猫舌ということ。

結愛

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再会

第93話

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乱雑に置かれたサンダルをテキトーに履き、屋上へ足を踏み出す。
高校の屋上か!って言うほどは広くはないが
一般人が所有する一軒家でこの屋上の広さはおかしい。と思うほどには広かった。
「ひっろ!!」
本日何度目なのかわからない鹿島の「ひっろ!」が飛び出る。
ガーデンテーブルやガーデンチェア。
この時期だからか、パラソルが閉じられたビーチパラソル付きのテーブルも置いてあった。
他にもビーチベッドも5台ほど置いてあった。
「真夜中屋上上がって、ベッドに寝ながら、タブレットでMyPipe見たり映画見たりしてる」
「エグいな!!」
「そっか。よく考えたらあんま泊まったことないじゃん。オレ」
「あぁ、そっか。怜夢ん家にはよく泊まり行ったけど」
「そうな?恐縮すぎて1回くらいじゃん?マジで」
「じゃあ、ほぼ童貞だ?」
「あら、じゃあ童貞卒業の場にオレもいるなんてコーフンしちゃう」
鹿島がビーチベッドに寝転び、肘をつき、手にこちらを向けた顔を乗せながら言う。
「いや、だから1回は泊まってんだって。だから童貞じゃねーの。
あと勝手にコーフンすんな変態め」
「まあまあ。2人も寝なさいな」
いつのまにか鹿島がビーチベッドを3台並べていた。
僕と匠はそのビーチベッドに寝転がり「川」の字になる。
「いやぁ~マジいいな!贅沢してるぅ~って感じ」
「旅行してないのに旅行してる気分」
「わかるわぁ~」
「オレにとってはこれが日常だからなぁー」
「「これが日常はヤバい」」
鹿島とハモリ3人で笑う。お互い顔を見ずに空を見ながら話す。
「でも旅行行きたいかも」
「お?」
「いや、オレ旅館の雰囲気好きなのよ」
「あ、わかるわ!」
「わかるわかる」
「でもほら、オレの父母はあれじゃん?」
「あれって?」
「あ、京弥には言ってなかったか」
「匠のご両親、2人とも社長さん」
雲が徐々に形を変えながら流れて行く。鹿島がなにも言なくなったので右側の鹿島を見る。
鹿島はなんとも言えぬ表情で固まり、空を見ていた。
「おーい鹿島」
その鹿島の様子に笑いながら鹿島を呼ぶ。
「…はぁ~。そりゃこんな豪邸建てられるわけだ?」
「そゆこと」
「で、父母があれで、忙しいからオレが中学に上がってからかな?
全然旅行行ってないからさ」
いろいろな事情を汲み取り、僕と鹿島は黙り込む。
「みんなで旅行行きたいなぁ~って!」
しばし沈黙が訪れる。
「よしっ!」
鹿島が上半身を起こす。
「行こう!みんなで!夏休みにでもさ!」
鹿島が元気に雑なプレゼンをする。
「いいかもな!大学生の夏休みは長いし!」
僕も鹿島の案に乗り、上半身を起こす。
鹿島と僕2人でビーチベッドに寝転ぶ匠に視線を送る。
「ありがとね。今年行こうね」
匠も上半身を起こし、笑顔で応える。なんだか青春のような良い感じになった。が
「いやいやいや、めっちゃ青春感出てるけど
もっと夕暮れとか夜星見ながら語り合うやつだから。
こんなまだ空が明るい内にやるもんじゃないから」
青空を指指しながら思わずツッコむ。3人で綺麗な青空を見上げる。
しばらく3人で綺麗な青空を見る。雲が徐々に形を変えて流れていく。
「たしかにな」
鹿島がそう言い笑い出す。鹿島に釣られて僕と匠も笑う。なんだかとても青春してると感じた。
「次庭でも行く?」
「行く行く!」
