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第7章 世界は変化する
第2話 真実を
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フィアの分離が無事にスタートした。最終的に二つに分かれる。フィア本人と黒い大犬。
「ヴォルフっていうんだよ」
大きな身体でも小さな身体でもフィアの声は変わらなかった。小さな少年の声。
その大犬はカーライル家の幼い妹弟達がリデオンのすぐ近くの森の中で怪我していたところを助け、そのまま彼らの愛犬となった。
フィアもヴォルフもキメラの身体の中で生きている。
「人間をキメラ化させたければ聖獣の身体が必要です」
不幸中の幸いかヴォルフには聖獣の血が半分流れていた。
「複数命があるままのキメラ化は上手くいかないことが多いのですが。一つの身体を共有する形になるので」
ライルは興味深そうにフィアの方をじっとみる。
「僕、僕はヴォルフが消えちゃうのが嫌で……だから入れ替わって過ごすことにしたんです」
だから混ざり合わずに重なるように融合した。ヴォルフも同意してくれたと。元々かなり愛情深い大犬は命を差し出す気でいたが、可愛いフィアがそう望むならと共に生きることにした。
フィア曰く、ずっと夢の中にいるようだったのが、薬を飲んだことによって急に目が覚めたように感じたそうだ。
祝いの席でほんわかとそんな話をしているが、いつも騒がしい彼が大人しい。
「なんで……なんでソイツがいるんだ!!!」
満を持してオルフェがワーワーと騒ぎ始める。
祝いの会場は蒼の家の庭だ。小さなガーデンパーティ。もちろん、これまでライル・エリクシアにはこの空間の秘密を伝えていなかった。
「だってライルさんの薬のおかげだし。一番の功労者だもん」
すっとぼけた顔の蒼を見て、オルフェはもう何も変えることができないのだと悟り、力なく椅子に腰掛けた。
『私も一緒にあなた方の旅に同行させていただきたい』
フィアが喋ったことを報告に行った際、突然ライルに言われたのだ。
その返事を蒼が迷わなかったといえば嘘になる。この研究熱心な男性に、御使からもらったあの特別な空間に引き入れたらどんなことになるか……どんな想像をしても『それはやめといた方がいいのでは?』という結論に着地する。
だがメリットはかなり大きい。フィアの分離になにかあればすぐに対処してもらえる。
『いいですよ』
蒼の口調はアッサリとしたものだった。蒼の秘密より、フィアの安全の方が大事だ。そうすぐに判断できた、元来心配性な自分の変化をこっそりと喜んだ。
『どうも。では後ほどお互い条件を話し合っておきましょう』
いつも通りライルは淡々と答える。
アルフレドはもちろん、そんな即決していいの!? という目で蒼を見ていたが、彼女が何より自分達のことを考えて答えを出したくれたのだとすぐに気がつき、こっそりと礼を言った。
オルフェがライル・エリクシアの加入に批判気味なのは、彼がイマイチ自分の現状を受け入れられていないからだ。彼が天空都市にやって来て、劇場通いも含め遊び歩くのを誰も何も言わない理由の一つでもあった。
◇◇◇
それはフィアがどうにか分離できそうだとわかってからすぐ、オルフェと彼の顔合わせをした時のこと。
オルフェは自分の名前や出自は覚えていたが、キメラになった経緯やその前後の記憶が欠落していたので何か助けになればと考えてのことだったが……。
「失敗作ですね」
「なんだと!?」
「失礼。不完全作です」
一通り様子を見た後のライルの言葉に、もちろんオルフェは激怒した。
「私のどこが不完全だというんだ!」
あれだけキメラにされたことを嘆いてはいたが、そう言われては黙ってはいられない。彼は自分自身のことを心から愛している。その愛する自分を貶されるなんて、と怒り心頭だ。
「戦闘力です。キメラは戦うために作られています。あなた、弱いでしょう? 戦闘にも興味がないはずです。キメラなのに」
「なっ……なっ……!」
まさかそんな所を指摘されるとは思わず、オルフェは反論できなかった。
「いやしかし……オルフェという名前に覚えが……ああ、昔の資料だったか」
そう言ってライルはポケットから手帳サイズの本を取り出した。
(え!? 魔法道具!?)
