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第九章

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 断罪の一刀により、塵と化し消えて逝く、地世の七草フリンジ。
 手元が少し狂っただけで自身も斬られる可能性があったにも拘らず、目線を伏して跪いたまま微動だにせず、

「…………」

 眉の一つも動かさない、グラン・ディフィロイスが掲げる両手の上で。
 一方の全身鎧も変わらぬ無言で、

「…………」

 粛々と剣を鞘に収め、玉座の隣に戻り始めた。
 その様を、玉座の上から愛らしい嘲笑いで見下ろす魔王プエラリア。
 跪いたままの彼を、少女のような笑顔で見つめ、

「グランくんてさぁ~結構ぉ冷たいよねぇ~♪ かつての戦友の一人が処刑されたって言うのに~♪」
「…………」

「キミって、昔からそう言うところがあるよねぇ~♪」
「…………」

「そんなキミでも「慌てる事」って、あるのかなぁ~♪」
「…………」

 何を言っても答えない彼に、

「ふぅむ」

 愛らしくも少々不満そうな顔をする魔王であったが、
(そうだ♪)
 何か思い付いた様子で「クスッ」と小さく笑い、

「そう言えば「使えない手札」が、もう一枚あったよね♪」

 隣席に戻る全身鎧に、気さくな物言いで問いかけたが、
「…………」
 何も聴こえていないような、変わらぬ無反応。
 些細な機微を示すことも、動きを止める事も無く、玉座の隣に無言で坐した。

 しかし魔王プエラリアは憤慨するどころか、以心伝心したかの如くに、

『やっぱりキミも、そう思うよねぇ~♪』

 無垢なる天使の笑顔で、何の躊躇いも感じさせない動きで、指先をパチンと打ち鳴らし、正にこの時が「サロワートに時間が戻された瞬間」であった。
 そして誰に言うでもなく、明日にまた会えるような物言いで、

「さよならサロワートぉん♪」
「…………」

 それでも無反応の、置物と化した全身鎧。
 プエラリアの行った非情を、知っている筈でありながら。

 一瞬にして「永き戦友」を二人も失ったグラン・ディフィロイスであったが、彼もまた二人と同様、
「…………」
 無言のうちに静かに立ち上がり、無感情に淡々と、

「では失礼致します、プエラリア様」

 短く一礼、謁見間を後にしようとした。
 思惑が外れ、愛らしい苦笑のプエラリア。
 向けられた背を、

『教え子たちの教練に行くのかい、グランくぅん♪』

 屈託ない笑顔で呼び止め、彼が「戦友を失ったばかり」と思えぬ平静で足を止め、緩やかに振り返り、

「決戦は間近ですので」

 生真面目に答えると「クスッ」と小さく呆れ笑い、
「キミは本当にマメだねぇ~♪」
「…………」
 含みを持たせた物言いで、精神的揺さぶりを更にかけてみた。
 それでも、

「…………」

 表情に僅かな変化も見せないグラン・ディフィロイス。
 期待していた「感情の露呈」が得られなかった魔王プエラリアは少し残念そうな顔を見せたが、今度は勿体を付けた口振りで、

「でもぉさぁ~その必要もぉ「もうナイ」とぉ思うけどなぁ~♪」
(?)
 無表情の中に現れる、微かな変化。
 焦りのような物を、初めて見せた。

 旧知の仲でなければ気付けないほどの「微細な変化」であったが、プエラリアは当然の如く見逃さず、彼が見せた心の揺らぎに、
(ふふふ♪)
 無垢なる笑顔の口元に、満足げな笑みを小さく見せ、

(!?)

 言い知れぬ胸騒ぎが、グラン・ディフィロイスを襲う。
 玉座に坐する「愛らしい容姿の魔王」が感じさせる、深く、重く、底知れぬ闇に。
 抱いた感覚を一言で言い表すなら、

《不穏》

 しかしどこまでも平静に、かつ恭しく、
「失礼致します」
 かつて共に戦った七草の仲間は、今や「隙を見せてはならぬ魔王」と化していた。

 淡々とも取れる立ち振る舞いで謁見の間から退出し、扉が次第に閉まるに合わせ、プエラリアの閉ざされた瞳から放たれる纏わり付くような視線が途切れると、
(…………)
 冷然とした表情とは裏腹に、足先は王城内のとある部屋へ足早に。

 心情を語らぬ表情に成り代わり、まるで両足だけ別人格であるかのように、焦りを露に。
 雄弁に。
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