めちゃくちゃ乗り気の鹿島がビーチベッドから立ち上がり、匠の後をノリノリで着いて行く。
僕もビーチベッドから立ち上がり、鹿島の背中を追って屋上の扉をくぐる。
階段を下り、2階につき廊下を進む。
廊下の左側に壁はなく黒の鉄製の手すりがあり、1階が見える。
「あぁ!あれが庭か!」
「そだよ。1階で座ってたとき見えてたでしょ」
「見えてた…かもだけど、リビングのインパクト強過ぎて」
「あぁ、わかる」
廊下を進み、階段に着く。
「あ、そうそう」
匠が思い出したように階段を通り過ぎ、奥の広場へ行く。
僕と鹿島も頭の上に「?」を浮かべながら匠の後をついていく。
「ここがマンガスペース」
その広場にはマンガ喫茶のように壁一面にマンガがずらーっと並んでいた。
「やっば…」
「スゲェ~…」
圧巻の光景だった。天井までつく本棚が3方向の壁にあり
「コ」の字型に並ぶ本棚の中にさらに1つ本棚があり「ヨ」の字型に本棚が並んでいた。
僕と鹿島はマンガ喫茶のような
書店のような、はたまた図書館のような、匠のマンガスペースに入った。
天井までの本棚の1番上の列に並んだマンガを見上げる。
「あそこ届かんくない?」
と匠に聞く。
「この踏み台使うから」
本棚の横にあった踏み台を指指す。
「あぁ~ね」
「本当はこの本棚にスライド式のハシゴをつけようかって話になったんだけど
マニア…animania(アニマニア)っぽくしたくてあえてつけなかった」
「あぁ~…全然ピンと来ないわ」
「怜夢animania (アニマニア)行ったことないでしょ」
「な い な」
「オレあるよー!」
本棚を回り、こちらへ戻ってきた鹿島が言う。
「マジで?」
「好きなゲームの特設コーナーできるってポツッターで回ってきたから初めて?行ったね。
それからオレの好きなゲームの特設コーナーの噂回ってきたら、ちょくちょく行ってる」
「マジ!?マンガのほうは?」
「あぁ~、初めて行ったときにどんなんかなぁ~って思って一通り回ったくらい?」
「じゃあ、なんとなくわかる?この白い棚感」
「なんとなく?記憶にはある」
「素晴らしいよなぁ~。マニア様に行かなくてもマニア様にいる感覚が味わえるこの感じ」
オタク全開で目を輝かせる匠。
「庭庭!お庭!匠ー」
「あぁ。じゃ、下りるよー」
意識が異世界に行っていた匠を現実に引き戻し、3人で1階へ下りる。
カチャン。大きなスライドガラスの鍵を開ける匠。
スーっとスライドガラスをスライドさせ、開ける。春の微風が春の香りを乗せて入ってくる。
「ひっろ!」
鹿島お決まりのセリフが飛び出す。
周りの住宅からの視線を遮断するように高い木が生えている。
塀際の中央には、なにも植っていない赤いレンガで囲われた花壇。
ガーデンテーブルやガーデンチェア、ベンチにブランコのように揺れるベンチ。
そしてスライドガラスを開けて、素足で出れるように幅の広い縁側のような部分があった。
その縁側のような部分の下には
ワニマークのサンダルやビーチサンダルなどが乱雑に置いてあった。
「この部分いいねぇ~」
鹿島が縁側のような部分に座る。
「ここで寝転んだりするよ」
「夜に?」
「そ。わかってきたなオレのこと」
「いぇーい」とグータッチをする2人。匠はサンダルを履き、庭に出る。
「どれでもいい?」
と匠に聞く。
「どれでも」
と許可を得てサンダルを履き、僕も庭に出る。春の香りに春の微風。庭の芝生の香り
花壇の剥き出しの土の香り、木の香り、自然の香りが鼻を突き抜け
肺に自然が生い茂ったような、浄化されたような感覚になる。
「ここに作ろうと思えばプール作れる」
僕は縁側のような部分で座る鹿島に目を合わせて