蒼だけではなくその場の全員がその本を凝視する。本を開くと『画面』が現れたのだ。ライルはそれを使って、蒼がいた世界のタブレットのように検索をし、オルフェの名前の書かれた資料を探し出した。そしてほんの少し目をしかめる。
「真実を?」
「ふん! 私に隠し立てするようなことがあると思っているのか!」
先ほどの分を取り返そうと、オルフェは強気に出た。蒼達はその様子をハラハラとしながらも見守るしかない。
「オルフェさん。貴方、ずいぶんと……長生きをされているようだ」
ライルはオルフェの反応を伺っている。オルフェの態度など気にも止めないのに、彼にしては珍しく他人を気遣っているように蒼には思えた。
(確かにオルフェは長く眠っていたようだとは言っていたけど……)
フィアの十年という例もあるので、そのくらいの可能性はもちろん蒼達も想定していた。というのも、どうにも話が合わないと思うことが多々あったからだ。ここ数年で発生した魔王のことは知っていたが、ハイカラな彼がここ十年で発展した宝石の都ラトゥーナを知らなかったり。全て記憶の混濁で片付けてはいたが。
「ええい! もったいつけないでくれたまえ!」
一方で今更引き下がれるかとオルフェは少々ヤケになっている。
「三百年は生きている」
「……へ?」
全員の目が点になる。とんでもない数字が出てきたと。
「キメラになって三百年は経っています」
その記録によると今から三百年前、彼の家族が死にかけのオルフェを連れてユートレイナまでやってきた。キメラ化には成功したがフィア達のようにゆっくりと融合しているのがわかったので、そのまま故郷へと連れ帰ったとされていた。
「セレーニア小国連合のニコロス家の庶子で、嫡子の男性に治療を懇願されキメラ化を提案したと。報酬はニコロス家の家宝、<グリフォンの羽とユニコーンのツノで作られた扇>。そうこの記録にはあります」
それを聞いたオルフェは呆然としていた。蒼達はもちろんオルフェの出身地の話は聞いていたが、セレーニア小国連合は小さな島々の集まった国だったので、彼の実家が実際に存在するかどうかまではわからなかったのだ。
「その青年は毒を持つ魔物の爪で切り裂かれており、治療魔法と聖水でなんとか命は留めていたが、ユートレイナに辿り着いた時には一刻を争う状況だったともあります。……兄君を庇われたためとも書いてありますが」
オルフェは答えない。一生懸命に自身の持つ記憶を探っているようだった。正妻の子である兄の陰謀で自分はキメラにされたに違いないと騒いでいたが、あながち間違いでもなかったのだ。
「ですがセレーニアはここからかなり離れていますよね?」
レーベンは最近そのことを学んだばかり。死にかけのオルフェを連れてくるのは不可能ではないか? と。
「地理をよく理解していますね。今の時代なら無理でしょう。ですが三百年前はユートレイナとセレーニアは空路が整っていたのです」
「空路!? そんなに発展していたんですか!?」
今度は蒼が驚きの声を上げた。そんなに魔法道具が発展した世界だったのかと。
「ええ。しかし……直後に魔王の侵攻にあいセレーニア小国連合はかなり被害を受けています。飛行用の魔法道具もその時期に全て消え去っていますね」
少し言い澱みながらもライルはハッキリと話を続ける。
「あなたをキメラにしたソフィリア・サルヴァドランという研究者のメモも残っています。オルフェさんの兄君が『弟らしく生きられるように』と強く希望したと記載が……それでキメラ特有の戦闘本能を消したのでしょう……そうか、ということはあえて不完全にしたのですね。これは失礼。私の早合点だったようです」
画面を読みながらライルはいつも通り淡々とオルフェに謝った。だがもう彼の耳には届いておらず、
「ふむ。真実がわかってよかった」
空笑いをしながら研究室から出ていったのだった。その後は何も言わず、何も触れず、ただユートレイナでの生活を楽しんでいた。蒼達もオルフェの気持ちを汲んで、彼がその話をしたくなるまで待とう、ということになっていた。
◇◇◇
「真実を!」
