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 国王との謁見も無事に終わり、案の定、警備の厳重な王城内で暮らす事になったカイトとハルキ。そんな彼らがその暮らしにも少しずつ慣れてきた、そんなある日の事だった。
 突然、ハルキがカイトに向けて言ったのだ。祝賀パレードがあるのだ、と。

「は? 祝賀パレード? 今日?」
「うん。俺の帰還? を、祝して何かやるんだってさ」
「ほぉー、俺それ聞いてないんだけど…………んじゃぁ俺はかんけ──」
「カイトには言ってないからね。駄目だかんね、カイトも道連れじゃあー!」
「はぁ? 何言ってんだお前、俺関係ないし当然留守ば──」
「そう言うと思った! 許さん! アウジリオ、セルジョ、カイトを確保ぉ!」
「はあ!? ふっざけんなテメッ、待て、離せ卑怯だ! 何でそんな小っ恥ずかしい晒し者みたいなのに俺まで行かなきゃなんないんだよ!」
「だから道連れ。俺が恥ずかしいのにカイトが恥ずかしくないなんてズルい」
「くっそこの、ハルキ! お前、後で覚えてろよ!」
「ぷーくすくす」

 そんないつもの騒がしいやり取りを経て、ハルキとカイトは件の祝賀パレードとやらに出席する事になってしまったのだった。絶対に行くものか、と内心では意地をはっていた彼も、あれよあれよと言う間にめかしこまされてしまった。
 化粧なども軽く施され、頭にはマンティラベールのような布まで被せられ、すっかり現地人である。そして、城の優秀な三人の侍女は、グズるおさなごの相手なぞはお手の物なのである。

「あら、アナタ白のお召し物似合うわねぇ」
「ホントだわ、金の装飾もイケるのではなくて?」
「ほら可愛い、アンバーのお目目に合わせて琥珀の付いているものが良いわ」
「…………」
「ほら、可愛いらしい顔立ちしてるんだからそんなブスッとせずに、ニコってやって、ニコーって」
「神子様の従者の装いですからねぇ、アナタ様もしっかりしないとね」

 完全に幼児相手のような扱いである。
 カイトは日本に居た頃から童顔だのと言われていたのだけれども、あくまでそれは高校生としてである。それなりに顔立ちが悪くはない自覚はあったが、ハルキのような純美青年が隣に立つとどうしたって霞んでしまうし、始終行動を共にしていた二人に彼女だのが出来るはずもない。高校生並みに恋愛的な話やらもしたが、二人のそれは全て妄想で終わった。

 これは二人の知らぬ話であるのだが、ハルキとカイトの間に割って入るのは、同性だろうが異性だろうが、かなりの勇気が居るのだ。そして、例え二人の間に何とか滑り込めた女子が現れたとしても、同棲する熟年カップル的な二人のやり取りに次第に心が折れていってしまうのだとか何とか。

 そうして二人は何もなく、3年間の高校生活を終えるに至ったのだ。二人曰く、変わり映えのしなかった高校生活である。互いに彼女のできぬ現状を嘆き、傷を舐め合う無自覚なバカップル(付き合ってない)は、学校の生徒や教師達に見守られ勘違いされ、互いの仲を深めていたと思われていたのである。
 閑話休題。

 そんな与太話は兎も角として、こちらの世界ではカイトの童顔は更に一層幼く見えるらしい。元来、西洋のゲルマン系と呼ばれるような顔立ちの多いこの世界、カイトの顔付きはどう見ても子供のソレらしいのだ。

 しかしカイトだって、先んじて彼女らにも18歳であると説明したはずなのだ。顔が始終ブスッとしていたせいなのか、それほど態度が余程子供っぽかったのか、ずーっとこの有様である。そんなに自分はガキ臭いのか、それともこちら基準だと身長が低すぎるのか、なんてそんな事を思うとカイトは少し凹んだ。

