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百合風エピローグ
10(完結)
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一通りの熱が抜け、楽にはなったようなリアムを、取り換えたばかりのシーツの上に横たえて。エルフィンは優しく、その黒髪を撫でつけた。
まだ熱が残るようなら、明日は一日付き添っていてやりたいところだけれど。まだ潤んでいるように見える瞳を見つめながら、エルフィンも彼の隣に体を横たえた。
「今夜は……乱暴にしてしまっただっただろうか」
「……ふふ。エルフィン様」
全然、と。笑ったリアムが、すりりと頬を摺り寄せるようにしながら寝返りを打つ。
乱暴に、なんて。そんな言葉が馬鹿らしく思えるような仕打ちを互いに受けてきてなお気にかけてもらえることが、リアムは嬉しかった。
疲れはあるのだろう。眠そうにしながら、それでも幸せそうに微笑んでいるリアムの姿に、ほっと息を吐いたエルフィンの身体にも、気怠さと眠気が襲ってくる。
「……休もうか」
「はい、エルフィン様」
ありがとうございました、と。囁くように口にしたリアムが身を乗り出し、エルフィンの額に口付ける。仕掛けておきながら頬を赤らめて、恥ずかしそうに俯く彼は、一層幼く無垢に見えて。その過酷な歩みを知っているエルフィンの胸は、愛しさや悲しさに疼いた。
思いがけない縁ではあっても、今は彼と、無事に生まれてくれた娘だけがエルフィンの救いだった。二人に何かがあろうものなら、エルフィンは今度こそ、いとも簡単に発狂してしまうことができるだろう。
不安の種はそれだけではなく――もしもこの先、眼前に。性欲にまみれた、獣のごとき雄が姿を現したなら。
(……私は)
理性を失くして、外れそうなほどに股を開いて――今にも、だらしなく蜜を垂らしながら。欲求不満の雌猫よりも浅ましい嬌声を上げて、快楽に溺れる己がいることを知ってしまっている。
ぞわ、と。肌が粟立ち、己のものとも思えないほどの獣声がべっとりと耳にへばりつく。子を宿せもしないのに種を強請る、飢えたような胎奥の疼きが恐ろしい。
骨の髄まで快楽に染め上げられ、穢れ堕ちた己のことを、忘れることはできない。その記憶を捨て去ることも、拭い去ることも。
「エルフィンさま」
眠れませんか? と。優しく声をかけられて、暗い記憶の水底から顔を出したエルフィンが、ハッと瞬いて息を吐く。
冷や汗も、不整脈も、身体の震えさえ。すぐ隣で寄り添って眠る彼には、全て筒抜けだったことだろう。
「リア……」
すまない、と。謝るつもりで開いた唇を食んだ甘い唇に、夜闇の中で目を見開く。くちゅ、と。微かな音を立てて舌先を吸われ、唾液と共にとろとろと流れ込む生命力にあてられた身体が火照った。
何度ダメだと咎めても、彼はこのキスだけは、辞める気がないようだった。長寿の人魚とて、不死というわけにはいかないからこそ、心苦しさはどこかにあるけれど。――一人、この世に残されたくはないと。潤む瞳が訴える不安を理解すればこそ、エルフィンも彼を咎め切れないのだった。
「……何でもします。僕にできることは、何でも」
「っ、ん。リアム……」
「だからどうか……ここにいて、ください」
ここに、と。繰り返しながら、エルフィンの手を包むように握り締めるリアムの瞳から零れた涙が、微かな月明かりを映して光る。
彼の瞳は、涙は、エルフィンの聖域だった。どんなに穢された身体であっても、心を闇に侵されていても。彼が涙して願うのならば――エルフィンは何としてでも、その願いを聞き届けなくてはならないのだ。
「どこにも行かない。……君が望んでくれる限り」
この先、共に生きていける存在など、二度と得られないだろうとすら思っていたのに。彼は――リアムは、エルフィンの全てになってくれたから。
強く握られた手を同じだけの強さで握り返して、額を合わせながら口付けを交わす。きゅうっと縋るように抱き着いて来る腕に、応えられる限りは応えていてあげたかった。
「お側に、置いていてください。……あなたの隣だけが、僕が安心できる居場所です」
「ああ。……君の隣だけが、私の」
闇の中で囁き合う睦言はどこまでも甘く優しく、縋るような抱擁に蕩ける互いの体温が愛しい。
性に苦しめられた奴隷たちが、慰め合っているだけと言われるならば、それはその通りかもしれないけれど。――少なくとも今、この場所にあるのは。依存ではなく、愛だった。
(……どうか、この先も)
平和で、穏やかで。優しく温かな時間が、少しでも長く続くことを祈りながら。二人は静かな夜に、互いの肌の温もりだけを感じていた。
まだ熱が残るようなら、明日は一日付き添っていてやりたいところだけれど。まだ潤んでいるように見える瞳を見つめながら、エルフィンも彼の隣に体を横たえた。
「今夜は……乱暴にしてしまっただっただろうか」
「……ふふ。エルフィン様」
全然、と。笑ったリアムが、すりりと頬を摺り寄せるようにしながら寝返りを打つ。
乱暴に、なんて。そんな言葉が馬鹿らしく思えるような仕打ちを互いに受けてきてなお気にかけてもらえることが、リアムは嬉しかった。
疲れはあるのだろう。眠そうにしながら、それでも幸せそうに微笑んでいるリアムの姿に、ほっと息を吐いたエルフィンの身体にも、気怠さと眠気が襲ってくる。
「……休もうか」
「はい、エルフィン様」
ありがとうございました、と。囁くように口にしたリアムが身を乗り出し、エルフィンの額に口付ける。仕掛けておきながら頬を赤らめて、恥ずかしそうに俯く彼は、一層幼く無垢に見えて。その過酷な歩みを知っているエルフィンの胸は、愛しさや悲しさに疼いた。
思いがけない縁ではあっても、今は彼と、無事に生まれてくれた娘だけがエルフィンの救いだった。二人に何かがあろうものなら、エルフィンは今度こそ、いとも簡単に発狂してしまうことができるだろう。
不安の種はそれだけではなく――もしもこの先、眼前に。性欲にまみれた、獣のごとき雄が姿を現したなら。
(……私は)
理性を失くして、外れそうなほどに股を開いて――今にも、だらしなく蜜を垂らしながら。欲求不満の雌猫よりも浅ましい嬌声を上げて、快楽に溺れる己がいることを知ってしまっている。
ぞわ、と。肌が粟立ち、己のものとも思えないほどの獣声がべっとりと耳にへばりつく。子を宿せもしないのに種を強請る、飢えたような胎奥の疼きが恐ろしい。
骨の髄まで快楽に染め上げられ、穢れ堕ちた己のことを、忘れることはできない。その記憶を捨て去ることも、拭い去ることも。
「エルフィンさま」
眠れませんか? と。優しく声をかけられて、暗い記憶の水底から顔を出したエルフィンが、ハッと瞬いて息を吐く。
冷や汗も、不整脈も、身体の震えさえ。すぐ隣で寄り添って眠る彼には、全て筒抜けだったことだろう。
「リア……」
すまない、と。謝るつもりで開いた唇を食んだ甘い唇に、夜闇の中で目を見開く。くちゅ、と。微かな音を立てて舌先を吸われ、唾液と共にとろとろと流れ込む生命力にあてられた身体が火照った。
何度ダメだと咎めても、彼はこのキスだけは、辞める気がないようだった。長寿の人魚とて、不死というわけにはいかないからこそ、心苦しさはどこかにあるけれど。――一人、この世に残されたくはないと。潤む瞳が訴える不安を理解すればこそ、エルフィンも彼を咎め切れないのだった。
「……何でもします。僕にできることは、何でも」
「っ、ん。リアム……」
「だからどうか……ここにいて、ください」
ここに、と。繰り返しながら、エルフィンの手を包むように握り締めるリアムの瞳から零れた涙が、微かな月明かりを映して光る。
彼の瞳は、涙は、エルフィンの聖域だった。どんなに穢された身体であっても、心を闇に侵されていても。彼が涙して願うのならば――エルフィンは何としてでも、その願いを聞き届けなくてはならないのだ。
「どこにも行かない。……君が望んでくれる限り」
この先、共に生きていける存在など、二度と得られないだろうとすら思っていたのに。彼は――リアムは、エルフィンの全てになってくれたから。
強く握られた手を同じだけの強さで握り返して、額を合わせながら口付けを交わす。きゅうっと縋るように抱き着いて来る腕に、応えられる限りは応えていてあげたかった。
「お側に、置いていてください。……あなたの隣だけが、僕が安心できる居場所です」
「ああ。……君の隣だけが、私の」
闇の中で囁き合う睦言はどこまでも甘く優しく、縋るような抱擁に蕩ける互いの体温が愛しい。
性に苦しめられた奴隷たちが、慰め合っているだけと言われるならば、それはその通りかもしれないけれど。――少なくとも今、この場所にあるのは。依存ではなく、愛だった。
(……どうか、この先も)
平和で、穏やかで。優しく温かな時間が、少しでも長く続くことを祈りながら。二人は静かな夜に、互いの肌の温もりだけを感じていた。
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