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第二章 錬金術店の毎日
第2話 吹雪の日
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雪が降り積もる日が続いていた。
「だいぶお客が落ち着いたわね~」
トーナは店のカウンターに座り、窓の外の吹雪を見ながら温かなカップを持ってのんびりと過ごしている。大規模討伐と冬物商品の売り上げのお陰で心に余裕をもって年を越せると、彼女は既に店仕舞いの年末年始モードだ。
「商業ギルドに渡す納税分はどうしますか?」
ベルチェがまとめてくれた布袋の中にはそれなりの金額が入っている。商業ギルドは国に代行してこの街の商売人から毎月税金を取りまとめもおこなっていた。王都で商売するにはそれなりに収める必要がある。
(世界は違えど、税金、税金、また税金ね~……)
ズズズ……とお茶をすする。
真っ白な湯気のでるカップの向こう側で、強い風と共にガタガタと音を立てて窓ガラスが揺れていた。
「……いや~これ回収人来れないよね~」
「ワタシが持っていきましょうか?」
「うーん……ギルドも開いてなさそう……」
トーナは一応店を開けていた。こういう日に限って急ぎのお客さんがくるからだ。急に高熱が出た、滑って転んで打ち身が酷い、しもやけが辛い等々……。
だが今日に限ってはそれが裏目に出た。
「うわっ! 今の何!!? 見た!? ベルチェ見た!?」
まどろんでいたトーナの目に急に真っ赤な炎が映ったのだ。窓の外の真っ白な吹雪が、火炎放射のような強力な炎によって一瞬消えたのを確かに見た。
「吹雪にイラついた魔術師でしょうか」
「そんな~師匠じゃあるまいし、天候が気に入らなくて暴れまわるなんて~」
途端にバタン! と大きな音を立てて店の扉が開いた。ドアベルが暴れるように鳴っている。そして、
「錬金術師トーナ!!! 私勝負なさいっ!!!」
「……は?」
目の前に鼻の頭と耳を真っ赤にして、トーナを指さしている女性が立っていた。開けっ放しの扉から、ビュービューと強い風と雪が店内の商品をカタカタと揺らす。
(デジャヴ?)
それ流行ってんの? と思わず口から出そうになるのを何とか留めた。トーナは突然の出来事に頭が付いていかず、以前のアレンのセリフを思い出している。
「あ、えーっと……すみません。寒いんで閉めてもらっても……」
「そ、そうですわね!」
ワタワタと慌てた後、女性はそっと丁寧に扉を閉める。店内に振り込んできた雪は、再び温まり始めた空間でゆっくりと溶けていった。
腰まであるストロベリーブロンドの巻き髪はべちゃべちゃになっている。珊瑚色の瞳が印象的だった。どうやら鼻水も出始めたらしく、ズズっと頻繁に吸っていた。服装と身に着けている物から察するに、魔術学院の生徒だろう。滑って転んだような汚れもあちこちについている。
「大丈夫です……か?」
トーナは先ほどの面倒くさいセリフが聞こえなかったかのように振舞い、まだ体が冷えたままであろうその女性に、オーウィスの毛で編まれた青いショールを手渡した。
「恐れ入ります……あら、オーウィスの……ズズッ……失礼……ズッ……とてもいい物をお持ちだわ……」
オーウィスとは羊によく似た動物だ。保温性の高い毛がとれる。今彼女に手渡したものは、錬金術のアイテムでさらに手触りをよくしている。
「よろしければこちらに」
ベルチェが椅子を火鉢の側に置いた。
「まぁ何から何まで……」
そう言って素直に座ったかと思うと、
「って! 違いますわっ! 私、貴女に勝負を挑みに来たんですのよ!!?」
叫ぶように立ち上がった。
トーナは、
(わ~本物のお嬢様だ~)
と言う感動に近いものと、
(めんどくせ~……)
と言う本能に近い感覚が入り乱れていた。
「まあまあまあ。とりあえず座って、まずは体を温めてください。ベルチェ~お願いできる~?」
「すぐにお茶を」
「ちょっと! 私は……!」
「まあまあまあ。お貴族様にはお口に合わないかもしれませんが、体を温めるシロップを入れておりますので」
そう言って座るよう促すと、しぶしぶまた火鉢の前に座った。
(この人、押しに弱いな!?)