 それでも、神子様の従者だのと言われ気を良くしたカイトは、ほんのミジンコ並みのヤル気を捻り出す。そうしてようやく、侍女のひとりにボソリと問うた。

「神子、様の従者って、何かやる事ありますか……」
「あら、ちゃんとやってくれるのかしら? そうねぇ、大事な方の従者ですから、パレードの間もずっとお傍について、お水をお渡ししたり、隣で日傘をさして差し上げたり、お世話して差し上げて下さいな」
「ん、わかった」

 カイトの質問に、目をキラキラとさせて嬉しそうに答えたその侍女は。そんな彼の返事を聞くと、何故だか発狂した。

「うわ何この子かわっーー、私持って返りたいわ。ねぇ、お姉さんと一緒にこの後私のお家に帰らない? とある方から頂いた美味しいお菓子やお茶なんかが沢山あるのだけれど。神子様の所へは私の家から通えばいいわ、ねぇ、そうしませんこと!?」
「!」
「ちょ、ちょっと何よ貴女、どうしたのよ突然」
「だ、だってこの子……帰るお家が無いんだもの、可哀想でしょう? 私が貰ったって別に構わないわよね?」
「何馬鹿な事言ってるの、そもそも神子様のご友人だし……、貴女いつもそんな事を言ってるから子供に怖がられるのよ! ……誘拐犯にならないように気をつけなさいよ」
「そ、そんな事する訳ないでしょう! 私は子供が好きなだけだわ」
「好きだからって、誰彼構わずナンパするのはよしたほうが……」
「ナンパですって!?」

 どうやら彼女らは随分と気の置ける仲のようで、ほんの少しの間そうやってじゃれ合っていた。それでもやはり王国の侍女というのは伊達ではなく。唯の貧相な、他所の世界の高校生に過ぎなかったカイトを、あっという間に王城に住んでいてもおかしくはない、従者の装いに仕立て上げてしまったのだった。そして更に、彼女らの腕の見せ所は続く。

「顎を引いて背筋を伸ばして……そう、その姿勢をキープなさいな」
「そのままをキープして歩いてみましょうね、はい、ワン、ツー、スリー……」
「上手だわ……アナタ筋が良いのね。ほら、やっぱり私のおうちに──」
「いい加減黙らっしゃいなッ」

 神殿の者達の装いに似た白のローブはゆったりとしていて、その裾や袖口には金糸で月桂樹の葉を模した刺繍が施されていた。歩くたびにそれらがはためき、陽の光に当たる度にキラキラと煌めく。

 これを着るのがハルキならば、きっと自分よりも余程綺麗に着こなしてみせるのだろうな。そんな事を思いながらも、カイトは突如始まったレッスンに黙々と励んだのだった。神子であるハルキの従者であるならば、彼に恥をかかせる訳にはいかない。カイトの身体は主人の為、従順に動いてくれた。

 所作を短時間ながら叩き込まれたカイトは、不承不承ながらもすっかりパレードに出席する準備が整ったのである。


「お待たせー、ったく、全く何で俺までこんな格好。──って……、おお、さっすが、ハルキはこんなヒラヒラしたの着てもちゃんと似合ってんなぁ」

 ガチャっとお召し替えの部屋を出、ハルキ達に顔を合わせた途端にだった。
 カイトと揃いの衣装を着たハルキを先頭に、セルジョもアウジリオも含め、彼等はカイトを見てビクッと反応したかと思うと。全員がその場で固まった。

「俺なんか──おい? 何だよお前ら、その顔」

 まるで時が止まってしまったかのように、示し合わせたかのように、彼らはことごとく動きを止めてしまった。
 カイトを凝視したまま、誰も何も返事をしない。

「おい……、おい? 何だよ、何か言えよアホ。……これ、どっかおかしいってのか?」

 そこで流石に不安になったカイトが眉根を寄せ、これ、とローブの中程を両手共に摘み上げながら言うと。
 そこでようやく復活したらしいハルキが、慌てたように駆け寄りながら声を荒げた。持ち上げられた衣服の裾からはチラリと、カイトの素足が露わになっていた。