「「いらんな」」
と2人で言う。
「この庭なら池だな」
「あぁ!ありあり」
ありとは言ったものの、もしこの庭に池ができたら
公園や広場にありがたみを感じなくなりそうだった。
「池ありだな。父に頼んでみようかな」
「やめてあげて」
冗談半分、半分本気で止めた。
「ベッドはないけど、ここで寝転がれるからいいよね」
鹿島が縁側のようなところで寝転がる。
「おま…寛ぎすぎだろ」
「ん~。なんかリビング以外は落ち着くわ」
「リビングって言われると桁違いさを感じるからな」
「そそ。この庭は公園って思えば落ち着く」
わかる。大きく頷く。
「あぁ~!今日泊まりたくなってきたぁ~!」
他人の家だからか、あまり強くはないが
寝転がった状態で足でバタバタと地団駄を踏み、手もバタバタ動かす。
「わかるっちゃわかるけど無理だろ」
チラッっと匠を見る。もしかしたらオーケーかもしれないと少しワクワクする。
「今日は無理だと思う。たぶん」
ほんの少しのワクワクが消え去った。
「今日ひさしぶりにお兄ちゃんが彼女連れて帰ってくるから
父も母も仕事早めに切り上げて帰ってくるから」
なるほど。納得した。
「え、じゃあ、ヤバくない?オレらいたら」
「別にヤバくはないけど…まぁ6時前にか解散ってとこかな」
青春が終わるような、卒業式の100分の1くらいの寂しさがあった。
「匠ちゃんの部屋とか使ってない部屋とか屋上にいればバレなそうだけどね」
鹿島がアホみたいなことを言う。
「まぁバレないでしょ。ゲストルームなんて1年くらい使ってないし」
「ゲストルームが泣いとるで」
「じゃあ慰めに行くか」
匠がサンダルを脱ぎ、リビングに戻る。
鹿島も起き上がり、匠の後ろをノリノリでついていく。
僕もサンダルを脱ぎ、縁側のようなところに上がり
匠の脱いだサンダルと僕の脱いだサンダルの向きを整え
スライドガラスを閉め、鍵をかけ、鹿島の後をついて行く。
階段で2階に上がり、廊下を歩く。
「ここが父の部屋。ここが母の部屋」
1つ目の扉2つ目の扉を通り過ぎるときに扉をトントンと掌で叩き説明する。
「で、こことそっちがゲストルーム」
3つ目の扉の前に立ち、4つ目の扉を指指しながら説明する。
匠がドアノブに手をかけ、ドアを押し開ける。そこにはこれまた異世界が広がっていた。
「え、ホテルじゃん」
鹿島が呟く。そうドアを開けて広がっていた光景
それはホテルの一室だった。しかも高級ホテル。
「あ、そうそう。ホテルみたいにしたんだって」
匠が鹿島を見ながらそう言う。匠が奥に入って行く。
ダブルベッドが2台置いてあり
ベッドとベッドの間には枕元を照らすためのランプが置いてある。
枕側の壁にはよくわからないがオシャレな絵画が飾ってあり
その反対の壁側にテレビが壁に設置されていた。テレビの下にはテーブルが置いてあり
棚にはレコーダー、各種ゲーム機が置いてあり、イスも一脚置いてある。
テーブルの上にはテレビ、レコーダーのリモコンが置いてある。
ベッドの横にはソファー、ソファーの前には木製の楕円形のローテーブル。
その横にはクローゼットが置いてあった。
「おかしい。おかしいってこの家」
「だから言ったろ?別次元だって」
そう言う僕もゲストルームには入ったことがなく面食らっていた。
「こりゃ別次元だわ…」
そう言いながら手前のベッドの腰を下ろす。
「ふぅ~かふかぁ~」
目を瞑り、気持ち良さそうな表情をする鹿島。匠は窓際に立ち、カーテンを開ける。
「でも景色はホテルのホの字もないから」
僕と鹿島は窓の外の景色を見る。住宅街。
「まぁ、2階だしな」
「そりゃしゃーないわ」
しばらく各々寛ぐ。