よしよし。とトーナは内心ほくそ笑んでいる。
「……おいしゅうございます」
少し不服そうにつぶやく彼女だったが、トーナは嬉しくなってついつい笑顔になった。
このロコの実シロップもこの冬よく売れているトーナ特製冬用アイテムだ。ナッツ類の風味がしてお茶などに入れて飲むと、ゆっくりと体を温めてくれる。店には、ほんのり甘いものと、甘さ強めのもの2種類置いていた。
落ち着いたところでトーナは少し気合を入れて、だが決してそれを悟られないように話しかける。
「それで、本日はどのようなご用向きで?」
「で、ですから貴女と勝負をしに来たのです!」
先ほどよりはずいぶんトーンダウンして、少し照れるようにも見えた。
「申し遅れました。私はエルマ・フィッセル。魔術学院の1回生です」
至極真面目な自己紹介だった。平民相手にずいぶん丁寧だ。
(フィッセル……フィッセル侯爵家かな?)
確か火の魔術の名門だと、記憶の隅を確認する。
「それはそれは。恐れ入りますが何故そのような必要が?」
「それは……」
今度は顔を赤くする。
(なに……?)
トーナが訝しげにしていると、意を決したようにまた立ち上がった。どうやら昂ぶると体を動かさずにはいられないらしい。
「貴女がアレン様を誑かしているからですわ!!!」
再びトーナを指さした。許せない! と顔に書いてある。だがそれはトーナも一緒だ。
「は?」
「ヒッ!?」
急にトーナの雰囲気が変わり、エルマは怯んだ。さっきまで親切で優しい営業スマイルの彼女はもういない。
(はいはいはいはいついに来たわねこのパターン)
トーナはこのような状況になることを予想していた。イケメンで、魔術学院の首席で、侯爵家ともなればモテないわけがない。しかもまだ婚約もいない。こんな優良物件は貴重だ。
アレンは無自覚にトーナを意識していた。店にはしょっちゅうやってくるし、何より魔物の大規模討伐の際には他の学院の生徒に見られている。トーナに夢中なアレンの姿が。
(嫌な予感はしてたんだよな~……)
噂はゆっくりと広がっていたが、雪の影響でなんとか他生徒たちの突撃は避けれていた。しかしエルマは雪解けまで待てなかった。それで1人突撃してきたのだ。
トーナはあからさまに不愉快だとわかるよう、大きなため息をついた。
「アレン様に直接ご助言されてはいかがですか? このような下賤な女に現《うつつ》を抜かさず、相応しい女性を、自分を選べと」
「なっ! そ、そんなはしたないこと……!」
エルマは顔を真っ赤にして俯いた。どうやら愛の告白は出来ないらしい。恋敵の店に吹雪の中突撃をかますことは出来るのに。
「はしたない~!?」
トーナは大袈裟にのけぞって見せる。
「最近はそうではないのでは? 高貴な方の間では恋愛結婚も流行っているとうかがいます。第3王子のカルロ殿下も愛する方とご婚約なさる予定とか」
これはまだ公式には発表されていないが、トーナのような一般人にまで噂が回ってる内容だ。貴族であるエルマはもちろん知っている。
「う……あ……ですが……」
もじもじとし始めた。
「エルマ様、失礼を承知で申し上げます」
「なななななんです!?」
エルマは本能で悟った。トーナには勝てないと。
「私を巻き込まないでいただきたいのです。これは貴女様とアレン様の問題でございます。ご自身に振り向かせる努力をした上で私を排除しようとするならまだしも、アレン様に対して何もしていないのでは?」
「うっ……その……」
しどろもどで目をそらす。
「わ、私などが話しかけてはきっと迷惑ですわ……どんな美しい令嬢が話しかけたとしても全く相手にされていないのですよ……」
しょんぼりと肩を落としていた。気の強そうな見た目とは裏腹に、自分に自信がないようだ。
「ですが仰っる通りですね……貴女に八つ当たりをするなんて……どうにかしていました……申し訳ありません」
(思ってたよりずいぶん素直!)
目を潤ませてエルマは頭を下げる。貴族がトーナのような人間に頭を下げるなどありえないので、もちろんトーナは驚いた。
エルマの話では学院のアレンに憧れる女子生徒の間で、彼がどこぞの錬金術師に惚れ薬を盛られたに違いないとまことしやかに囁かれているという話だ。
(これ、雪がなくなったら他の女子生徒も突撃してこないでしょうね!?)
「アレン様に振り向いていただきたくて猛勉強したのです……おかげで学期末の試験では上位に食い込むことができました……ですがそれでもアレン様が見つめているのが私ではないことが急に悔しくなってしまって……平民相手だからと強く出て……貴女はこんな私に優しくしてくださる方ですもの……アレン様が私に見向きもしないのは当り前ですわね」
さめざめと泣きながらも頑張って笑顔を作ろうとしているエルマ。だがトーナは前世の少女漫画でも読んでいる気分になってしまっていた。
(カァー! 甘酸っぺぇ~~~!)
