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第4章 迷宮の異世界 ~パンドラエクスプローラーⅡ~

第90話 魔物の巣窟 ~ガーゴイル~

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「……!」

 それからしばらく暗い巨大な回廊を真っ直ぐ進んだところで、前を歩くエルトゥリンがはたと動きを止めた。

 エルフの長耳がぴんと立っている。
 後ろを振り向かず、制動の手の平をミヅキたちに向けた。

「姉様、ミヅキ、止まって。──何か来る」

 その声にミヅキの心臓はドキッと高鳴った。
 場の空気がにわかに張り詰める。

 松明の明かりでは見通せない闇の先は静寂に包まれている。
 しかし、エルトゥリンは接近してくるものを確かに感じ取っていた。

「ミヅキ様、お気をつけ下さいまし」

 すぐ隣のアイアノアの笑顔も消えている。
 真剣な表情で正面の暗闇をじっと見つめ、腰の剣の鞘に手を静かに掛ける。
 にわかに高まる緊張感に身が引き締まった。

──ガストンさんが言ってたな……。今日ダンジョンに入っているのは俺たちだけだって。じゃあ、今こんな危険な場所でこっちに向かってくるなんてのは……!

 ダンジョンで冒険者に向かってくるそれ以外の存在──。

 端から正体は決まっている。
 魔窟と化したダンジョンとは切っても切れぬ危険な奴らが、侵入者であるミヅキたちに容赦なく襲い掛かってきた。

「モンスターだ!」

 ミヅキが叫んだと同時だ。
 前の闇の空間、天井に近い高さから怪鳥のような鳴き声が聞こえてきた。
 石畳の床の上の獲物たちを空中から強襲する。

「こいつは……!」

 ミヅキは襲い来る怪物の姿を眼に捉えた。

 まるで悪魔のように見えるその風体、赤く光る目、大きなくちばしのある顔、頭の両側に角を生やし、長い尾を従え、羽根をはためかせて急降下してくる。
 その身体は驚くことに石で出来ており、ダンジョンに侵入した者たちに防衛機構を思わせる本能で攻撃を仕掛けてくる番人である。
 パンドラの地下迷宮が形作り、その魔素が宿った動く彫像の魔物。

「ガーゴイルだっ! しかも、あんなにたくさん……!」

 魔物の名は、ガーゴイル。
 本来は西洋建築の排水口として、建造物の屋根に設置される魔除けの意味も込められた雨どい兼、装飾彫刻物の意味である。
 多くのファンタジー世界の例に当てはめると、彼らは魔法を原動力にして動く魔の石像型モンスターである。

 2メートル程度の体躯で、羽根を広げれば全長はもっと大きい。
 ダンジョンの石材と同様、灰色の火成岩かせいがんで身体は構成されていて、言うまでもなく防御力は石と同じに硬く、並の武器では歯が立たない。

 そんな悪魔の姿の飛行するモンスターが、ミヅキたちの上に十匹以上もの群れで現れた。
 パンドラの地下迷宮第一層、魔物たちとの戦闘が開始される。

「ふッ!」

 短く息を吐くエルトゥリン。

 地面を力強く蹴り、消えたかと思うほどの速さで跳躍して、群れの先頭のガーゴイルに正面から空中でかち合った。

 同時に振るわれるハルバードの斧刃。
 エルトゥリンの飛ぶ姿が一瞬光を眩く放つ。

『ギャア!』

 石の怪物が断末魔の叫びをあげた。
 ガーゴイルが気付く間もないくらいの早業だった。

 光を帯びたハルバードの薙ぎ払いの一撃が、硬質な石でできているはずの石像の身体をいとも容易く砕いてみせた。

 ばらばらと砕け散るガーゴイルの破片と共にエルトゥリンは床に着地した。
 すでに上方を振り向き見ていて、そのまま予備動作無しで再び跳躍する。

「まだよッ!」

 獲物に向かって先頭を飛んでいた仲間が瞬時に打ち砕かれたことを、ガーゴイルはまだ感知できていない。
 その前、次に飛び掛かろうと飛び込んできたガーゴイルを、真下からエルトゥリンが身をよじって斬りつける。

 グシャッ……!

