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第四章

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 妖狐ハクサンの不敵に歪んだ口元が意味する所を示すが如く、神速を以て縦横無尽に斬り結んでいた彼の切っ先が、確かな鈍りを見せ始めていた事に。

 それは常人が見ても分からぬ程の、僅かな変化ではあるが。

 意外に思ったドロプウォートが、
「でも、どうしてですの……」
 呟く様に漏らすと、サジタリアは変わらぬ鬼瓦で言葉短く、

「疲れだ」
「疲れぇ?!」
(ラディは「弱腰」ではありますが、戦闘において、これほど早く疲弊した事など……)

 かつてなく、腑に落ちずにいると、グラン・ディフロイスはさも当然のように、
「ホント、正気を失ってるとは言え、体は正直なんだよ?」
「…………」
「個人差はあっても、人間が本当の全力で「いったい何分戦える」のかなぁ?」
「!」
 ハッとするドロプウォート。

 人間の体は筋骨などの破損を防ぐ為、常に百パーセントのチカラを出さないように、脳などから制限を掛けている。

 その中で、稀にその制限が外れ、通常以上のチカラが発揮された状態が「火事場の馬鹿チカラ」と呼ばれるモノであり、当然それは、この世界で生きる人々も同じ。
 百人の天世人になりつつある、異世界勇者のラディッシュとて例外ではなく、バーサーカー化して安全装置が壊れてしまい全力を出し続ける彼の動きが鈍り始めたと言う事は、体の限界が近付きつつあると言う事。

(ラディの強さに圧倒されて失念しておりましたわ!)

 気付きはしたものの、だからと言って救援や、援護の手立ては皆無。
(どうしたら良いですのぉ!)
 焦りと、苛立ちばかりが募るドロプウォートに、

『娘よ、ワレに問う』
「?!」

 サジタリアは変わらぬ鬼瓦で、
「勇者(ラディッシュ)を止めるに、ワレは命を賭ける覚悟はあるか?」
 問いに対して彼女は、

『ありますわァ!』

 愚問とばかりの即答に、グラン・ディフロイスも、
「ホント、ならぁ決まりだねぇ」
 変わらぬ愛らしい笑みを見せ、
「え?」
「ヤツ(ハクサン)とて人間。極限の攻防を、三方向同時対応は出来まい」
「つまり、それは?!」
「ホント、サジタリアと私がアレ(ハクサン)の攻撃を引き付けるから、その間にラディッシュくんを正気に戻してって言ってるの♪」

「そっ?!」

 世界の命運を分けるかも知れない重要任をいきなり押し付けられ、

『そんな! どうやって正気に!』

 可能性は一つであり、狼狽を隠せない彼女であったが、既に覚悟の答えを聞いた二人は御構い無しに、

『行くぞ、グラァン!』
『ホント、勝手な略称は止めて欲しいんだよねぇ、先輩ぃ♪』

 駆け出し、

≪ワレは天世の恩恵を以て!≫
≪地世の恩恵を以て、以下略ぅ!≫

 それぞれその身を「白銀」と「漆黒」の輝きに包みながら、素早い動きで妖狐ハクサンに向かって行き、容赦なく置き去りにされたドロプウォートは、
「・・・・・・」
 フリーズしていた。
 しかし、いつまでも茫然自失で居られる状況ではなく、羞恥を匂わす「ほんのり桜色」に顔を染めながら、

『もぅ「どうにでもなれ」ですわぁあぁあぁあっぁ!』

 駆け出し、二人を追従した。
 決意を以て動き出す三人。
 その間にも、

『まだまだ行くよぉ、ラディ♪』

 妖狐ハクサンは多量に生み出した立方体を巧みに操り、四方八方から休みなく襲い掛かったが、

『ガカァルアァァアッァア!』

 制限の外れた狂戦士ラディッシュの「闇雲な高速剣技」により次々斬り消され、補充はしているものの追い付かず、徐々にその数を減らして行き、二つの獣の攻防は続いていた。
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