上 下
15 / 723

1-15

しおりを挟む
 しかし、ここで両親を引き合いに弱音を吐くは、それこそ四大貴族令嬢の名折れ。

 凛然とした表情で天を見上げ、四大貴族が一子として、
「闘技場の皆様は、ご無事なのでしょうか」
 国王のみならず、国政を担う要人も集まっていた闘技場の人々を思い量っていると、
「さぁてねぇ」
「なッ?!」
「まぁ、戻ってみりゃあ分かるって話さぁねぇ」
 中世に生きる人々の身を案じる様子も見えない言動に、

(何て物言いですのぉ!)

 強い不信感を抱いたが、相手が相手なだけに感情を露骨に表に出す訳にはいかず、
(全ての天世人様が、この様(薄情)な方だとは思いたくありませんわ!)
 怒りをグッとウチに押し留め、

「ならば、いつまでもこの様な場所に座っている場合ではありませんわ!」

 正論を以って、巨木の太枝に未だ座するラミウムに幾ばくかの当て付けをする「立っていたドロプウォート」であったが、城に向かって歩き出そうとし、
「…………」
 右も左も同じに見える、仄暗き深い森。
「いったい、どちらへ進めば良いと言うのでしょう……」
 途方に暮れていると、未だ太枝に座したままのラミウムが、ダルそうな動きで一方向をスッと指差し、

「北東を目指して進みゃあ、いつかは城に着くさぁね」
「北東……北東と言う事は、私たちは南西に飛ばされ・・・・・・」

 フリーズしたかの様に動きを止め、一拍置いてから、

『南西ですってぇえっぇえぇぇっぇぇえぇ?!』

 怒りから一転、両目が飛び出そうなほどの驚きをするドロプウォート。
 冷静さを欠いた姿に、元イケてない少年は言い知れぬ不安を覚え、
「ちょ、ちょっ止めてよぉドロプウォートさん。その反応ぉメチャ怖いんですけど……」
 怯えた表情で周囲を窺いつつ、

「な、なんかマズイのぉ?!」

 するとドロプウォートが緊張感を持った表情で振り返り、
「この地は恐らく、領内の南西にある広大な森ですわ。そして、この場所が本当に「南西の森」でしたら……」
「もっ、森だったらぁ?」
 緊張感を纏った、勿体を付けた物言いに思わず固唾を呑み、答えを待つと、
「国では忌み名として『不帰(かえらず)の森』と呼ばれている場所ですわぁ」
「い、「忌み名」ぁ?! 帰らずぅ?!!!」
 悪寒が走り、背筋がザワザワとざわめいたが、芽生えた恐怖心を自ら紛らわせようと冗談めかした半笑いで以って、

「おっ、おとぎ話の類いの話なんだよねぇ♪」

 横顔を覗き込むと、ドロプウォートは真っ青な顔したうつむき加減で、
「立ち入った者が誰一人として帰って来ませんの……」
「うっ、ウソでしょ?!」
「嘘ではありませんわ!」
 畏れすら抱いた顔を上げ、
「現に北側以外を海に囲まれたこの国は、国防や国益において支障が無いからと、この地をあえて放置していますの! ですから無暗に足を踏み入れて帰らなかった者は、その身を案じられるより、むしろ「愚か者」と嘲られ、」
「ひぅ!」
 得体の知れない何かに怯え、ドロプウォートの腕にしがみ付くイケメン少年勇者。
「「…………」」
 二人は恐怖を露わに周囲を見回し、果てしなく続くかに見える「森の深き暗さ」に息を飲むと、

『キッシッシぃ!』

 巨木の上から愉快そうな笑い声が降り注ぎ、
「「?!」」
 見上げると、
「何が来ても勝ちゃあ良いのさぁね!」
 ラミウムが、さも当然と言った物言いで飛び降りて来て、

「と、言う訳で頼んだよ優等生ぇ! いやぁ「自称誓約者」ってかぁ? クックック」

 ニヤケ顔に、畏敬も忘れてムッとするドロプウォート。
 相手が天世人だからと我慢して来たが、何度も何度も小馬鹿にされては流石に腹に据えかね、

「ワタクシは確かに優秀ですが「優等生」でもなければ「自称誓約者」でもありませんですわぁ!」

 皮肉に対して不快感露わに、未だ腕にしがみ付くイケメン少年勇者を見下ろし、
「それに誰がこの様な「軟弱男」と誓約などぉ!」
 素気無く振り払うとしたが、
「ひぃうぅ……」
 捨てられた子犬の様な眼差しを再び向けられ、

(はぅ!)