宴もたけなわ。さあ今からデザートのフルーツケーキを食べるぞ! というところで、またも唐突にオルフェが元気を出し始めた。ライルに宣戦布告とばかりに。だがその言葉に内心ドキリと反応したのは蒼だった。彼女はいまだに勇者との関係を黙っているのだから。
ライルにはこの空間について、正直に話している。
『御使が間違って私を召喚したので、代わりに衣食住を保障してもらいました』
と。嘘は言っていない。全てを話していないだけ。アルフレドにもレーベンにもオルフェにも同じように説明していた。
「どのような真実をお望みで?」
だからライルがオルフェの声にニヤリとした顔で反応したことに、蒼は心底ホッとした。
「蒼が言っていたぞ。ライル・エリクシアという同姓同名の研究者が大昔にいたと。あなたがその本人か?」
オルフェはどうだ聞かれたら困るだろう! と言わんばかりの得意顔になっている。美味しい食事を頬張りながらそんなことを一生懸命考えていたのだ。
「ああ。ライル・エリクシアをご存知でしたか」
なんだ言ってくれたらよかったのに、というノリだったので、明らかにオルフェがガッカリしている。
「私はライル・エリクシアの記憶を受け継いているんです」
ポカンとライルの言葉の意味するところを全員が考えた。
「ご本人、というわけではない?」
「うーん……そこはどうでしょう」
珍しくライルはハッキリ答えない。
「初代ライル・エリクシアは記憶を転移させる装置を作ったんです。肉体としては別物ですが、記憶を引き継ぐ人格としてはライル・エリクシアに大変近い存在であることは確かです」
一種のキメラ化ですね。とライルは澄まし顔だ。
(転生とは違うのかな?)
もしくは、不老不死です。と言われた方が理解しやすかったなと蒼は目をぱちくりとさせた。
すでにライル・エリクシアの記憶の転移は三回目。
元々のライル・エリクシアは蒼が日記を翻訳した彼。
魔王侵攻の最中、彼は魔法道具を主に研究していた。
「ですがあらゆる研究が中途半端のまま、夢半ばで命が尽きてしまいます。だから記憶だけ未来へ託したのです」
一度目の記憶の転移から目覚めると、魔法道具の研究はかなり衰退していた。魔王侵攻により長い年月をかけて作られた研究所も研究道具も、実験に必要なレアな素材も全て失われていたのだ。
「ならば。と、魔王の支配をうける魔物を改良することにしました。長い年月がかかりましたが、数百種類の魔物を人間と共存可能な存在に変えることができたのです」
水の都テノーラスにいたケルピーのような無害な魔物へと変化させた。次に魔王が現れても被害を最小に留められるよう。
しかし二度目の記憶転移から目を覚ますと、品種改良した魔物はことごとく絶滅していた。残ったのはケルピーくらい。これも魔王侵攻による影響だと知ると、今度はより強い生物を作り出そうとキメラの研究に力を入れる。
「魔物と一対一で勝てる人間は多くない。ですから人間と共に戦う存在を作り出すことにしました」
オルフェはこの時期にキメラになっている。
さあ今度こそ魔王の影響を受けずに研究をと思いながらの三度目の記憶転移。
「それが私ですね。現状はご存知の通り」
魔王の侵攻によりキメラ化の技術は失われ、人々はまた一から研究をしなおしている状況だ。聖獣を含めたキメラに適した生き物の数も大きく減っており、カーライル家のように人間を使った実験もこっそりおこなわれている。
「これで人類が魔王に勝ち続けていると言えますか?」
やれやれと肩をすくめた。
「それで私は決めたのです。この命は魔王そのものの研究に当てようと。だからそのために必要なものを取りにいかなければならないのです」
だから蒼達の旅に同行したいのだというところで話が終わった。
「いかがでしょうか?」
ライルはニヤリとオルフェに視線を送った。喧嘩をふっかけた方はぐうの根も出ない。
「ずっとお一人で戦っていたんですね」
魔王と。蒼は感心するような、心配するような声になっていた。それを聞いたライルはニヤリ顔から、驚くように目を見開いた。そして少しだけ考えた後、
