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Episode02-1 攫われた神子
しおりを挟む学院の授業を修了し、家に帰宅する為にすでに迎えに来ていた馬車に乗り込むと、そこにはギードではなく兄たちがいた。
私はあからさまに嫌な顔を浮かべてアルベルトを見てから、逆に微笑んでもうひとりの兄に頭を下げた。すると兄も恭しく私の手を取り、母譲りの美しい金の髪をさらりと流し、明るい菫色の瞳を瞼で隠した。
「クラウス、久しぶり。元気そうだね」
「もちろん。僕の愛らしい妹君は、いつお会いしても眩しいね」
「うっは」
第一子であるクラウスは、アルベルトと違って十も離れているから、尊敬すべき兄だと思える。
彼は父が団長を務める<赤 鷲>の第一師団師団長を任される程の実力と人格を持ち合わせている。
(まだまだひよっこのアルとは大違い)
子供のように売り言葉を口にするアルベルトは、三年ほど前に<赤 鷲>に入団して未だ第三師団の平騎士だ。実力主義でもある騎士団では、彼はまだまだだ。
私はふんと鼻を鳴らして、私の手から唇を離したクラウスに頬を膨らませた。
「どうにかならないの、この腹立たしい男の口。」
「アルベルトに婦女の心を知れと言うのも、難しい話かな。犬に人の言葉を話せというくらいには」
「望みの欠片も抱けないわね」
「とりあえず俺にも繊細な心があると進言しておく。」
アルベルトのこの国特有の紅の瞳が細く据わって行く。
しかしそれにも動じずに舌を出してやると、更にその顔が顰められるからこちらも気分がやや高揚する。
パン、と外で馬を叩く音がして、ゆるゆると馬車が動きだした。
私と対照的に窓を見る隣りに座ったアルベルトと、向かいで笑みを浮かべるクラウスに交互に目を向けて、疑問に思っていたことを告げた。
「ねぇ、そう言えばなんで迎えになんて来てくれたの?<赤 鷲>のお仕事は?」
いつもならギードが送り迎えをしてくれるし、最近では隣りのカンナ帝国の内乱の火がこちらまでひのこを飛ばしてくるかもしれないと、国境付近に警備が敷かれている。もちろんそれは国立騎士団の<赤 鷲>の仕事だ。
私の疑問に答えたのは、窓枠に頬杖を付き、外を見たままのアルベルトだった。
「……お前に会いたいって言ってる御方がいるんだよ。」
「え?なにそれ」
「セツナももういい年頃だしね。そういう話が本格化してきたってことだよ。」
クラウスの言葉で確信を得る。
私が13歳を過ぎた頃には、既に見合いや婚約者の話が持ち上がっていた。それでもこの歳までフリーでいられたのは、騎士を目指す愛国心と、竜の一族という特殊な血故だった。
それでももう婚約が決まると言う事は、私の相手は定まったも当然だ。――竜の一族の婚姻は特別な理由がない限り、同じ竜族の者か王族と決まっている。
クラウスは心なしか視線を落として「やっぱり淋しいけどね」と呟いた。
私だって淋しい。生まれてずっと兄妹三人仲良くやって来たつもりだし、いざ離れるとなると失う悲しみは拭えない。
これから向かう先は、予想出来ていた。
頭角を現したそれが窓から見え始めると、確信を得てくる。――6つの時母に連れられたあの城塞へ向かっているということに。
メイドたちに厚く歓迎されながら、シグムント家の邸の一室などただの小部屋だとでも言われそうな大広間に通される。しかしそこは上級の来賓用に備えられたという一室で、人の身長を遙かに超える高さの窓に、重厚なカーテンと同じ色のカーペット、金縁でところどころに宝石をあしらいつつも上品に仕立てられたソファ。伯爵家の娘でも息を飲んでしまう部屋には、上半身だけの人型に薄衣を幾重にも重ねた緋色のドレスが飾られていた。
