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音路町スニーカー

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「アマさん、ホントにやるんですか?」

 俺は夜のコンビニのシフトに入っていた鵲を引っ張り出してきた。通りは人通りが少なくなっている。それもそうだ。時刻は夜中の2時過ぎ。いくらなんでも24時間営業の店以外はそんなに開いていない。そんな中、今川焼きを3個携えて2人、窃盗のあった宝石店の前に並んでいる。やる事はひとつだ。

「頼む」

 鵲は、宝石店のほうを斜めにチラ見する。そうすると鵲のオブジェクト・チャネリング能力が発動するのだ。目線はぐるぐると泳ぎ、ガクガクと震える鵲の頭の中には、この場所の記憶の洪水が流れてきているのだろう。俺みたいなサイキックじゃない奴には分からない感覚。鵲は俺から今川焼きを受け取り、がつがつと貪る。

「どうだ?」
「くっ、黒い目出し帽が…」
「他に何か見えたか?」
「う、腕に変わったブレスレット…ドクロみたいな、宇宙人みたいな…」
「1人か?」
「3人でした…1人はチビで、1人は女…」
「女?」
「女…にしてはでかかったかな…」

 チビに女?に、変わったブレスレット…俺は頭にインプットした。すると鵲はまた言う。

「主犯みたいな男は、変な語尾でしたね」
「変な語尾?訛り?」
「いや、何とも……」
「はっきりしねぇな…」

 鵲は帰らなきゃと言って、すぐに店に戻って行った。仕方ない。とりあえず分かったのが、敵は3人だ。一度帰ってまた作戦の練り直しだ。



「ブレスレット、ですか?」

 アトリエで新しいデザインの作品の図面を描きながら、天峰はキティちゃんのちゃぶ台の上にペンを走らせている。久々に【捜し屋】全員が天峰のアトリエに集結していた。皆が天峰のスケッチブックに目を落とす。

「そうだ。鵲、教えてやってくれないか?」

 鵲はできるだけ詳細に、ブレスレットのデザインを天峰に伝えた、大して質問もせずに天峰はさらさらとペンを走らせて、スケッチブックを埋めていく。さすがだ。

「こんな感じか?」
「そ、そうっす。こんなデザインです!」
「ん~、知ってるか?これ」
「知らないっすねぇ。これは…正直なところ、うまいとは思えないデザインですわ…」

 天峰が自分が描いた絵を見ながら言った。

「さすが、ハリさんだなぁ」
「でも、何のブランドなんだろ。おれも見たことないっすわ」
「針生さん、ひょっとしてこれ…」
「かもな。充。オリジナルかもしれないな」

 美音がえ~と声をあげた。

「それじゃ手詰まりじゃない?お店が分からないってなれば…」
「いや、その逆やで」

 夜湾はにやっとして美音を見た。

「え?」
「知らんかった?わいの特技は…」

 夜湾が首に提げていたペンダントを天峰が描いた絵にだらりと下げた。

「ダウジングやで」



 夜湾はダウジングロッドを指先から垂らし、クリスタルがクルクル回るのを見ながら先導する。それについて行くのが俺たちだった。

「オリジナルやったら、世界に一個しかあらへんはずやろ?」
「ほぉ」
「せやったらもう、見つけたみたいなもんやないかい?」

 繁華街を抜け、夜湾は住宅街に入って行く。どうやらそっちのほうに反応が強くあるらしい。天峰のアトリエを過ぎ、運河を越え、少し小高い丘の上にあるそこは……

「こっち…」
「音路が丘じゃんか」

 今では綺々先生のような売れっ子の小説家や文化人、高額納税者なんかは、音路町のランドマークである【音路町ヒルズ】の高層階の居住エリアに住んでいるかま、この高級住宅街、音路が丘はいわば、官僚や昔ながらの社長やらが住んでいるいわばハイソな町。昔友達がここに住んでいたが、空気がもう違う。こんな所に俺たちの敵が?

「違ってないよな?夜湾」
「アホな。わいのダウジングは正確や。間違いない」
「と、とにかく行こうよ!お兄ちゃん」

 植栽にはやたらオリーブが多く、南欧風とでも言うのだろうか?そんな感じの住宅街を突っ切る。番犬のような犬を飼っているところもあるが、躾がとてもよろしいらしい。俺たちのような貧民にはやたらと吠える。ある家の前で夜湾は止まった。

「ここや」
「ここは…?」

 一際大きな大邸宅だ。ガレージにはロールスが2台。おまけにハーレーダビッドソンまである。家は平屋の日本家屋。いまいち季節感もへったくれもない。
 俺のような奴がいきなりインターホンを押したら怪しまれるに決まってる。俺はスマホを抜き、御夕覚に電話をかけた。

「俺だ」
【あぁ、どうしたんだ?】
「お前にちょっと訊きたいことがある」
【どうした?】
「今、音路が丘の大邸宅の前にいるんだが、うちの街のVIPに、八甲田はっこうだって名前の奴、いるか?」
【あぁ…いる】
「即答だな」
【そりゃそうだよ】
「?」
【八甲田は、新しく赴任してきた、音路署の署長だ】
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