今世の青春は残念ながら師フィアルヴァによる修行修行また修行で消えてしまったせいか、彼女の恋心がトーナの心にじんわりと染み込んだ。
トーナはこっそり口元を上げる。
「そんなエルマ様にとっておきのアイテムがあります!」
「へ?」
急いでベルチェに指示を出し、カウンターの下から出てきたのは小さな瓶だった。惚れ薬ではありませんよ、と前置きをして、
「アレン様はこの匂いがとってもお好きのようです」
「そ、そうなの!?」
ずずい、と商品をエルマに手渡しガラスの蓋を外すと、柔らかな甘い香りが広がるった。
「是非これをお使いください! きっと話のきっかけになります!!!」
それはフォリウスの木から抽出した香油だった。金木犀の香りに似ているとトーナは思ったが、この木自体の姿は少しも似ていない。
「高位冒険者から入手したものですので、品物自体も悪くありません。この店では購入者がいないので店頭には置いていないのですが……せっかく吹雪の中いらしてくださいましたし。特別に大銀貨1枚でお譲りします!」
にこり! と、トーナは先ほどまでの営業スマイルに戻った。もちろん元から大銀貨1枚の商品だ。トーナの店で出している商品の中で、上級ポーションを除けばこれほど高いものはない。原材料が高すぎる。
フォリウスの木は高位冒険者しかたどり着けないダンジョンの奥に生えていた。トーナはランベルトがちょっと遠征に行ったからとお土産にもらったのだ。
「買いますわ!」
「ありがとうございます!!!」
顔を輝かせエルマは上機嫌でお礼を言って店から出て行った。まだ吹雪が続いているが、文字通り彼女なら大丈夫だろうと思わせるエネルギーを発している。窓の外には彼女の周りの雪が蒸発しているのが見えた。
「口八丁手八丁ですね」
「あ、その言葉覚えてた?」
「ワタシを誰だとお思いで?」
「ま~なんとか追い出せたけど。これで終わるかな~終わるといいな~」
「期待はできません」
「やっぱり?」
やれやれと思いながらも、実は少し楽しんだトーナだった。
「だいぶお客が落ち着いたわね~」
トーナは店のカウンターに座り、窓の外の吹雪を見ながら温かなカップを持ってのんびりと過ごしている。大規模討伐と冬物商品の売り上げのお陰で心に余裕をもって年を越せると、彼女は既に店仕舞いの年末年始モードだ。
「商業ギルドに渡す納税分はどうしますか?」
ベルチェがまとめてくれた布袋の中にはそれなりの金額が入っている。商業ギルドは国に代行してこの街の商売人から毎月税金を取りまとめもおこなっていた。王都で商売するにはそれなりに収める必要がある。
(世界は違えど、税金、税金、また税金ね~……)
ズズズ……とお茶をすする。
真っ白な湯気のでるカップの向こう側で、強い風と共にガタガタと音を立てて窓ガラスが揺れていた。
「……いや~これ回収人来れないよね~」
「ワタシが持っていきましょうか?」
「うーん……ギルドも開いてなさそう……」
トーナは一応店を開けていた。こういう日に限って急ぎのお客さんがくるからだ。急に高熱が出た、滑って転んで打ち身が酷い、しもやけが辛い等々……。
だが今日に限ってはそれが裏目に出た。
「うわっ! 今の何!!? 見た!? ベルチェ見た!?」
まどろんでいたトーナの目に急に真っ赤な炎が映ったのだ。窓の外の真っ白な吹雪が、火炎放射のような強力な炎によって一瞬消えたのを確かに見た。
「吹雪にイラついた魔術師でしょうか」
「そんな~師匠じゃあるまいし、天候が気に入らなくて暴れまわるなんて~」
途端にバタン! と大きな音を立てて店の扉が開いた。ドアベルが暴れるように鳴っている。そして、
「錬金術師トーナ!!! 私勝負なさいっ!!!」
「……は?」
目の前に鼻の頭と耳を真っ赤にして、トーナを指さしている女性が立っていた。開けっ放しの扉から、ビュービューと強い風と雪が店内の商品をカタカタと揺らす。
(デジャヴ?)