 光が一閃して二匹目の石像の魔物も一匹目と同じ運命を辿った。
 左右に切り裂かれて真っ二つだ。

 ようやく敵の脅威に気付いたガーゴイルの群れは、ダンジョンの天井へ逃れようとする。
 この高さなら追撃はないと判断したのだろう。

「逃がさない、もう一匹ッ!」

 しかし、エルトゥリンのさらなる追撃にまた仲間を減らす羽目になる。

 着地からさっきの倍以上の高さの跳躍を見せ、一瞬で魔物たちの上を取る。
 振り上げたハルバードを勢いよく振り下ろし、ガーゴイルの一体を脳天から叩き割ってこれを撃破した。

 ズンと、身を低くした三度目の着地は、ダンジョンの床を揺らすほど重い。
 一瞬の内に三匹のガーゴイルを葬り、身をかがめた体勢から首を捻って上を見上げるのは、長い前髪の隙間から覗くぎょろりとした鋭い眼の光。

「す、すげえっ! さすがはエルトゥリンだっ!」

 圧倒的な威圧感を放ち、ガーゴイルたちを睨みつけているエルトゥリン。
 興奮したミヅキは歓声をあげた。

 まさに鬼神の強さは星の加護の賜物たまものだ。
 彼女の肉体の強靱さは無論のこと、加護の影響を受けているハルバードは石を砕いたのに刃こぼれ一つしていない。

 攻撃を仕掛けてきていたはずのガーゴイルたちは逆に仲間を失い、たまらず残りは暗い天井へと逃れていった。
 但し、それで魔物たちの襲撃が終った訳ではない。

「姉様ッ、ミヅキッ、気をつけて!」

「な、何だっ!?」

「こいつら、魔法を使うっ!」

 エルトゥリンの怒号がダンジョンの回廊に響き渡った。

 今度こそこちらの攻撃が届かない高さからガーゴイルの攻撃が開始される。
 遠目に光がチカチカッと連続で点滅して見えた。

 すると次の瞬間、地面のミヅキたち目掛け、先端が尖った槍が無数に降り注ぐ。

 それは神秘の技、魔法によって生み出された青白いつららの雨だ。
 氷の攻撃魔法、氷柱の投槍アイシクルジャベリン

 高速で撃ち放たれたそれら氷の槍を食らえば、鋼鉄の鎧を着ていても無残に刺し貫かれて風穴を開けられる。

「ここは私にお任せ下さいまし」

 迫る魔法の群れに、迷い無くアイアノアが前へと歩み出る。
 左の手の平を、氷の槍が降る方向へと高く掲げた。

「退けなさい。──風の護り」

 アイアノアの声色こわいろが空気を震わせる。
 瞳を閉じ、唇を揺らして何事かを詠唱した。

 ダンジョンに満ちる魔素が、術師の意思に応えて魔の作用を顕在化させる。
 どこからともなく風が起こり、ミヅキとアイアノア、少し離れた位置にいるエルトゥリンを包み込んだ。
 そして、渦巻くような気流が防御領域を形成した。

 ビュオオオオオオオォォォッ……!

