた。まるで絵物語のように美しい女だったのだ。憂いを帯びた瞳を、ぼんやりと外へ向けているその姿はあまりにも白く透明で儚い。

 状況を忘れ見惚れていると、ふいっとその顔と視線があった。
「あっ」
 タキが思わず声を出すと、その女は不思議そうに見つめ音もなく近づいてきた。
 我に帰った時には腕を取られ、壁代から引っ張り出されてしまった。

「かわいらしい、鼠ですね。こんなところで何をされてるのです?」
 その声にタキはさらに驚き目を見開く。この美しい女から出てくるには似つかわしくない低い声は、まるで男の声であった。

「……え? 男?」
 そのタキの無防備な問いに、女と間違われていた男は一瞬間を開けた後、クスリと笑った。
「ええ、よく間違われますけど、男です」

 改めて見ると、確かに見上げるほどの背の高さと、喉元の男らしさ、狩衣姿であった。
「し、失礼いたしました! あまりにも美しい方だったものでっ」
「ふふっ、褒め言葉として頂きましょうか。……さて、かわいい鼠さんはここで何を?」
 タキはごくりと喉を鳴らした。
「寝付けないでいると、物音が聞こえましたので……物騒なことが続いてたもので、つい……」
「頼子殿の女房ですか?」
「は、はいっ」

 男はタキの腕を掴んだまま、じいいっと上から下まで見つめる。
「……随分と……逢瀬の最中でしたか?」
「え?」
 一瞬何を言われたのかわからずキョトンとしていたが、男の視線が自分の女房の寝姿にしては軽装すぎる格好であったことに気付き、「きゃっ」としゃがみこむ。自分は大丈夫なのだが、貴族達はそうは思わない。

 しかし男は、違う所に視線が捕らわれたかのように凍りついていた。
 左腕を捕まれたまましゃがんだ拍子にひとえからスルスルと晒されたその腕に巻き付いた物に。
 しかしそれも一瞬のことでタキが男を見上げた時には、先ほどと変わらぬ様であった。

 ゆっくりと男も腰を屈めて真正面からタキを見つめる。
「本当に、頼子殿の女房で?」
「は、はい……」
「そうですか……」
 男は視線を外さない。
「わたしに見覚えはないですか?」
「え?」
 タキは瞳を瞬かせた。
 こんなに美しい人ならまず忘れようにも忘れる訳もない。だが、タキには自分の知らない過去があることも事実だ。そして里の者だとバレても良くない。
 緊張で体から汗が流れる。

「……いえ、申し訳ございません……。私をご存知なのですか?」
 恐る恐る答えると、男は反対に緊張感なくフワリと笑った。
「いえ、わたしの思い違いでした」
「あの……あなたは、どちらの方ですか? 頼子様とは?」
「わたしは、ここで、陰陽師というものをしています」
「陰陽師?」
「ええ。頼子殿は云わば、お客様ですかね。個人的な占いを頼まれたり、寝付けないということで呪を施したり、あとは……」
 男は試すかのように瞳を細めた。
「ご所望された薬を手配したり」

 タキは息を呑んで男を見つめ返した。
 “ご所望された薬”……それはすなわち……?

 動きを止めてしまったタキにクスッと笑いかけると、ずっと掴んでいた手を離し、自分の懐から小さく折り畳まれた懐紙を取り出した。
 そしてそれをタキの単の合わせ目にゆっくり差し込む。
「これが、その薬です。どうぞご自由にお使いください」
 ハッとして胸に手をやる。
「な、なぜ? これをわたしに……?」
 男は首をすくめる。
「なぜでしょうか……。あなたを応援したくなったのかもしれませんね」
「応援?」
「わたしの名は、月乎つきやと申します。弓削ゆげの月乎。あなたの名は?」
「……小滝」
「小滝……。では、小滝殿。わたしのことは、秘密にしてくださいね。それがこれをあげる条件ですよ」
「え……じゃ、じゃあなぜ名を?」
 月乎は微笑んだ。
「また会うことになるからです」
 そう言って、スクッと立ち上がると格子を抜け闇夜に紛れてしまった。

 しばらく何事が起きたのかわからず放心状態で座り込んでいたが、気を取り直して開かれたままの格子を閉じ、自分の部屋に戻る。
 燈台に火を灯して、じっと手元の懐紙を見つめるが、やがてゆっくりとそれを開いた。灰色がかった粉を指先で擦り付け粒の大きさを確認してから鼻に近づけ匂う。