「いえ。剣だけが力ではないはずだと、同じような研究者はどの時代にもいました。協力してくれる者もたくさん。だからこそ私は負けたくないんです」
記憶を渡し、命をかけて彼らも世界のために戦っていたのだ。
「ヴォルフっていうんだよ」
大きな身体でも小さな身体でもフィアの声は変わらなかった。小さな少年の声。
その大犬はカーライル家の幼い妹弟達がリデオンのすぐ近くの森の中で怪我していたところを助け、そのまま彼らの愛犬となった。
フィアもヴォルフもキメラの身体の中で生きている。
「人間をキメラ化させたければ聖獣の身体が必要です」
不幸中の幸いかヴォルフには聖獣の血が半分流れていた。
「複数命があるままのキメラ化は上手くいかないことが多いのですが。一つの身体を共有する形になるので」
ライルは興味深そうにフィアの方をじっとみる。
「僕、僕はヴォルフが消えちゃうのが嫌で……だから入れ替わって過ごすことにしたんです」
だから混ざり合わずに重なるように融合した。ヴォルフも同意してくれたと。元々かなり愛情深い大犬は命を差し出す気でいたが、可愛いフィアがそう望むならと共に生きることにした。
フィア曰く、ずっと夢の中にいるようだったのが、薬を飲んだことによって急に目が覚めたように感じたそうだ。
祝いの席でほんわかとそんな話をしているが、いつも騒がしい彼が大人しい。
「なんで……なんでソイツがいるんだ!!!」
満を持してオルフェがワーワーと騒ぎ始める。
祝いの会場は蒼の家の庭だ。小さなガーデンパーティ。もちろん、これまでライル・エリクシアにはこの空間の秘密を伝えていなかった。
「だってライルさんの薬のおかげだし。一番の功労者だもん」
すっとぼけた顔の蒼を見て、オルフェはもう何も変えることができないのだと悟り、力なく椅子に腰掛けた。
『私も一緒にあなた方の旅に同行させていただきたい』
フィアが喋ったことを報告に行った際、突然ライルに言われたのだ。
その返事を蒼が迷わなかったといえば嘘になる。この研究熱心な男性に、御使からもらったあの特別な空間に引き入れたらどんなことになるか……どんな想像をしても『それはやめといた方がいいのでは?』という結論に着地する。
だがメリットはかなり大きい。フィアの分離になにかあればすぐに対処してもらえる。
『いいですよ』
蒼の口調はアッサリとしたものだった。蒼の秘密より、フィアの安全の方が大事だ。そうすぐに判断できた、元来心配性な自分の変化をこっそりと喜んだ。
『どうも。では後ほどお互い条件を話し合っておきましょう』
いつも通りライルは淡々と答える。
アルフレドはもちろん、そんな即決していいの!? という目で蒼を見ていたが、彼女が何より自分達のことを考えて答えを出したくれたのだとすぐに気がつき、こっそりと礼を言った。
オルフェがライル・エリクシアの加入に批判気味なのは、彼がイマイチ自分の現状を受け入れられていないからだ。彼が天空都市にやって来て、劇場通いも含め遊び歩くのを誰も何も言わない理由の一つでもあった。
◇◇◇
それはフィアがどうにか分離できそうだとわかってからすぐ、オルフェと彼の顔合わせをした時のこと。
オルフェは自分の名前や出自は覚えていたが、キメラになった経緯やその前後の記憶が欠落していたので何か助けになればと考えてのことだったが……。
「失敗作ですね」
「なんだと!?」
「失礼。不完全作です」
一通り様子を見た後のライルの言葉に、もちろんオルフェは激怒した。
「私のどこが不完全だというんだ!」
あれだけキメラにされたことを嘆いてはいたが、そう言われては黙ってはいられない。彼は自分自身のことを心から愛している。その愛する自分を貶されるなんて、と怒り心頭だ。
「戦闘力です。キメラは戦うために作られています。あなた、弱いでしょう? 戦闘にも興味がないはずです。キメラなのに」
「なっ……なっ……!」
まさかそんな所を指摘されるとは思わず、オルフェは反論できなかった。
「いやしかし……オルフェという名前に覚えが……ああ、昔の資料だったか」
そう言ってライルはポケットから手帳サイズの本を取り出した。
(え!? 魔法道具!?)