それ流行ってんの? と思わず口から出そうになるのを何とか留めた。トーナは突然の出来事に頭が付いていかず、以前のアレンのセリフを思い出している。
「あ、えーっと……すみません。寒いんで閉めてもらっても……」
「そ、そうですわね!」
ワタワタと慌てた後、女性はそっと丁寧に扉を閉める。店内に振り込んできた雪は、再び温まり始めた空間でゆっくりと溶けていった。
腰まであるストロベリーブロンドの巻き髪はべちゃべちゃになっている。珊瑚色の瞳が印象的だった。どうやら鼻水も出始めたらしく、ズズっと頻繁に吸っていた。服装と身に着けている物から察するに、魔術学院の生徒だろう。滑って転んだような汚れもあちこちについている。
「大丈夫です……か?」
トーナは先ほどの面倒くさいセリフが聞こえなかったかのように振舞い、まだ体が冷えたままであろうその女性に、オーウィスの毛で編まれた青いショールを手渡した。
「恐れ入ります……あら、オーウィスの……ズズッ……失礼……ズッ……とてもいい物をお持ちだわ……」
オーウィスとは羊によく似た動物だ。保温性の高い毛がとれる。今彼女に手渡したものは、錬金術のアイテムでさらに手触りをよくしている。
「よろしければこちらに」
ベルチェが椅子を火鉢の側に置いた。
「まぁ何から何まで……」
そう言って素直に座ったかと思うと、
「って! 違いますわっ! 私、貴女に勝負を挑みに来たんですのよ!!?」
叫ぶように立ち上がった。
トーナは、
(わ~本物のお嬢様だ~)
と言う感動に近いものと、
(めんどくせ~……)
と言う本能に近い感覚が入り乱れていた。
「まあまあまあ。とりあえず座って、まずは体を温めてください。ベルチェ~お願いできる~?」
「すぐにお茶を」
「ちょっと! 私は……!」
「まあまあまあ。お貴族様にはお口に合わないかもしれませんが、体を温めるシロップを入れておりますので」
そう言って座るよう促すと、しぶしぶまた火鉢の前に座った。
(この人、押しに弱いな!?)
よしよし。とトーナは内心ほくそ笑んでいる。
「……おいしゅうございます」
少し不服そうにつぶやく彼女だったが、トーナは嬉しくなってついつい笑顔になった。
このロコの実シロップもこの冬よく売れているトーナ特製冬用アイテムだ。ナッツ類の風味がしてお茶などに入れて飲むと、ゆっくりと体を温めてくれる。店には、ほんのり甘いものと、甘さ強めのもの2種類置いていた。
落ち着いたところでトーナは少し気合を入れて、だが決してそれを悟られないように話しかける。
「それで、本日はどのようなご用向きで?」
「で、ですから貴女と勝負をしに来たのです!」
先ほどよりはずいぶんトーンダウンして、少し照れるようにも見えた。
「申し遅れました。私はエルマ・フィッセル。魔術学院の1回生です」
至極真面目な自己紹介だった。平民相手にずいぶん丁寧だ。
(フィッセル……フィッセル侯爵家かな?)
確か火の魔術の名門だと、記憶の隅を確認する。
「それはそれは。恐れ入りますが何故そのような必要が?」
「それは……」
今度は顔を赤くする。
(なに……?)
トーナが訝しげにしていると、意を決したようにまた立ち上がった。どうやら昂ぶると体を動かさずにはいられないらしい。
「貴女がアレン様を誑かしているからですわ!!!」
再びトーナを指さした。許せない! と顔に書いてある。だがそれはトーナも一緒だ。
「は?」
「ヒッ!?」
急にトーナの雰囲気が変わり、エルマは怯んだ。さっきまで親切で優しい営業スマイルの彼女はもういない。
(はいはいはいはいついに来たわねこのパターン)
トーナはこのような状況になることを予想していた。イケメンで、魔術学院の首席で、侯爵家ともなればモテないわけがない。しかもまだ婚約もいない。こんな優良物件は貴重だ。
アレンは無自覚にトーナを意識していた。店にはしょっちゅうやってくるし、何より魔物の大規模討伐の際には他の学院の生徒に見られている。トーナに夢中なアレンの姿が。
(嫌な予感はしてたんだよな~……)
噂はゆっくりと広がっていたが、雪の影響でなんとか他生徒たちの突撃は避けれていた。しかしエルマは雪解けまで待てなかった。それで1人突撃してきたのだ。
トーナはあからさまに不愉快だとわかるよう、大きなため息をついた。
「アレン様に直接ご助言されてはいかがですか? このような下賤な女に現《うつつ》を抜かさず、相応しい女性を、自分を選べと」
「なっ! そ、そんなはしたないこと……!」