 超箱入り娘の乙女心は更に、深く、強く射抜かれ、表面上は辛うじて怒りを保ちながらも心の中では、
(こっ、このぉ顔ぉおぉわぁ~もぅ反則でぇすわぁあぁあぁぁ~~~)
 もはや罵る事も、振り払う事も出来ずにいたが、今さら「振りかざした怒り」を着地点無く収める事などラミウムの前では決まりが悪く、

「そっ、そもそもぉ!」

 咄嗟の思い付きで話の矛先を変えようと、
「ラミウム様は戦って下さらないのですかぁ!」
 しかし、
「聖具が無いつったろぉ?」
 ラミウムは呆れ顔した正論で、いとも容易く返し、
(うぐ……そぅでしたわぁ……)
 言葉に詰まるドロプウォート。

 自ら傷口を広げ、更なる墓穴を掘った形になってしまったが、根っからの負けず嫌いも手伝い引っ込みがつかず、
「そ、そんな事を仰ってぇまかり無数の敵に襲われたらどうするおつもりですのぉ!」
 食い下がると、腕にしがみ付くだけのイケメン少年勇者が、
「あ、あのぉ……」
 おずおずと、
「そう言う「フラグ」は立てない方が……」
「「ふらぐ」って何を言ってますのぉ!」
「ヒィウゥ!」
 怯えて縮こまる頭上に向けて容赦なく、

「貴方も貴方でぇ、いつまでワタクシにしがみ付いておりますのぉ! 勇者ならもっと勇者らしくぅ!」

 揺れる乙女心を悟られぬ為の、あえての「強い叱責」であったが、真っ青な顔してカタカタと震えだすイケメン少年の姿に、
「!?」
(いっ、言い過ぎてしまいましたわぁ?!)
 怒鳴りつけて早々、早くも強く後悔するドロプウォートであったが、

「ん?」

 イケメン少年勇者の怯えた眼が自分にではなく、背後の森へ向いているのに気付いた。
 本来ならば、何かしらの存在を警戒すべき所であるが、
(ははぁ~ん、なるほどですのぉ♪)
 イケメン少年の心理を深読みし、

(悪し様に怒られた事に対する反撃のつもりで、脅かそうと言う訳ですのねぇ~)

 余裕の笑みで以って、
「その様な手段で驚かせようとしても、」
 視線を辿って振り返り、
「私には通用しま……」
 絶句。

 暗き森の奥、闇に赤黒く光る幾つもの、眼、眼、眼、眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼。
 
 冷や汗を垂れ流すラミウム。
「こっ、コイツぁ……」
 ジリッジリリッと後退り、
「に……」
「「にぃ?!」」
 答えを待つ二人を前に、
 
「逃げろぉおぉぉおっぉっぉぉぉおぉぉぉおぉぉおっぉぉぉぉぉ!」

 置き去り先陣切って猛ダッシュ。
 土煙を上げて一人逃げ去る背中に、
「中世の民を護るのが天世人の務めではないのですかぁーーーッ!」
「おぉ置いてかないでよぉおぉぉっぉぉおぉーーーっ!」
 二人も全力ダッシュで猛追。
 すると背後から、

『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『ギャゥガァーーーーーーッ!!!』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』

 鼓膜を突き破りそうな猛り声と地鳴りが。
 必至に逃げ走る三人は振り返る余裕さえ無く、
「ラミウム様ァ! 今こそ天法で何とかなさってぇえぇ!」
「ざぁけんじゃないよォ! あんな数を相手に呑気に詠唱してたら喰われっちまうだろが! アタシぁ中世の民なんぞの為に、獣のウンコになるつもりは無いねぇ! 命あっての物種さァねぇ!」
「何ですってぇえぇ!」
「ラミウム、ぶっちゃけ過ぎだよぉぅうぅ!」
 全力疾走しながら平然と言ってのけるラミウムに二人も全力疾走しながらツッコムと、
「ラディッシュ!」
((?!))
 必死の形相で走るラミウムは必死の形相で並走する二つの「きょとん顔」に、

「アンタは「アタシの勇者」なんだからアタシの代わりに奴らのエサになって来なァ!」
「!」
(「ラディッシュ」って僕の名前ぇえぇ?!)