蒼だけではなくその場の全員がその本を凝視する。本を開くと『画面』が現れたのだ。ライルはそれを使って、蒼がいた世界のタブレットのように検索をし、オルフェの名前の書かれた資料を探し出した。そしてほんの少し目をしかめる。
「真実を?」
「ふん! 私に隠し立てするようなことがあると思っているのか!」
先ほどの分を取り返そうと、オルフェは強気に出た。蒼達はその様子をハラハラとしながらも見守るしかない。
「オルフェさん。貴方、ずいぶんと……長生きをされているようだ」
ライルはオルフェの反応を伺っている。オルフェの態度など気にも止めないのに、彼にしては珍しく他人を気遣っているように蒼には思えた。
(確かにオルフェは長く眠っていたようだとは言っていたけど……)
フィアの十年という例もあるので、そのくらいの可能性はもちろん蒼達も想定していた。というのも、どうにも話が合わないと思うことが多々あったからだ。ここ数年で発生した魔王のことは知っていたが、ハイカラな彼がここ十年で発展した宝石の都ラトゥーナを知らなかったり。全て記憶の混濁で片付けてはいたが。
「ええい! もったいつけないでくれたまえ!」
一方で今更引き下がれるかとオルフェは少々ヤケになっている。
「三百年は生きている」
「……へ?」
全員の目が点になる。とんでもない数字が出てきたと。
「キメラになって三百年は経っています」
その記録によると今から三百年前、彼の家族が死にかけのオルフェを連れてユートレイナまでやってきた。キメラ化には成功したがフィア達のようにゆっくりと融合しているのがわかったので、そのまま故郷へと連れ帰ったとされていた。
「セレーニア小国連合のニコロス家の庶子で、嫡子の男性に治療を懇願されキメラ化を提案したと。報酬はニコロス家の家宝、<グリフォンの羽とユニコーンのツノで作られた扇>。そうこの記録にはあります」
それを聞いたオルフェは呆然としていた。蒼達はもちろんオルフェの出身地の話は聞いていたが、セレーニア小国連合は小さな島々の集まった国だったので、彼の実家が実際に存在するかどうかまではわからなかったのだ。
「その青年は毒を持つ魔物の爪で切り裂かれており、治療魔法と聖水でなんとか命は留めていたが、ユートレイナに辿り着いた時には一刻を争う状況だったともあります。……兄君を庇われたためとも書いてありますが」
オルフェは答えない。一生懸命に自身の持つ記憶を探っているようだった。正妻の子である兄の陰謀で自分はキメラにされたに違いないと騒いでいたが、あながち間違いでもなかったのだ。
「ですがセレーニアはここからかなり離れていますよね?」
レーベンは最近そのことを学んだばかり。死にかけのオルフェを連れてくるのは不可能ではないか? と。
「地理をよく理解していますね。今の時代なら無理でしょう。ですが三百年前はユートレイナとセレーニアは空路が整っていたのです」
「空路!? そんなに発展していたんですか!?」
今度は蒼が驚きの声を上げた。そんなに魔法道具が発展した世界だったのかと。
「ええ。しかし……直後に魔王の侵攻にあいセレーニア小国連合はかなり被害を受けています。飛行用の魔法道具もその時期に全て消え去っていますね」
少し言い澱みながらもライルはハッキリと話を続ける。
「あなたをキメラにしたソフィリア・サルヴァドランという研究者のメモも残っています。オルフェさんの兄君が『弟らしく生きられるように』と強く希望したと記載が……それでキメラ特有の戦闘本能を消したのでしょう……そうか、ということはあえて不完全にしたのですね。これは失礼。私の早合点だったようです」
画面を読みながらライルはいつも通り淡々とオルフェに謝った。だがもう彼の耳には届いておらず、
「ふむ。真実がわかってよかった」
空笑いをしながら研究室から出ていったのだった。その後は何も言わず、何も触れず、ただユートレイナでの生活を楽しんでいた。蒼達もオルフェの気持ちを汲んで、彼がその話をしたくなるまで待とう、ということになっていた。
◇◇◇
「真実を!」