「あ、隣和室だけど行く?」
「「行く!」」
鹿島とハモる。和室?行かない選択肢がなかった。
鹿島と匠が部屋を出ていったが僕は2人が座った、寝たベッドについた皺を伸ばし
極力元に戻してから隣の部屋へ移動した。
「旅館やん?」
鹿島も言葉が聞こえ、僕も部屋に入る。
「旅館やん?」
鹿島と同じ言葉が漏れる。その部屋は畳が敷き詰められ
中央には暗い色の座卓と呼ばれる和のローテーブルが置いてあり
その周りには座椅子が置いてあった。入ってすぐ左には押し入れがあり
押し入れを開けると布団一式が何組も入っていた。
床の間にはテレビが置いてあり、その隣に金庫、壁には掛け軸がかかっていた。
3人で座椅子に座る。畳の良い香りと座卓の木の香り、座椅子の座布団の香り
座椅子の背もたれに木の硬い感じと座布団の柔らかい感じのコントラスト
全てが僕の脳を「旅館にいる」と錯覚させる。
「あぁ~なおさら旅行行きたくなってきた」
鹿島が座椅子の背もたれに思い切り寄りかかり、体を逸らしながら言う。
「わかるわぁ~…」
匠が座卓に左頬をペターとつけながら言う。
「夏の楽しみってことで」
僕が座卓の上のお菓子なにも入っていない木製のボウルを手に持ち
なぜか底を確認しながら言う。
「もしその間になにかあったらどうすんの?」
鹿島が逸らしていた体をグンッっと元に戻し、上腕を座卓につけながら僕に訴える。
「なにもないようにしてください」
「はぁ~はやく行きたいぃ~」
「行きたいぃ~」
鹿島と匠が駄々をこね始める。
「それより先にお泊まり会な」
2人の駄々こねが止まった。2人がお互い顔を見合わせて
「「楽しみ!!」」
と言う。そこからというもの、お泊まり会でなにするか、どんな話するか
「お泊まり会計画」を話し合った。
「あ!」
鹿島がなにか閃いたのか、気づいたのか、スマホを取り出し、忙しなくいじる。
「2人とも!」
そう言い「ん。ん」と鼻を鳴らしながら僕と匠にスマホを確認するように促す。
僕と匠はそれぞれスマホを取り出し、電源をつける。通知の欄に

鹿島がパーティーメンバーに招待しました。

という文字が表示される。
「なんこれ」
そう言いながらその通知をタップする。
「今度ファンタジア フィナーレするときのパーティーメンバー用のグループ」
「あぁ~ね」
グループメンバーの欄を見るとまだ鹿島1人だけ。招待中の名前が連なる。
僕と匠、そして姫冬ちゃん、妃馬さん。1人名前がないことに気がつく。
「あれ?山笠くんは?」
そう。新入生歓迎会の居酒屋で同じテーブルを囲み
その後一緒にカラオケに行った山笠俊くんだ。
「あぁ、山笠くんね。なんかねぇ~…。
なんとなくだけどぉ~…。あんまりノリ気じゃない感じがして。
あ、あの後個人的にLIMEしたときね。だから誘わんかった」
なるほど。あのときも「本家」のテニスサークルだと聞いたときから
偏見だがなんとなく僕や鹿島とは反りが合わない気がしたが、やはりそうだったらしい。
「やっぱか。オレもなんとなく思ってたわ」
グループメンバーの欄に僕と匠の名前が加わる。
「匠は妃馬さんと姫冬ちゃんとは初めましてか」
匠に話を振る。
「あぁ、うん。これで「キサキ」「ヒメ」って読むんだ?スゲェな」
「だよねだよね!オレも初めて名前聞いたとき、この字は想像してなかった」
「そりゃしないだろ」
「この2人もなに?一緒にやるんだ?」
「あぁ~2人ではないかも」
「ん?」
「妃馬さんはファンタジア フィナーレ買ってくれたけど姫冬ちゃんはわからないし
パッっと見た感じだけど、たぶんパス4(パスタイム スポット 4の略称)1台しかないと思う」
「あ、そうなの」