(これが私の色か……なんだかぱっとしない。)
竜族にはいくつかの決まりがある。
神子となる者は婚姻の際に、自身の【色】を定められ、祭事の際に纏う衣は総てその色となり、国の色ともなる。母は父と婚姻を結んだ際、茜色を賜り【茜色の神子】と呼ばれたが、私の色は何色というべきか。
赤というには淡い、夕陽の色よりも柔らかい。
(スカーレット)
私のクリーム色の髪に合わせてくれたのかもしれない。
しかしやっぱり思うのだ。
私の青い瞳に、赤なんて似合うわけないと。――けれど、そんなこと思っても言えるわけはなかった。
私はメイドに手伝ってもらいながら親しみのある制服を脱ぎ、それに身を包んだ。
実感、というのはない。
誰と婚約し結婚しようとも、私はこのまま騎士になって父のようになるのだと決めていたし、恋など幼い時に一度しただけで、男の理想像など考えた事もなかったからだ。
(私って結構淡泊なのかな…)
いくらいつかは誰かの指示で結婚するのだと解ってはいても、いざとなればみんな涙するというのに、何故だか私の胸は冷めたように凪いでいた。
支度を済ませ陛下がいるはずの謁見の間の扉を開くと、先程の部屋などよりも広いホールが現れた。神殿のような柱が王座まで等感覚に並び、中央に赤いカーペットが敷かれている。それを囲うように、臣下たちや兄ふたりが顔をそろえていた。
いつの間にか身体に沁みついた礼節が、陛下の前で役に立つ。
たおやかに頭を下げて腰を低くすると、あの時よりも年老いた壮年の男が鷹揚に頷いた。
「セツナか。おお…随分と大きくなったものだ。あれから十年以上か、早いものだな」
「御無沙汰しておりました。陛下」
「堅苦しい挨拶は良い。急かして悪いとは思ったのだが、これも国の為。そなたも解ってくれよう」
その口ぶりは昔と変わらず大仰で、言葉通り大して悪いとは思っていないようだった。
竜の一族と王族との婚姻は、竜との契約を深める意味でとても重要なことだ。
近い過去でブレンダンとの戦争が起きて、今では隣国のカンナ帝国が内乱を続けている。今日や明日を不安に思う事は当然だ。ここで火竜との絆を深め、加護を強くすることが出来れば厄災を逃れられるかもしれない。
陛下が手をこちらに広げると、それと共にまだ齢十程の気の強そうな少年が臆することなく前に現れた。
この方が、私の夫になるのだ。
――そう思うと、心がずしりと重くなったような気がした。
王宮をひとりで歩くことなんて、普通に考えたら許される事ではない。しかし私は国を守護する火竜の一族の娘だ。皆の接し方は王族に対するものと近い。
裏庭に出て、燃え盛る色の花々に取り囲まれながら、なんとなしに歩く。いくら歩いても先が見えないように作られている茂みは、まるで迷路のようだ。
「つめた」
頬に冷たい何かが当たったような気がして空を仰ぐと、晴天だった空は重苦しいカーテンを閉めてゴロゴロと唸っていた。――なんとも言えない私の気持ちを代弁したかのようだ。
ドンドン、とカンナからの恐ろしい音と共に、雷鳴が雲間から漏れ始める。そしてついに、蒼い稲妻となってどこかに落ちる。あれはカンナの方角だ。
恐らくルーンバルトの領内ではないと思うけれど、もし領内ならば渇いた土地だ。すぐに大きな火事になるに違いない。しばらくすればこの空よりも暗い色の煙が立ち上り、人々は逃げ惑うだろう。
けれど、今は恵みの雨がすぐ傍にある。
何かが起こる前に神の愛し水が降り注げばいい。
なんとなしに、おもむろに手を空へと掲げた。
「ゆっくり、優しく降って……癒しを。」
ルーンバルトは水を多く受け入れられる土壌はない。いきなり多くの雨が降っては土砂崩れや川の氾濫にもつながる。ゆっくり、しとしとと降ればいい。
