オレのいる暗闇の世界

ハルカ

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翌日は朝から良く晴れていた。
それを肌にあたる日光の熱さで判断したオレは、さっそく汚れている服を洗濯した。普段とは違い二人分だ。いつもより時間をかけてそれらを洗い、庭にはったロープに吊るした。
泥が完全に落ちているかは分からないが、何しろこちらは目が見えないのだ。細かいことを気にしていてはやっていけない。
もし気にいらなければ自分で洗濯し直させよう。
そう決めて、今度は昨夜の雨で濡れたままの野菜を収穫する。こちらも二人分だ。

朝確認すると、ヒューゴはまだ眠っていた。
血の匂いはしないから、ケガをしているわけではないと思う。痛がりもしないから、どこか折れたりしているわけでもない。だとしたら、族に追われる恐怖から逃れた安心感から眠っているのか。それだとしても、見ず知らずの男の前でよく安心して眠れるものだと思う。

収穫を終えたオレは、カゴを持って小屋の中に戻った。
もう一度ヒューゴの様子を確認すべきかと部屋へ足を運びかけ、オレは足を止めた。
キシキシと、床を踏むかすかな音がしている。

「起きたのか?ヒューゴ?」
「・・・」

何者かがこちらへ歩いてくる。しかし呼びかけても声を発しない。
気配が目の前で立ち止まる。ヒューゴだろう。今この小屋にはヒューゴとオレしかいないのだ。これだから目の見える者は困るのだ。見れば分かるだろう?という態度でオレの前に現れるが、こちらは声を聴くまでは判断がつかないのだ。

「・・・誰ですか、あなたは」

案の定昨日聞いたヒューゴの声だった。しかし、その声は警戒を含んでいる。

「誰って、忘れたのか?昨日森で名乗っただろ。アシルだよ」
「アシル・・・」
「ヒューゴ?」
「ヒューゴとは?俺の名前ですか?」
「は?」

まじまじと相手の表情を確認したいところだったが、あいにく目で確認できない。
ヒューゴの声には戸惑いが含まれている。

「忘れたのか?というより、自分の名前も?」
「・・・何も思い出せないんです、頭が痛くて・・・」
「・・・まじか」

記憶喪失。という言葉がオレの頭の中によぎった。




とりあえずヒューゴをソファに座らせ、自分が知っている限りのことを話した。
それもほんの僅かしかない。森で族に追われていた、ヒューゴと名乗った、巻き込まれそうになったオレを助けようとしてくれた、以上ってなものだ。

「そうなんですか・・・」

オレの話を聞いたヒューゴは、そう言ったきり黙った。

「診療所が街にある。案内してやりたいが、オレはあいにく目が見えない」
「目が?」

ヒューゴが驚いたような声を上げる。オレは頷き、「事故で」と付け加えた。

「オレの兄がたまにここにやってくる。それまではここにいてもいい。頼んでやるから、ちゃんとした医者に診てもらったほうがいい。ケガはしてないんだろ?」
「・・・多分」
「それなら、頭でも殴られたのかもな」
「・・・」
「ヒューゴ?」
「診療所には行きたくないんです」

硬い声がそう言い。オレは驚いた。

「なぜ」
「なんとなくなんですが、行ってはいけないような気が・・・」
「診療所に?」
「はい」
「・・・」

そんなことがあるのか。失った記憶の中に、医者にかかって酷い目に遭ったようなものがあるということか。頭を殴られているということならば、本当は一度医者に診てもらった方がいいに決まっている。
そんなオレの戸惑いに気づいているのかいないのか、ヒューゴが続ける。

「アシル、迷惑はかけませんので、しばらくここに置いてもらえませんか」
「ここに?」
「お願いします」

頭をさげる気配がする。ここに置くことは構わないが、ヒューゴに家族はいないのだろうか。
体のサイズや物腰からいって子どもではない。今頃親が必死になって捜索しているということはないだろうが、恋人や配偶者がいる可能性もある。それをヒューゴは考えないのか。

「お願いします」

重ねて言ったヒューゴの声は固い。
ここでオレが拒否したとしても、居座られてはどうしようもない。黙ってどこかに潜んでいられたとしても、オレには見えないのだ。
今度いつになるか分からないが、兄が来てくれたときに相談するのが一番いいだろう。
オレはそれで仕方なく頷いた。

「分かった。ここにいることは構わない。でも、オレは今言った通り目が見えない。ヒューゴがどこかで倒れて気を失っていても気づいてやれない。医者を呼びに行くにも相当時間がかかる」
「分かっています」
「それなら、いい」

厄介なことになったと思いつつソファのひじ掛けに凭れかかる。その時どこかで ゴト という重たい音がし、オレは見えない目で辺りを見回した。

「今のは何の音だ?」
「音?音なんてしましたか?」
「・・・」

なぜとぼけるのか。確実に、今何か重たいものが床に置かれるような音がした。
それから嫌な想像が浮かんだ。

潜伏先を探す犯人。人里離れた小屋。目の見えない住人。自分が一度襲った被害者に世話をさせ、悦に入る顔の見えない男・・・
まさかな。考え過ぎだろう。

「どうかしましたか?」

すぐ耳元で声がした。
その方に顔を向ける。
見えない。けれどかすかな息遣いを感じ、オレは掌を握りこんだ。

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