宴もたけなわ。さあ今からデザートのフルーツケーキを食べるぞ! というところで、またも唐突にオルフェが元気を出し始めた。ライルに宣戦布告とばかりに。だがその言葉に内心ドキリと反応したのは蒼だった。彼女はいまだに勇者との関係を黙っているのだから。
ライルにはこの空間について、正直に話している。
『御使が間違って私を召喚したので、代わりに衣食住を保障してもらいました』
と。嘘は言っていない。全てを話していないだけ。アルフレドにもレーベンにもオルフェにも同じように説明していた。
「どのような真実をお望みで?」
だからライルがオルフェの声にニヤリとした顔で反応したことに、蒼は心底ホッとした。
「蒼が言っていたぞ。ライル・エリクシアという同姓同名の研究者が大昔にいたと。あなたがその本人か?」
オルフェはどうだ聞かれたら困るだろう! と言わんばかりの得意顔になっている。美味しい食事を頬張りながらそんなことを一生懸命考えていたのだ。
「ああ。ライル・エリクシアをご存知でしたか」
なんだ言ってくれたらよかったのに、というノリだったので、明らかにオルフェがガッカリしている。
「私はライル・エリクシアの記憶を受け継いているんです」
ポカンとライルの言葉の意味するところを全員が考えた。
「ご本人、というわけではない?」
「うーん……そこはどうでしょう」
珍しくライルはハッキリ答えない。
「初代ライル・エリクシアは記憶を転移させる装置を作ったんです。肉体としては別物ですが、記憶を引き継ぐ人格としてはライル・エリクシアに大変近い存在であることは確かです」
一種のキメラ化ですね。とライルは澄まし顔だ。
(転生とは違うのかな?)
もしくは、不老不死です。と言われた方が理解しやすかったなと蒼は目をぱちくりとさせた。
すでにライル・エリクシアの記憶の転移は三回目。
元々のライル・エリクシアは蒼が日記を翻訳した彼。
魔王侵攻の最中、彼は魔法道具を主に研究していた。
「ですがあらゆる研究が中途半端のまま、夢半ばで命が尽きてしまいます。だから記憶だけ未来へ託したのです」
一度目の記憶の転移から目覚めると、魔法道具の研究はかなり衰退していた。魔王侵攻により長い年月をかけて作られた研究所も研究道具も、実験に必要なレアな素材も全て失われていたのだ。
「ならば。と、魔王の支配をうける魔物を改良することにしました。長い年月がかかりましたが、数百種類の魔物を人間と共存可能な存在に変えることができたのです」
水の都テノーラスにいたケルピーのような無害な魔物へと変化させた。次に魔王が現れても被害を最小に留められるよう。
しかし二度目の記憶転移から目を覚ますと、品種改良した魔物はことごとく絶滅していた。残ったのはケルピーくらい。これも魔王侵攻による影響だと知ると、今度はより強い生物を作り出そうとキメラの研究に力を入れる。
「魔物と一対一で勝てる人間は多くない。ですから人間と共に戦う存在を作り出すことにしました」
オルフェはこの時期にキメラになっている。
さあ今度こそ魔王の影響を受けずに研究をと思いながらの三度目の記憶転移。
「それが私ですね。現状はご存知の通り」
魔王の侵攻によりキメラ化の技術は失われ、人々はまた一から研究をしなおしている状況だ。聖獣を含めたキメラに適した生き物の数も大きく減っており、カーライル家のように人間を使った実験もこっそりおこなわれている。
「これで人類が魔王に勝ち続けていると言えますか?」
やれやれと肩をすくめた。
「それで私は決めたのです。この命は魔王そのものの研究に当てようと。だからそのために必要なものを取りにいかなければならないのです」
だから蒼達の旅に同行したいのだというところで話が終わった。
「いかがでしょうか?」
ライルはニヤリとオルフェに視線を送った。喧嘩をふっかけた方はぐうの根も出ない。
「ずっとお一人で戦っていたんですね」
魔王と。蒼は感心するような、心配するような声になっていた。それを聞いたライルはニヤリ顔から、驚くように目を見開いた。そして少しだけ考えた後、
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