すると僅かに雷とは違う淡い青の光が見えた。額には竜の紋様が浮かび上がっていることだろう。私が魔法を使う時には竜の力も作用するのか、母が陛下と竜の絆を結びあった時と同じような現象が起こる。
水の魔法は使うなと言われているけれど、今なら誰にも見られていないし、ゼロから水を生み出すわけではなく水源は空にあるのだから奇跡を起こすわけでもない。火事を未然に防げるのだから、これはいいことだと自分に言い聞かせる。
私の僅かな青い灯火に誘われ、しとしとと雨が零れ落ちてくる。
やはり雨の中は、居心地が良い。
※ ※ ※
「ずっと雨の中にいたなんて、火竜一族の娘が聞いて呆れんな。」
「うるさいな、急に降って来たんだからしょうがないでしょ」
「まあいいじゃないか、すぐに着替えたんだし。ただ体調には気を付けるんだよ?」
「はぁい」
城に着た時と同じ紅い制服を身に纏い、馬車が来るのを兄たちと待っていると早速これだ。
今や雨は視界を遮る程のものとなり、外に出るのも億劫になっていた。
お陰で私とは違い、赤い目を持つアルベルトは苛立ちを隠せないようだ。
(まるで猫みたい。これが家の中だったらゴロゴロしてるんだよね)
虫の居所が悪いアルベルトにこれ以上言うと面倒事が増えるだけだ。
じとっと睨みつけるだけにしていると、一番年上のクラウスがこのままではまずいと踏んだのだろう。辺りを見回して小首を傾げた。
「おかしいな、馬車の手配はしていた筈なんだけど。」
「……そう、だな。」
いつもなら帰る際にはすでに家から馬車が迎えに来ているか、城側が気を利かせて馬車を用意してくれるのが通例なのだが。
クラウスは渡り廊下を歩むメイドを見かけると、彼女に向かって走って行く。その後ろ姿を見て息を吐くのはアルベルトだ。
「メイドなんかに訊くより、直接馬車番に訊いた方が早いだろうが」
そう言いながら、紅玉の瞳を呆れたように半眼にして、どこかへと歩いて行く。恐らく言葉通り馬車の管理をしている者に直接もの申しに行くのだろう。
こういうところは、まあ年上と思ってやらなくもない。
子供の頃は何の隔たりもなく、優しくしてもされても、恥ずかしいなどとは思わなかったのにな、と呟く。
壁に背中を預けて、雨で霞む景色を茫と眺める。
陛下の話は数時間に渡り、いつの間にか朱色だった空には明かりが消えうせていた。婚約が決まった王子とぎこちない会話を交わし、婚礼は数カ月以内に行われる事まで決まってしまった。
いくらなんでも急過ぎだろうという兄たちの顔には驚きの色が浮かんでいた。きっと私もそうだったろう。
(でもいつかは、こうなってるんだもんね)
今「急過ぎる」と駄々をこねても、結果は変わらないのだ。
何事もなく結婚して、国の為に竜の一族として契りを深くして、許されるのなら騎士の道は捨てずに生きよう。
――それが、どこか諦めたような私のどこか歪な想いだった。
ガラガラガラッ
ようやく一台の馬車が現れる。
長い息を吐き出して、それに近寄ると御者台から下りて来たのは雨避けのフードを目深に被った男だった。
「お待たせしてしまい、申し訳ありません。連絡の行き違いがあったようで」
「そう」
静寂によく響く、落ちついた声音の持ち主だ。声からしてそう歳は離れていないだろう。
昔からマイペースなクラウスとルーズなアルベルトと育ってきたため、待たされることは苦ではない。扉を開けて入るよう促す彼に従うと、ふと兄たちが来ないのを不思議に思った。
「ねえ、金髪の無駄に爽やかな男と黒髪でクソ生意気そうな顔の男を知らない?馬車を手配しに行ったんだけど」
「お兄様たちのことですよね?」
今度は別のところから陽気な声が聞こえた。
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