「なんだぁ~」
鹿島が天を見上げて止まる。
「ん?」
天井を見上げたままなにかに気づく鹿島。鹿島の顔がゆっくりと僕のほうを向く。
「怖い怖い。ホラー映画か」
そう笑ってつっこむが鹿島はキョトンとした顔のまま
「怜ちゃん妃馬さんの家行ったの?」
時が止まったように静かになる。思考も止まる。目の渇きを感じ2、3回連続で瞬きをする。
「え?」
やっと声が出た。
「いやだって。ねぇ?」
鹿島が隣の匠に視線を飛ばす。
「うん」
匠が頷く。
「なになに?」
と言いながら腕を組みながら自分の発言を振り返る。

「あぁ~2人ではないかも」
「妃馬さんはファンタジア フィナーレ買ってくれたけど姫冬ちゃんはわからないし
パッっと見た感じだけど、たぶんパス4(パスタイム スポット 4の略称)1台しかないと思う」

検索に引っ掛かる。より詳細な部分を抜き出す。

「パッっと見た感じだけど
たぶんパス4(パスタイム スポット 4の略称)1台しかないと思う」

「あ」
ついまた声が漏れる。
「え!?マジ!?行ったの!?」
バレた。いや、別に隠していたわけではなかったのだが
いざバレると「バレた」という心持ちになるし、なぜだか恥ずかしい。
「怜夢マジ?」
「マージーだーね」
「マジか!?」
「マジか?」
根掘り葉掘り聞かれそうな香りがプンプン漂ってきた。
「ちょっとあのぉ~今度!今度話すから!」
「今だろ。ね?」
「今でしょ?」
某有名塾の塾講師の方の流行ったポーズをする匠。
「ほら、ね?6時前には出ないといけないし」
僕はスマホの電源を5時過ぎであれ。頼む。と祈りながらつける。
5時20分。よっしゃあ!心の中で叫び、ガッツポーズをする。
「ほら。な?」
「マジぃ~?」
「だから今度のお泊まり会のお楽しみということでおなしゃす!」
顔の前で手を合わせる。鹿島と匠が顔を見合わせる。鹿島と匠が同時に頷く。
「しょうがない!その代わり、お泊まり会では1滴残らず出してもらうから覚悟しといてよ?」
怖い。今から怖い。
「せっかくのお泊まり会を怖くしないで?」
その後すぐに帰る支度を整えて鹿島と僕は匠邸を後にした。帰り道
「いやぁ~圧巻でしたな」
と鹿島が言う。
「だろ?あんな金持ちでも気取らないのが匠」
どこか自慢げに言う。
「素晴らしい!ますます匠ちゃん好きになった!」
自慢の中学からの親友と大学でできた親友が親友になれそうで、つい笑みが溢れる。
もう駅が見え、100メートルほど歩けば、駅につくというときに
「そういえばチラホラ制服姿の子いるけど、もしかして学校ここらへん?」
と周囲を指指しながら言う鹿島。
「あぁ、そうそう。オレと匠が通ってた高校」
「近い?」
「行くの?」
「あ、わかった?」
仕方なく駅を通り過ぎ、高校へ向かう。
「そーいえば、オレら5限あったんだからな」
「あ、忘れてたわ」
「だろーな」
そう言う僕も今の今まで忘れていた。
「再来年卒業できんのかな?」
「わからん」
「なんかこういう時ってさ「みんなで卒業したいね!キャピッ」って言うと思うんだけどさ」
「キャピッ」ってなんやねん。とツッコもうとしたが静かに頷く。
「なんかそう思えないのはオレの心が汚れてるから?」
「いや」
それはきっと「大学生」だからだと思う。
高校生で赤点を取って、補習して、再テストしてって感じなら
ここまで努力して、しがみついたんだから
みんなで一緒に卒業しようね!キャピッ。は熱い展開だと思う。
しかし大学生。取る講義も自由。行く行かないも自由。
こんな「学校」や「クラス」感のない場所では
みんなで一緒に卒業しようね!キャピッ。と思えないのは別におかしなことではないと思う。