(やっぱり、里でも風太郎と作ったことのある、頭眩ずげんを起こすものだわ)

 そして、桐壺での食事や水に溶かされていたものと同じものでもあった。


 2日に1度、夜半に忠明と、今は誰も使っていない桐壺で会うことになっている。昼間は梨壺の女房達の目もあり、会話することもままならないからだ。

「これを、どこで?」
 タキは聞かれるであろう質問に用意したもので答えた。
「昨夜、頼子様が何者かから手渡されていました。慌てていたようで、落としたものを拾ったのです」
「相手はどのような者でしたか?」
「……すみません……あまり近づくことができませんでしたが、男でした」
「そうですか」
 忠明は考え込むように顎に手をつき頭を巡らせていた。

 そして溜息をつく。
「頼子殿……なんてことをしてくれたのでしょう……」
 思ったよりも忠明は参っているようだった。
「……大丈夫ですか?」
 タキのその言葉にニコリと微笑んだ。
「心配してくれるのですか?」
「え? ええ、一応……」
 そっぽを向いてはぐらかすようにすると、またクスクスと忠明は笑う。
「小滝殿、ひょっとしてわたしを警戒してます?」
「え?」
「わたしとここで会う時、ちゃんと衣を着けているので」
 みるみる顔を染めていくタキを面白そうに見つめながら手を伸ばして頬をなぞる。
「あ、あの……これが普通なのですっ。今までがちょっと、動き易いようにと、してたことなのでっ」
「ふうん……。普通だなんて、あなたらしくない。わたしの前ではいつも通りでいいのに」
「なっ! ですからっこれが私の普通でございます!」

 スイッと忠明は小滝の背後に回り込み腕の中に引き寄せ密着すると、右手をスルスルと単の合わせ目の中に差し込んだ。
「たっ、忠明様っ?!」
 すぐにその手はタキの豊かな左胸にたどり着き、やわやわと感触を確かめるように動く。
「……危ないことは、してませんね?」
 耳元で囁く吐息の熱さにぶるりと震える。タキはコクコクと頷いた。
 胸の頂きを指先でクリクリと弄られタキの口から吐息が漏れると、つつつと忠明は舌先で右耳朶をなぞった。
「あっ」
 さらに左手が袴の紐をほどいて潜り込むと、幾重にも重ねられた袿を掻き分けて、タキの秘めやかな部分に辿り着く。

「ご褒美、欲しいですか?」
 その囁きとともに耳朶を食され、ちゅうちゅうと音を立てる。
 一気に火照る身体をモジモジと動かしながらもなんとか理性を保とうとするタキだが、忠明は構わず強く胸の先端をつねる。
「あんっ!」
 左手の指先はわざと敏感な芽を避けるようにすぐ横を通りすぎる。
「どうしましょうか……。欲しくないですか? これ」
 グリッと強く芽の上を掠めてまた周囲をつたっていく。
 身体は素直にビクリと反応する。
 忠明はふっと笑った。
「嫌なら言ってくださいね。……でも、これはご褒美ですから……ね」

 今度は遠慮なく左手が秘裂を辿るように上下に動く。
「あっあのっ……」
 訴えようと首を捻ると待ち構えていたかのように唇が塞がれる。下唇と上唇と順に食されると舌先がゆっくりと侵入して蠢く。
 その間も胸は揉まれつつ指先が器用に先端をカリカリと擦る。

「んんっ……」
 抵抗も理性も取り除くようにどんどん熱をもたらすその行為にタキは溺れてしまう。

 すぐにトロトロしたもので忠明の指先は濡れ、そのまま滑りをよくした指先はクリクリと芽を潰す。
「んっ! はあっ」
 苦しくて唇を離すと、首筋を舐められ、どこにも逃げ場がないことを知る。
「すごく……濡れてますね……気持ち良いですか?」
 指は秘裂に戻り、つぷりと秘穴に埋め込まれる。くちくちと音がタキの耳にも届く。
「……は、い……」
「……」
 指は急に動きを速めて襞を擦るように強く抽挿する。
「あっあっあっ」
 タキはたまらず忠明の腕を掴むが、そのせいでその淫らな腕の動きを知ることになってしまう。

 呆気なくビクビクと快感にうちひしがれてクタリと背中を自分に預けるタキを、忠明は上からじっと見下ろし呟いた。
「……困った人だ……本当に」




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