「大丈夫大丈夫! 似合ってる! クッソ似合ってるから裾捲り上げないで見えちゃう!」
「は?」
「え?」

 カイトの両手を掴み、服を放させたハルキが、至近距離からカイトを凝視する。何が何だか分かっていないのは、どうやらハルキもカイトも同じらしかった。二人は両手を取り合ったまま見つめ合い、その場でしばし固まった。混乱の極み。
 そこで先に我に返ったのは、ハルキの方だった。

「ああっ、手ェごめん、……いやさ、カイトだって解ってても、頭が追いつかなかった! 普段と全然違くって……」

 慌ててカイトの手を離したハルキは、何故だか焦ったように言い訳をする。それを不思議な気分で見ていたカイトは、ハルキの言葉を聞いてしばらくの後。理解できた途端に目を見開いた。その言葉で思い出されるのは、何やら楽しそうに着替えやら化粧やらをする侍女達の事だった。

「ああ、そういや化粧もされたっけな」
「やっぱり……それでかな。──悪いけど今のカイト、格好のせいもあって“可愛い女の子”にしか見えない」

 そんな事を言ってきたハルキにカイトは仰天する。どうせ侍女達の勘違い、贔屓目か何かだろうと思っていたそれがまさか。ハルキにも同じ事を言われるとは。カイトはその場で卒倒しそうである。

「ああ? んなバカな事言ってんなよっ、体格で分かんだろうが!」
「いや、だって……カイト元々童顔だし」
「ハルキの目ぇ腐ってるわ絶対そうだ。今すぐ取り替えるべき、抉り取ってやる!」
「きゃあ! 俺女の子に襲われちゃうぅ、らめぇー!」
「くっそテメェふざけんなしッ、この!」

 そう言って、カイトが恥ずかしさを誤魔化すようにしていつものじゃれ合いを始めた二人。そこからそのまま、二人はアウジリオやセルジョ達に見守られながらパレードの会場へと足を運ぶのだった。
 そんな騒がしい二人の後ろで。

「──セルジョ。パレード後に近衛全員を集めるように」
「はい。私も今し方そう思った所でした」
「絶対に、城内にも阿呆になる者が出るだろう。ハルキ様のご忠告の事もある。一人にさせぬよう、十分に気を付けろ」
「承知しました」
「──お前も、二人に当てられんようにな」
「…………何をおっしゃっているのだか」
「お前は妙に懐かれているだろう? 変な気を起こしてハルキ様に睨まれぬようにしろ」
「いやいやいやいや、まさか、子供相手に何を──」
「あれでも18歳だそうだな? この国では立派な成人だ」
「…………御忠告痛み入ります」
「素直でよろしい」

 二人の背後で、そんな会話が交わされていただなんて、カイトは知る由もないのだ。

「ねぇカイト、普段からコレ着れば? 俺もさ、多分今後はこれみたいな服着なきゃいけないんだ」
「ああ!? 何それマジで言ってんの? お前は大丈夫でも俺はお断りだわこんなのッ」
「俺とおそろだよ」
「…………」
「神子の従者でコレ着てるんなら、いつも一緒に居てもやな目で見られないってよ」
「っ…………」
「この服なら城内にも馴染むし、部屋が一緒でも──」
「分かった! 分かった! もうお前の好きにしろって!」
「よっしゃ、やりぃ! 後で化粧品もらってこよ」
「はぁ!?」
「俺が化粧覚える」
「何で!?」
「ほら、今時『男の娘』とか『女装男子』、『化粧男子』なんて珍しくも何ともないじゃん?」
「おま──、それ本気で言ってる? 頭イカれたん……?」

 ハルキの頭の中を、半ば本気で心配したカイトはしかし、その後もふんだんにハルキにイジられるのだった。
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