エルマは顔を真っ赤にして俯いた。どうやら愛の告白は出来ないらしい。恋敵の店に吹雪の中突撃をかますことは出来るのに。
「はしたない~!?」
トーナは大袈裟にのけぞって見せる。
「最近はそうではないのでは? 高貴な方の間では恋愛結婚も流行っているとうかがいます。第3王子のカルロ殿下も愛する方とご婚約なさる予定とか」
これはまだ公式には発表されていないが、トーナのような一般人にまで噂が回ってる内容だ。貴族であるエルマはもちろん知っている。
「う……あ……ですが……」
もじもじとし始めた。
「エルマ様、失礼を承知で申し上げます」
「なななななんです!?」
エルマは本能で悟った。トーナには勝てないと。
「私を巻き込まないでいただきたいのです。これは貴女様とアレン様の問題でございます。ご自身に振り向かせる努力をした上で私を排除しようとするならまだしも、アレン様に対して何もしていないのでは?」
「うっ……その……」
しどろもどで目をそらす。
「わ、私などが話しかけてはきっと迷惑ですわ……どんな美しい令嬢が話しかけたとしても全く相手にされていないのですよ……」
しょんぼりと肩を落としていた。気の強そうな見た目とは裏腹に、自分に自信がないようだ。
「ですが仰っる通りですね……貴女に八つ当たりをするなんて……どうにかしていました……申し訳ありません」
(思ってたよりずいぶん素直!)
目を潤ませてエルマは頭を下げる。貴族がトーナのような人間に頭を下げるなどありえないので、もちろんトーナは驚いた。
エルマの話では学院のアレンに憧れる女子生徒の間で、彼がどこぞの錬金術師に惚れ薬を盛られたに違いないとまことしやかに囁かれているという話だ。
(これ、雪がなくなったら他の女子生徒も突撃してこないでしょうね!?)
「アレン様に振り向いていただきたくて猛勉強したのです……おかげで学期末の試験では上位に食い込むことができました……ですがそれでもアレン様が見つめているのが私ではないことが急に悔しくなってしまって……平民相手だからと強く出て……貴女はこんな私に優しくしてくださる方ですもの……アレン様が私に見向きもしないのは当り前ですわね」
さめざめと泣きながらも頑張って笑顔を作ろうとしているエルマ。だがトーナは前世の少女漫画でも読んでいる気分になってしまっていた。
(カァー! 甘酸っぺぇ~~~!)
今世の青春は残念ながら師フィアルヴァによる修行修行また修行で消えてしまったせいか、彼女の恋心がトーナの心にじんわりと染み込んだ。
トーナはこっそり口元を上げる。
「そんなエルマ様にとっておきのアイテムがあります!」
「へ?」
急いでベルチェに指示を出し、カウンターの下から出てきたのは小さな瓶だった。惚れ薬ではありませんよ、と前置きをして、
「アレン様はこの匂いがとってもお好きのようです」
「そ、そうなの!?」
ずずい、と商品をエルマに手渡しガラスの蓋を外すと、柔らかな甘い香りが広がるった。
「是非これをお使いください! きっと話のきっかけになります!!!」
それはフォリウスの木から抽出した香油だった。金木犀の香りに似ているとトーナは思ったが、この木自体の姿は少しも似ていない。
「高位冒険者から入手したものですので、品物自体も悪くありません。この店では購入者がいないので店頭には置いていないのですが……せっかく吹雪の中いらしてくださいましたし。特別に大銀貨1枚でお譲りします!」
にこり! と、トーナは先ほどまでの営業スマイルに戻った。もちろん元から大銀貨1枚の商品だ。トーナの店で出している商品の中で、上級ポーションを除けばこれほど高いものはない。原材料が高すぎる。
フォリウスの木は高位冒険者しかたどり着けないダンジョンの奥に生えていた。トーナはランベルトがちょっと遠征に行ったからとお土産にもらったのだ。
「買いますわ!」
「ありがとうございます!!!」
顔を輝かせエルマは上機嫌でお礼を言って店から出て行った。まだ吹雪が続いているが、文字通り彼女なら大丈夫だろうと思わせるエネルギーを発している。窓の外には彼女の周りの雪が蒸発しているのが見えた。
「口八丁手八丁ですね」
「あ、その言葉覚えてた?」
「ワタシを誰だとお思いで?」
「ま~なんとか追い出せたけど。これで終わるかな~終わるといいな~」
「期待はできません」
「やっぱり?」
やれやれと思いながらも、実は少し楽しんだトーナだった。
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