 血反吐を吐きそうな形相で走るイケメン少年は血相変えを上乗せし、
「冗談じゃないよぉ! って言うか「ラディッシュ」って「大根」でしょぉおぉ!」
「記憶を奪った後でアタシが付けたのさぁねぇ!」
「よりによって何でそんな美味しそうな名前にしたのぉさぁ! この状況でシャレになってないよぉおおぉぉ!」
「アンタ等の世界の花言葉ってヤツで「潔白と適応力」ってんだろぉ! 汚名を着せられたアンタにゃ「おあつらえの名前」だろうさぁねぇぇえぇ!」
「そんなのぉ知らないよぉおぉぉおぉ!」

 汗だくで走りながら罵り合いをしていると、

「お二人ともその様な事を言い合っている場合ですのぉお!」
「「!?」」
 先行するドロプウォートの焦り声で後ろを振り返れば、

「「!!!」」

 赤黒い目をして鋭い牙を剥き出しに土煙を上げ迫る、多種多様な、おびただしい数の肉食系猛獣御一行様の御姿が。

「ヤツ等のクソになりたくなきゃ死ぬ気で走るんだよぉおぉぉぉぉーーーーーーーー!」
「ヒィヤダァアァァァッァァァアァァッァアァアァーーーーーーーーーーーーーーー!」
「御便(おべん:ウンチの意)になるのはイヤですわぁあぁぁあぁぁぁーーーーーー!」

 雲一つない穏やかな青空の下、三人の逃走劇は果てなく続く。

しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

システムバグで輪廻の輪から外れましたが、便利グッズ詰め合わせ付きで他の星に転生しました。

大国 鹿児
ファンタジー
輪廻転生のシステムのバグで輪廻の輪から外れちゃった! でも神様から便利なチートグッズ(笑)の詰め合わせをもらって、 他の星に転生しました!特に使命も無いなら自由気ままに生きてみよう! 主人公はチート無双するのか!? それともハーレムか!? はたまた、壮大なファンタジーが始まるのか!? いえ、実は単なる趣味全開の主人公です。 色々な秘密がだんだん明らかになりますので、ゆっくりとお楽しみください。 *** 作品について *** この作品は、真面目なチート物ではありません。 コメディーやギャグ要素やネタの多い作品となっております 重厚な世界観や派手な戦闘描写、ざまあ展開などをお求めの方は、 この作品をスルーして下さい。 *カクヨム様,小説家になろう様でも、別PNで先行して投稿しております。

辺境伯家ののんびり発明家 ~異世界でマイペースに魔道具開発を楽しむ日々~

雪月 夜狐
ファンタジー
壮年まで生きた前世の記憶を持ちながら、気がつくと辺境伯家の三男坊として5歳の姿で異世界に転生していたエルヴィン。彼はもともと物作りが大好きな性格で、前世の知識とこの世界の魔道具技術を組み合わせて、次々とユニークな発明を生み出していく。 辺境の地で、家族や使用人たちに役立つ便利な道具や、妹のための可愛いおもちゃ、さらには人々の生活を豊かにする新しい魔道具を作り上げていくエルヴィン。やがてその才能は周囲の人々にも認められ、彼は王都や商会での取引を通じて新しい人々と出会い、仲間とともに成長していく。 しかし、彼の心にはただの「発明家」以上の夢があった。この世界で、誰も見たことがないような道具を作り、貴族としての責任を果たしながら、人々に笑顔と便利さを届けたい——そんな野望が、彼を新たな冒険へと誘う。 他作品の詳細はこちら: 『転生特典:錬金術師スキルを習得しました!』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/906915890】 『テイマーのんびり生活!スライムと始めるVRMMOスローライフ』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/515916186】 『ゆるり冒険VR日和 ~のんびり異世界と現実のあいだで~』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/166917524】

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

固有スキルガチャで最底辺からの大逆転だモ~モンスターのスキルを使えるようになった俺のお気楽ダンジョンライフ~

うみ
ファンタジー
 恵まれない固有スキルを持って生まれたクラウディオだったが、一人、ダンジョンの一階層で宝箱を漁ることで生計を立てていた。  いつものように一階層を探索していたところ、弱い癖に探索者を続けている彼の態度が気に入らない探索者によって深層に飛ばされてしまう。  モンスターに襲われ絶体絶命のピンチに機転を利かせて切り抜けるも、ただの雑魚モンスター一匹を倒したに過ぎなかった。  そこで、クラウディオは固有スキルを入れ替えるアイテムを手に入れ、大逆転。  モンスターの力を吸収できるようになった彼は深層から無事帰還することができた。  その後、彼と同じように深層に転移した探索者の手助けをしたり、彼を深層に飛ばした探索者にお灸をすえたり、と彼の生活が一変する。  稼いだ金で郊外で隠居生活を送ることを目標に今日もまたダンジョンに挑むクラウディオなのであった。 『箱を開けるモ』 「餌は待てと言ってるだろうに」  とあるイベントでくっついてくることになった生意気なマーモットと共に。

憧れのスローライフを異世界で?

さくらもち
ファンタジー
アラフォー独身女子 雪菜は最近ではネット小説しか楽しみが無い寂しく会社と自宅を往復するだけの生活をしていたが、仕事中に突然目眩がして気がつくと転生したようで幼女だった。 日々成長しつつネット小説テンプレキターと転生先でのんびりスローライフをするための地盤堅めに邁進する。

神の宝物庫〜すごいスキルで楽しい人生を〜

月風レイ
ファンタジー
 グロービル伯爵家に転生したカインは、転生後憧れの魔法を使おうとするも、魔法を発動することができなかった。そして、自分が魔法が使えないのであれば、剣を磨こうとしたところ、驚くべきことを告げられる。  それは、この世界では誰でも6歳にならないと、魔法が使えないということだ。この世界には神から与えられる、恩恵いわばギフトというものがかって、それをもらうことで初めて魔法やスキルを行使できるようになる。  と、カインは自分が無能なのだと思ってたところから、6歳で行う洗礼の儀でその運命が変わった。  洗礼の儀にて、この世界の邪神を除く、12神たちと出会い、12神全員の祝福をもらい、さらには恩恵として神をも凌ぐ、とてつもない能力を入手した。  カインはそのとてつもない能力をもって、周りの人々に支えられながらも、異世界ファンタジーという夢溢れる、憧れの世界を自由気ままに創意工夫しながら、楽しく過ごしていく。

チート幼女とSSSランク冒険者

紅 蓮也
ファンタジー
【更新休止中】 三十歳の誕生日に通り魔に刺され人生を終えた小鳥遊葵が 過去にも失敗しまくりの神様から異世界転生を頼まれる。 神様は自分が長々と語っていたからなのに、ある程度は魔法が使える体にしとく、無限収納もあげるといい、時間があまり無いからさっさと転生しちゃおっかと言いだし、転生のため光に包まれ意識が無くなる直前、神様から不安を感じさせる言葉が聞こえたが、どうする事もできない私はそのまま転生された。 目を開けると日本人の男女の顔があった。 転生から四年がたったある日、神様が現れ、異世界じゃなくて地球に転生させちゃったと・・・ 他の人を新たに異世界に転生させるのは無理だからと本来行くはずだった異世界に転移することに・・・ 転移するとそこは森の中でした。見たこともない魔獣に襲われているところを冒険者に助けられる。 そして転移により家族がいない葵は、冒険者になり助けてくれた冒険者たちと冒険したり、しなかったりする物語 ※この作品は小説家になろう様、カクヨム様、ノベルバ様、エブリスタ様でも掲載しています。

転生したら死んだことにされました〜女神の使徒なんて聞いてないよ!〜

家具屋ふふみに
ファンタジー
大学生として普通の生活を送っていた望水 静香はある日、信号無視したトラックに轢かれてそうになっていた女性を助けたことで死んでしまった。が、なんか助けた人は神だったらしく、異世界転生することに。 そして、転生したら...「女には荷が重い」という父親の一言で死んだことにされました。なので、自由に生きさせてください...なのに職業が女神の使徒?!そんなの聞いてないよ?! しっかりしているように見えてたまにミスをする女神から面倒なことを度々押し付けられ、それを与えられた力でなんとか解決していくけど、次から次に問題が起きたり、なにか不穏な動きがあったり...? ローブ男たちの目的とは?そして、その黒幕とは一体...? 不定期なので、楽しみにお待ち頂ければ嬉しいです。 拙い文章なので、誤字脱字がありましたらすいません。報告して頂ければその都度訂正させていただきます。 小説家になろう様でも公開しております。

処理中です...