6 / 6
予備室【終】
しおりを挟む リィウスは〝巫女〟という言葉に気を引かれ、あらためてエリニュスを見た。この女が神に仕える仕事をしていたとは、とうてい思えない。
だが、トュラクスの侮蔑をこめた非難の言葉は、かえってエリニュスを面白がらせたようだ。
「ほほほほほ」
エリニュスは白い手を口に添えて、わざとらしげに笑いころげる。
「どうやって覚えたのだと思う? 神官や他の年長の巫女が、手取り足取り教えてくれたのよ。いいえ、参詣や祈願に来る裕福な信者たちも熱心に教えてくれたものよ。そのなかには貴族や皇族もいたわよ」
「あきれたな。ウェヌスの巫女は男を知らぬ乙女でなければならないはずだろう?」
ウェヌスの巫女。トュラクスの言葉にリィウスは耳を疑った。
ローマでもっとも格式高い神殿の巫女だったとは。何よりも純潔を重んじ、巫女がその掟に違反すれば、死刑と決まっていることは誰もが知っていることだ。
「お、おまえは本当にウェヌスの神殿に仕えていたのか?」
驚愕をかくせないでいるリィウスにエリニュスは、ふん、と鼻を鳴らした。
「そうよ。五歳のときに神殿にあずけられ、毎日のように神官たちに身体をまさぐられ、十二になったときは、熱心な信者の貴族に売られたわ」
リィウスはふたたび耳を疑った。神官も巫女も不犯を誓っているはずなのに、そういうことがあって良いのだろうか。
「信じられない……。神官が本当にそんなことをしているのか?」
「皆がやっているわけではないけれど、どういうわけか私は物心ついたころから、そういう男を惹きつけるようなのよ。言っておくけれど、ほとんどの巫女は神殿を出るまでは処女よ。けれど、なかには、私のように似非神官に選ばれてしまい巫女くずれとなる者がいるのよ。私を抱いた男たちに言わせれば、私には天性の淫婦の質があるのだそうよ」
笑ってあっさり言いながらも、その淫婦の横顔に、ちらりと翳が走ったのをリィウスは見た。
「男たちに言わせれば、私の全身から男を誘う匂いのようなものが滲み出ているですって。ほんの五歳の頃から、目つきに媚びるようなものがあったとその神官が言っていたわ」
今の目の前のエリニュスが色情狂であることは確かだが、だが、五歳の子どが媚態をそなえている、というのは、その神官の言い訳に過ぎないとリィウスは思う。己のなかにある卑しい欲望を認めず、相手を悪者にしているのだ。
だが、トュラクスの侮蔑をこめた非難の言葉は、かえってエリニュスを面白がらせたようだ。
「ほほほほほ」
エリニュスは白い手を口に添えて、わざとらしげに笑いころげる。
「どうやって覚えたのだと思う? 神官や他の年長の巫女が、手取り足取り教えてくれたのよ。いいえ、参詣や祈願に来る裕福な信者たちも熱心に教えてくれたものよ。そのなかには貴族や皇族もいたわよ」
「あきれたな。ウェヌスの巫女は男を知らぬ乙女でなければならないはずだろう?」
ウェヌスの巫女。トュラクスの言葉にリィウスは耳を疑った。
ローマでもっとも格式高い神殿の巫女だったとは。何よりも純潔を重んじ、巫女がその掟に違反すれば、死刑と決まっていることは誰もが知っていることだ。
「お、おまえは本当にウェヌスの神殿に仕えていたのか?」
驚愕をかくせないでいるリィウスにエリニュスは、ふん、と鼻を鳴らした。
「そうよ。五歳のときに神殿にあずけられ、毎日のように神官たちに身体をまさぐられ、十二になったときは、熱心な信者の貴族に売られたわ」
リィウスはふたたび耳を疑った。神官も巫女も不犯を誓っているはずなのに、そういうことがあって良いのだろうか。
「信じられない……。神官が本当にそんなことをしているのか?」
「皆がやっているわけではないけれど、どういうわけか私は物心ついたころから、そういう男を惹きつけるようなのよ。言っておくけれど、ほとんどの巫女は神殿を出るまでは処女よ。けれど、なかには、私のように似非神官に選ばれてしまい巫女くずれとなる者がいるのよ。私を抱いた男たちに言わせれば、私には天性の淫婦の質があるのだそうよ」