「まぁオレもそう思うよ。
匠に関しては卒業うんぬんじゃなくて辞めないかどうか心配だしな」
「あぁ~。なんか大学生も大学生で辛いんやね」
「それなぁ~」
陽が落ち始め、空と雲がオレンジ色に染まる中
私服の僕と鹿島が制服の高校生たちとすれ違いながら、僕の母校の高校へと向かう。
少しオレンジ色がかった白い塀が見えてくる。
「あぁそこだね」
「お、もう?」
白い塀をペチペチ掌で叩きながら
「この塀の中が我が母校」
「その言い方、捕まってた人みたいよ」
「やめて」
しばらく歩くとぞろぞろ生徒が出てくる正門が近づく。
「はい。ここが我が母校です」
校舎を紹介し、正門の横の白い塀についている学校の名前のプレートも紹介する。
「ほうほう。猫井戸高校ね」
正門近くで立ち止まる私服姿の僕たちを不思議に
不審に思う制服の生徒たちが僕と鹿島に視線を飛ばしてくる。
「なんで「猫井戸」なん?」
まぁ不思議に思うだろう。
僕も猫井戸のほうが最寄り駅遠いのに、なぜこの名前なのだろう。と思ったものだ。
「あぁ、えっとね。正確には覚えてないけど
ここの初代校長がね、ここの高校を建てたときは全然別の名前の高校で
でも全然生徒が入らなくて、ふらぁ~っとどうしたものかって考えてほっつき歩いてるときに
どっかから猫の鳴き声がしたんだって。
まぁその鳴き声がしたのが井戸の中からだったらしくてね。
校長がその井戸に入って、猫を助けたんだって。
校長はその猫を家で面倒見ることにして
可愛がってるうちになぜか生徒が増え始めたんだって。それでそのことを運命に思った校長が
これは隣駅の「猫井戸」という名前にしろってことだ。って思って
「猫井戸高校」にしたらしい。学校のパンフレットだか、どっかに書いてあった」
「へぇ~。良い話じゃん」
「な」
「けーるか」
「けーりますか」
と帰ろうとしたとき
「お兄ちゃん?」
と聞き覚えのありすぎる声が聞こえてくる。振り返る。
友達をたくさん連れた妹がビックリした顔で立っていた。
「おぉ、夢香」
周りの友達がざわつき始める。
「おぉ!妹ちゃんじゃん!」
「京弥くん?」
「おほぉー!覚えててくれた!嬉すぃ~なぁ~」
またざわつき始める。そのざわつきの中に「え、カッコよくない?」という言葉も聞こえる。
「まぁ京弥くんイケメンだからね」
「やったぁー!オレ妹ちゃんと結婚するわ!お兄ちゃん?」
僕の肩にすがりつく鹿島。
「無理無理。鹿島にお兄ちゃん呼びされんのマジ無理」
「えぇ~なんだよぉ~」
「あ、オレらコンビニ寄ってから帰るから、気ぃつけて帰れよ」
「あいあーい」
「お友達も気をつけてね。これからも夢香よろしくね」
「あぁはい」的な感じのお友達たち。
「気をつけてねー!」
駅方面に進む夢香とお友達たちの背中を見て、僕は駅は反対側に歩き始める。
「え?怜ちゃん?」
と不思議そうな声の鹿島が僕の横に来る。
「駅反対よ?」
「コンビニこっちにもあるから」
「そ?」
「まぁぶっちゃけ友達と帰ってるのに兄がいたら気まずいだろ。
だから時間差空けて帰ろうとしてるだけ」
そうぶっちゃけると
「さすがはお兄ちゃん。やっさすうぃー!」
と言いながら肩にタックルしてくる。蹌踉ける。
「あっぶねぇな。おらっ!」
僕も鹿島の肩にタックルし返す。高校からの帰りということも
夕焼けということもあり、なぜかすごく青春を感じた。
その後結局コンビニには寄らず遠回りして駅に鹿島を送り届け
駅で鹿島と別れ、帰路についた。
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