 風の防御魔法、気流の帳エアフローカーテン

「アイアノアもすっげぇ……!」

 アイアノアの背中越しに見える光景に感嘆するミヅキ。

 意思と力を持った風が、降り注ぐ氷の槍の弾道をすべて逸らしていた。
 直撃とは程遠い方向へと軌道を捻じ曲げている。

 おびただしい数のつららの雨は、ただの一発もミヅキたちに届くことはない。
 すべて壁や床に当たり、砕け散って消えていった。

 風の守護に包まれながらアイアノアは、ふぅ、安堵の息を漏らす。
 ミヅキに少し振り向いて柔らかく微笑んだ。

「ふふ、うまくいきました。パンドラの地下迷宮に立ち込める濃密な魔素が、私の魔法を普段よりも強力に発現させてくれています。この程度の威力の攻撃魔法ならば、問題なくミヅキ様をお守りすることができます」

 ミヅキを見つめるアイアノアの目には、期待と願いのこもった光がある。
 勇者ミヅキの信念と活躍を信じて疑わない、一途で真っ直ぐな思い。

 きっと必ず、渇望かつぼうする使命を果たしてくれる。
 唯一のよすがとしてすがり、頼る。

「──ですので、ミヅキ様。どうか、後はよろしくお願い致します」

「お、おう、わかった……!」

 ミヅキにもアイアノアに向けられた視線の意味するところはわかっていた。
 使命の勇者としての役目を実行しなくてならない。
 大きく深呼吸をして、しっかりと前を見た。

「自分からやるって決めたからな! 今までみたいな成り行きでとりあえずやってきたのとはもう訳が違うんだ! さあ、やるぞ、覚悟を決めろッ……!」

 それは自分に言い聞かせたふるう言葉。

 相棒のエルフの彼女にもその気概が伝わっている。
 笑顔で頷くと、右手の平を上にしてすぅっと水平にかざした。
 そうして、さらなる奇跡の結晶が光と共に顕現する。

「太陽の加護、起動致します。すべてはミヅキ様のお心のままに」

 暗闇のダンジョンに陽が昇ったかと錯覚するほどだった。
 しなやかに伸ばされたアイアノアの手から光の球が浮かび上がった。

 まるでそれは小規模の太陽だ。
 あらゆる力の源であり、すべてを成功に導く大いなる神秘──。
 アイアノアの太陽の加護である。

『太陽の加護の起動を確認・同期開始』

 どくん、と胸を打つ鼓動に併せて頭に響くのは機械的な雛月の声。
 太陽の加護に呼応し、ミヅキの戦う意思に従って地平の加護も動き出した。

『パンドラの魔素・黄龍氣こうりゅうきに変換・充填完了』

 地平の加護がまず行うのは、凄まじい権能を制御するための莫大なエネルギーの確保である。
 ダンジョンを満たす濃密な魔素を取り込んで力の源としていく。

 但し、魔物のガーゴイルや、エルフのアイアノアが魔素の力を借りて魔法を発現させているのとは次元が違う。

 予言の使命を帯びたる勇者はパンドラにち帰り、魔窟と化した迷宮の力の根源をことごとく操り、赴くままにダンジョンの支配者として君臨することができるのだ。

 パンドラの魔力は全部丸ごとミヅキのものである。

「アイアノア、雛月、頼むぜ! これが俺の物語の初陣だっ! 俺は約束を守って生きて帰る! 使命をきっと果たして、女神様の試練に打ち勝ってやる!」

『地平の加護発動・全能付与術体系を起動』

 全身に力がみなぎり、神経一本一本が研ぎ澄まされていくのがわかる。
 ミヅキの顔にすぅ、と音も無く浮かび上がるのは、回路を思わせる光の線模様。

 何でもありで制限無し、あらゆる能力の着脱が可能な付与魔法。
 その使用条件がミヅキの意思の下に整った。

 黒い魔術師のローブを纏うその姿は何だかいかにもサマになっている。
 いよいよ差し迫った緊迫の状況と併せ、ミヅキは覚悟を決めるのであった。

「夕緋、俺、やるよ……! だから、祈っててくれ!」

 脳裏に浮かぶのは、心を痛めて帰りを待つ夕緋の憂う顔。
 ミヅキだけを想う巫女の祈りを一身に受け、異世界の征旅せいりょは始まったのだった。

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