笑ってあっさり言いながらも、その淫婦の横顔に、ちらりと翳が走ったのをリィウスは見た。
「男たちに言わせれば、私の全身から男を誘う匂いのようなものが滲み出ているですって。ほんの五歳の頃から、目つきに媚びるようなものがあったとその神官が言っていたわ」
今の目の前のエリニュスが色情狂であることは確かだが、だが、五歳の子どが媚態をそなえている、というのは、その神官の言い訳に過ぎないとリィウスは思う。己のなかにある卑しい欲望を認めず、相手を悪者にしているのだ。
4
お気に入りに追加
3
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
【番外編集】てんどん 天辺でもどん底でもない中学生日記
あおみなみ
青春
本編『てんどん 天辺でもどん底でもない中学生日記』にまつわる、主人公以外の一人称語りや後日談をまとめた短編集です。
てんどん 天辺でもどん底でもない中学生日記
https://www.alphapolis.co.jp/novel/566248773/806879857
夕立ち〈改正版〉
深夜ラジオ
現代文学
「手だけ握らせて。それ以上は絶対にしないって約束するから。」 誰とも顔を合わせたくない、だけど一人で家にいるのは辛いという人たちが集まる夜だけ営業の喫茶店。年の差、境遇が全く違う在日コリアン男性との束の間の身を焦がす恋愛と40代という苦悩と葛藤を描く人生ストーリー。
※スマートフォンでも読みやすいように改正しました。
しるびあのため息
あおみなみ
現代文学
優しく気の利く夫の挙動が気に障ってしようがない女性の「憂さ晴らし」の手段とは?
「夫婦間のモラハラ」の一つの例として書いたつもりですが、実際に深刻な心身の被害を感じている方の言い分を軽んじたり侮辱したりする意図は一切ございませんので、ご理解のほどお願いいたします。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
冬の水葬
束原ミヤコ
青春
夕霧七瀬(ユウギリナナセ)は、一つ年上の幼なじみ、凪蓮水(ナギハスミ)が好き。
凪が高校生になってから疎遠になってしまっていたけれど、ずっと好きだった。
高校一年生になった夕霧は、凪と同じ高校に通えることを楽しみにしていた。
美術部の凪を追いかけて美術部に入り、気安い幼なじみの間柄に戻ることができたと思っていた――
けれど、そのときにはすでに、凪の心には消えない傷ができてしまっていた。
ある女性に捕らわれた凪と、それを追いかける夕霧の、繰り返す冬の話。
裕福な同居人
ハリマオ65
現代文学
*素敵な笑顔と心の優しさは、身を助ける、心根の良さは、何よりまさるものだ!!
池田松男は貧農の生まれだが、勉強をして中央大学商学部夜間部を卒業。愛想が良く人なつっこい性格で友人も多く保険会社に入り活動を開始。入社3年目で多摩営業所、契約件数トップになり顧客の輪が広がった。その後、世田谷営業所の所長に出世したが、リストラ指令を断り退職。飯能に移り住み、近くに幼い兄弟が越して来た。彼らが、松男の笑顔と優しさにひかれ夕食を一緒に食べた。幼い娘に、お母さんと結婚してと突然、言われ・・・この後は、是非、本編をご覧下さい。
この作品は小説家になろう、ツギクル、カクヨムに重複投稿。
SRB
かもめ7440
ファンタジー
彼の名前は、シード・リャシアット。彼は旅人、その正体は?―――百年前の記憶がよみがえる時、しずかに鍵をまわすように、百年後の世界の意味が見えてくる。人生の意味とは何か、冒険とは何か、ファンタジーとは何か、非常に薀蓄をこねくりまわしながらすすむ、ちょっぴりクールでどこかホットな、ハートフルファンタジー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる